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状況の人と、勇者の帰還2

「そのたびに……誰かと出会うたびに俺とお前は大きくなっていった。大きく成長していった。今じゃお前は天下無双の無敵勇者だし、俺は連邦府の初代総裁と来たもんだ」

「ふふ! 考えてみたらとんでもない話よねぇ。あたし、一年前までただのJKだったのにね」

「俺も似たようなもんさ。自衛隊上がりの元工員風情だぜ? ハハハ……」

 笑いあう二人。この一年の事を、まるで数十年分の思い出を懐かしむように。

「それが今は、国家を抱えて……いやそれよりなにより、俺を信じて人生預けようって女性が二人もいる。今までの俺なら思わず逃げ出しちまうところだったけど、今の俺はあいつらの笑顔が見たくて仕方がない」

「ホント、その辺はすごい成長よね」

「おまえのおかげだよ。お前と会わなけりゃ、こんな国家レベルの事案とは無縁で冒険者でもやりながら鉄砲担いでのほほんと生きてるだけの人生だったよ」

「そっくりお返しするわよ? あなたと出会わなきゃあたしはいつも震えて膝を抱えて生きて行かなきゃならなかったわ。ホントに、感謝してる……」

「元気でな……」

「シノさんも……」

 龍海は右手を差し出した。

 洋子も右手を出してきた。

 やがてゆっくりガッシリと、それでいてふんわりとした優しさも感じる、そんな握手を交わした。

「なに? それでおわり?」

 オービィが茶々を入れてきた。

「ハグくらい、しないのかい? 今生のお別れだぜ、兄ぃ、姉さん?」

「ハグ? このキモオタと? 冗談、勘弁してよね?」

「え~~?」

「俺たちはこれが一番いい距離なんだよ。だからこそ、ここまで来れたんだ」

 うんうん、と笑顔で頷く洋子。

 対してこめかみに指をあてて首を傾げるオービィ。それを見てニンマリと笑うロイとイーミュウ、そしてカレンであった。

 ヒュオォォー!

 魔法陣からの波動が強くなった。

「サイガ卿、それでは……」

「ええ」

「中央へ、お願いします」

 指示に従い魔法陣に入って中央に立つ洋子。

「シノさん……」

「ん?」

 洋子は振り返った。龍海も洋子をじっと見る。

「お幸せに」

「おまえもな」

 十数人の魔導士による詠唱が始まった。詠唱は古代語の魔法文法によるものらしく、龍海には何を言っているのかわからなかったが、詠唱が進むにつれ、魔法陣が反応して光が増していった。

 魔法陣の文字と記号の発光が渦を巻くような軌跡を描き、湧き上がる魔素が輝き始めて虹色の風壁とも気流とも見える渦が洋子を取り巻いていく。

 やがて輝く魔素の渦は洋子の頭上へと浮かび、天井に向かって伸びていく。

 その間、龍海は洋子の顔を、眼を、ずっと見つめていた。魔素の光が輝く中で、洋子の顔は終始笑顔だった。

 龍海は、その洋子の笑顔を瞬きもせずに見つめ続けた。

 ブオオオオオォォォォー!

 宝珠と魔法陣の強烈な鳴動。さらに魔導殿もが共振をはじめ、龍海やカレンたちをも包んでいく。

 洋子もまた龍海を見つめていた。彼と同様、瞬きもせずに。

 ヒュオオオー! ヒュババババ!

 魔素が一点に集中した。一点と言うか洋子を中心に集まり、真昼の太陽を思わせる輝きを放ち始める。思わず目に手をかざすメルやアマリアたち。

 しかし尚、龍海は目を離さなかった。溶接工程の仮組溶接を、しょっちゅう直視でやってしまっていた龍海はまだ耐えられた。変わらず瞬きもせず、眼を細める事も無く。

 そしてその時は来た。


 シパ――――――――!


