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状況の人と、勇者の帰還1

「総裁閣下……」

「うん……」

「逆式召喚魔法陣、発動準備すべて完了にございます」

「ご苦労様です……」

 龍海は司祭に応えると、改めて魔法陣を眺めた。

 ――洋子はここからやって来たんだな……

 あれから一年余り。在り来たりの言葉だが、長くもあり短くもあり。隣に立つ洋子もおそらく同じ感情を持っているだろう。

 洋子は制服に着替えていた。ここに召喚された時の下校時のままの姿だ。

 あの歪み監視役の猫を助けようとした時、持っていた鞄を放り投げて飛び出したので身に着けていたのはこの制服とポケットのスマホのみだった。

 その洋子も今、じっと魔法陣を見つめていた。

「ようやく……」

「え?」

「ようやく、帰してやれるな」

 龍海は言葉を絞り出した。

「うん……そうね」

 洋子の声もまた、実に微妙な声音であった。

 喜んでいる声ではない。さりとて、悲しんでいるわけでも無さそうな、それでいて棒読みの如く無感情でいて、厚く重みのある声音。なかなかに形容が難しい、恐らくは二人ともそう思っていたであろう。そして、見送りに集った仲間たちも。

「とうとうこの日が来たのう、ヨウコ」

「カレン……」

「多くは語らん、よく頑張ったな。これほどの偉業を成し遂げた弟子を持って、我も鼻が高いぞ」

「こっちもよ。いいお師匠さんに恵まれたと思っているわ、本当にありがとう」

「……達者でな」

「うん」

 そう返事すると洋子はカレンに寄り添い、カレンはそんな洋子をふんわりと抱きとめた。しばし、抱擁する二人。

 次にアマリアと国王チェイスター3世。

「お名残り惜しいです、ヨウコさま」

「シノさんと仲良くね。メルさんと一緒に、しっかり手綱引いておきなさいよ? ああいうオタは調子乗ると欲望丸出しですぐ暴走しちゃうから」

「心して!」

 ――おいおい……

 アセアセな龍海くん。苦笑しか出ない。

「サイガ殿、其方には大変世話になった。其方の都合も構わず呼び出した非礼にも関わらず、我が祖国の未来を救ってくれた功績と大恩、国家国民を代表して礼を言わせてもらいたい」

「光栄です国王陛下。故郷へ戻っても、アデリア王国の繁栄とご多幸を祈っておりますわ」

「約束通り、今日この日にサイガ卿にお帰り頂けること、本当に嬉しく思います。お国に戻られてからもお健やかでありますよう祈っております」

「フィディラル宰相閣下。いくつもの無礼な発言、この場を借りてお詫び申し上げます。いつまでもご健勝であらせられますよう」

「ヨウコさまぁ~」

「イーミュウ……もう、なんて顔してんのよ?」

 イーミュウの顔は既に涙でクシャクシャであった。

「だって、だってぇ~」

「イーミュウ、ほら」

 ロイがハンカチを出してイーミュウの涙を拭いてあげる。

「ふふ、ロイも女性の扱い方が板についてきたかしら?」

「お言葉ですが、他の女性は存じません。自分の想いはイーミュウのみですよ」

「あら、言うじゃない?」

「も、もう! ロイったら、こ、こんなところで!」

 一気に頬を染めるイーミュウ。

「じゃあ、シノさんの事も吹っ切ったのね?」

「それは別腹です!」

 ロイくん、ふんす!

 ――おいおい……

 前途多難である。

「ま、イーミュウが納得ならあたしが口出しする事じゃ無いよね。それでもロイ? イーミュウの事は常に第一にね?」

「もちろんです! それとあと、最後に一つお願い、と言うかお許しを頂きたいんですが……」

「え? なによ、改まって?」

「生まれてくる自分たちの子が、もし女の子なら……お名前を頂いて『ヨウコ』と名付けたいのですが……お許しいただけますか?」

「え~? うん、そりゃもちろん構わないけど……う~ん、なんか照れ臭いなぁ、あたしの名前なんかで良いのかなぁって。でも気の早い話ね~? まだ生まれて……あれ? 今、『生まれてくる子』って言った?」

 フッと気が付く洋子。今一度二人の顔を見る。

 ――は?

 今度はイーミュウのみならずロイの頬も赤く染まり、はにかむ二人。

 そして、スッと下腹部に手を当てるイーミュウ。

「え! ちょ! あんたたち式が二月前で……や、え?」

「おやおや、これはおめでたい話を聞いた」

 システが祝意を述べて来た。

「姉さんの名前を継ぐ子か~。こりゃもう、神さまや古龍さまの祝福に等しいねぇ」

 とオービィも。

「う~む、今年生まれる赤子の名前は『タツミ』や『ヨウコ』に因んだ名が多くなるとは思っていたが、これは別格だな! なにしろサイガ殿、直々のお墨付きだからな」

 更にポリシックも祝う。そしてシーエス。

「うむうむ、もしも元気に育ったなら剣術の指南は小生が請け負おう。サイガ殿に負けない立派な戦士に育てて見せようぞ」

「ちょっと閣下ぁ。男の子ならともかく、女の子ならそう言うの無しで!」

「いやいや、これからはサイガ殿にあこがれて戦士や冒険者を目指す女性は増えよう。小生、隠居の身であるから是非、後進を育てながら余生を過ごしたいものである」

「やり過ぎちゃダメよ~? じゃあ、イーミュウ、ロイ?」

「はい!」

「感激よ。あたしが帰った後でも、あたしの名を持つ子供たちがアデリア魔導王国の未来を紡ぐのね」

 思わずイーミュウのお腹に触れて優しく擦る洋子。イーミュウもそれを祝福を受ける信徒の様に受け入れている。

「嬉しい……本当に嬉しいわ」

「ヨウコさま」

「二人とも、いつまでも仲良くね?」

 洋子は二人を抱きしめた。二人も洋子を抱きしめた。涙が止まらない。ロイの涙腺も崩壊した。ひとしきり抱きしめ合う三人。


 ブウウオオオォー……


 魔法陣と宝珠が共鳴を始めた。魔法陣の文字や記号が薄っすら光を帯びてくる。

「魔宝珠と魔法陣が同調を開始しました。サイガ卿、間も無くでございます」

 司祭の言にゆっくり頷く洋子。そして、

「メルさん……」

龍海とメルの前へ。

「ヨウコ……余は、もう何を言葉にすればいいのかわからん。ホントに、本当に心から感謝している。我が臣民もアデリアの臣民も、この世の終わりまで其方の事を忘れる事は無いだろう。ありがとう。本ッ当にありがとう!」

 メルもまた洋子と抱擁を交わした。

「こちらこそ、お世話になって……ありがとう。大事な宝珠を、あたしのために」

「心配は無用。この宝珠に再び魔力が貯まるまで、我が連邦に仇成す勢力などあるはずもない。其方らのおかげだ」

「メルさん、シノさんの事、お願いね?」

「うむ、任せてくれ……どうか息災で……」

「あなたも……」

 今一度、強く抱き合う二人。その抱擁を解くと、最後に再び龍海と向き合う。

「……ありがとな、洋子」

「ん? なあに? お礼言うの、こっちなんだけど?」

「俺、カッコつける訳じゃないけど……」

 龍海はどこか照れ隠し的な笑みを浮かべながら語り出した。今の自分の心情を。

「俺は今、人生で一番……一番、充実してるんだ。その全ての始まりは、お前と出会えた事だ」

「……」

王都(ここ)でお前と会って、召喚騒ぎに巻き込まれて、フィデラル宰相やヒューイット隊長と出会って、荒野で二人で訓練して、カレンと出会って、魔法や戦闘の指南を受けて、ロイとイーミュウに出合って各地を回るのに助けて貰って……」

 黙って頷きながら聞き続ける洋子。その一言ごとに自分の中でも記憶を遡っているのだろう。

「ポリシック卿と出会い、モノーポリ卿と出合い、システさん、シーエス公、オービィと出会い……」

「……」

「メルとアマリアに出会えた」

 最後に名前が出たアマリアとメルの目が龍海を捉えた。

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