 集中した光が、洋子を包んだ光の塊が天に向かって飛びあがった。そしてその光は矢のような鋭い切先となり魔導殿の天井を抜き、空の彼方へと突き進んで行った。


 宝珠の輝きが消えていた。

 魔法陣も光を失い、記号や魔法文字の羅列に過ぎない単なる模様に戻った。そしてその魔法陣の真ん中には、洋子の姿は見られなかった。

「おわった、のか? 司祭殿?」

 アリータが司祭に状況を聞いた。司祭は魔法陣と宝珠に手を当て天井を見上げると、

「魔宝珠と魔法陣の形態に異常無し。天井にも物理的な傷はありません」

と答える。

「つまり?」

「逆召喚は成功、と思われます」

 ふ―――!

 魔導殿に集まった一同が一斉に息をついた。

 その後間も無くして、イーミュウやアマリアのすすり泣きが聞こえてきた。

 洋子が無事帰還した事は喜ばしいことではあったが、そのあとすぐに、耐え難い消失感が襲ってきたのだ。

「タツミ……?」

 カレンもまた涙ぐんでいた。零れるまでは無かったがやはり湧き出してきた。そんな中で彼女は龍海に声を掛けた。

 カレンの半ば震えた感のある声掛けに、龍海は光の途絶えた魔法陣を見つめ続けながら答えた。

「……なんで……」

「うん?」

「なんで、かな……」

「どうしたのだ?」

「あいつ……涙……流して、た……」

「……そうか」

「でも……笑ってた……」

「うむ……」

「笑って……いたんだ……」

「そう、だったな……」

 龍海の言うように、洋子は涙を流していた。しかし、決して泣いているようには見えなかった。彼女はやはり朗らかな笑顔だったのだ。しかし涙を流していた。

「タツミ?」

「ん?」

「ほれ」

「え?」

 カレンがハンカチを寄こしてきた。

 だが龍海は意味が分からなかった。なぜハンカチ? と。

 龍海が訝しげにカレンを見ると、彼女は人差し指で自分の目の横をトントンと突いた。

 龍海はそれを見て、同じところを指でなぞってみた。

 ――なみ、だ?

 指先を見る。しっかりと濡れている。

 ――おれ……泣いていた、のか?

 気付かなかった。まるで気付けなかった。涙が流れていた自覚なぞ全く感じなかった。

 しかし実際に涙は流れていた。

 哀しさは無かった。寂しさも無かったはずだ。

 いや、まるで無かったわけでは無いだろう。しかし、洋子を無事に日本へ帰してやれる、その喜びの方が、達成感の方が大きかったはず。

 ――いや……

 気付かなかっただけだ。自分の気持ちに。おそらくは洋子も……

 ――あいつも……気付いて無かったの、かな……

 龍海はカレンのハンカチを受けとり、ゆっくりと涙を拭いた。


            ♦       ♦      ♦


 春を過ぎた連邦府、今回のカレンたちの茶会は初夏の河原、突き抜けるような青空に頬をくすぐる程度の穏やかで爽やかな風。絵に描いたようなBBQ日和であった。

 以前は半年に一回かどうかの茶会が三カ月に一回になり、今は二カ月に一回だ。やがて毎月になるのは時間の問題であろう。

「タツミさまぁ、大丈夫ですかぁ?」

 一次会が終り、火照った身体を冷やすため、古龍連(お姉さま方)は酒が入っているにも拘らず川に飛び込み、水浴びの真っ最中である。

 アルコールが入った状態で入水などとんでもねぇ話ではあるが、まあ、古龍さま方を人間の物差しで測ってはいけない。と言う事で龍海は手伝ってくれたメル、アマリアと一緒に陽の光を避けるべく、少し離れた小高い土手の木陰で一休みしていた。

「おうタツミ! 何をへばっておるのだ?」

 カレンが濡れた身体を拭きながらやって来た。ひと泳ぎ終えて彼女も一休みか? と、それは置いといて問題は……

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