状況の人、戦後処理中3
時間は二月ほど遡る。
龍海らより早く婚約相整い結婚式を挙げる事になったロイとイーミュウ。当然のことながら招待された龍海たち一行はアープの町のイオス伯邸に赴いた。
古の習わしに従って礼拝堂で身内だけの婚姻の儀を執り行ったのち、婚姻披露の儀の場に顔を出すロイとイーミュウが龍海や洋子ら来賓の祝意を受ける、と言う段取りらしい。
龍海らが待機する屋敷の庭を使った披露宴会場は、さすが領主家の結婚式と言う事も有り、大勢の招待客らでごった返していた。
領主の跡取りの婚姻と言う事も有り、屋敷外ではあるが次世代の領主の晴れ姿を見届けようと領民たちも殺到していた。もちろん彼らにも来賓ほどでは無いが、酒や軽食が振舞われている模様。
「見物の領民たち多いな~。俺はこちらの結婚式なんて初めてだから知らないけど、こんなに官民盛り上がるのか?」
「イーミュウさまは領民にとても慕われているから、みんなイーミュウさまの花嫁姿を一目見ようと集まったんだろうなぁ。それにポータリア戦でのロイさまの活躍は語り草だし、アープの英雄と言っていいもんね」
「というか、あたしやダニーはホントなら、あちら側なはずだけど……招待されちゃっていいのかなぁ?」
ポリシック領の盗賊殲滅時の縁もあり、ロイの名で招待された教会のセレナとダニー。心安い信者に貸してもらった慣れない礼装に身を包み、これまた慣れない貴族の祝宴に戸惑いと緊張を隠せないようだ。
龍海と洋子も当然、正装だ。
洋子はイーミュウの勧めもあってカクテルドレスを新調。当初は戦争の英雄、連邦を勝利に導いた勇者と言う事で軍装ベースの礼装も考えたが、そこはやはり一八歳の女の子。華やかな場でお姫様の様なドレスも来てみたいと思うのが乙女心というモノ。
で、深めの臙脂色のゴシックイメージ中心でお針子さんたちを交えてデザインされたドレスを作り上げたのだ。
龍海は自分の好みを押し出して陸自の第一種制服に飾緒をあしらった服を着ていた。
着慣れた服と言う事も有るし、他の者からも一目見て異世界の服装と分かる存在感も併せて狙っていた。
「ロイにとってはあれが実質初陣みたいなものだったし、バディを組んだダニーとは死線を乗り越えた仲だからな。アリじゃねぇか?」
「ありがとタツミさん。でも何だかこういうの慣れていないから落ち着かなくって」
「大丈夫よ、あなたたちは正式な招待客なんだから堂々としてりゃいいのよ。あそこ見なさい。飛び入りのくせに我が物顔で飲んだくれてる連中もいるでしょ?」
「ヨウコ~、なんか言ーたかぁ~?」
声がした方を見るセレンたち。そこには卓を囲んでビール片手に既におっぱじめているカレンら古龍連の姿が。
「ったくぅ。カレンはともかく、なんでウェンさんたちまで来てんのよ~?」
「固いこと言いっこなし!」
「ちょうど茶会の日取りが重なっただけよ。タツミが居らんと始まらんからこちらから出張ったワケでな!」
「タツミく~ん、エダマメお願い出来ますぅ~?」
「ああ、もう! くれぐれも言っとくけど、ロイ達の人生最大イベントなんだから、そのへん空気だけは呼んでくれよ、ねえさん方!」
と、ボヤキながらも給仕する龍海。敷かれる尻の多い事。
「ま、まあ古龍方の祝福を受けるというのも前代未聞だし、悪いことばかりでもないのではないかな?」
ポジティブに捉えようとするレベッカ・ヒューイット治安隊長。今現在においてもロイは龍海のお目付け役であり、その命令は変わらず有効である。故に彼女も直属の上官として招待されたのであろう。
だとすれば軍服の礼装で……と思いきや、髪の色に倣った深紅のあでやかなパーティドレスを纏ってのご出席。鋭い目と持ち前の爆乳とが相まって不思議なフェロモンを撒き散らし、M属性な男の垂涎を誘っている。
「そうねぇ~、心強いよねぇ~」
レベッカに同意しながら猫耳娘が顔を出した。
「む? 貴様イノミナ……とか言ったか? 情報屋だったな?」
「あれ? 隊長さん、あたしの事ご存じでしたぁ?」
「うむ。以前、城下付近で監査部の者といたはずだな? そいつが腕のいい情報屋だと、言っておったのでな」
「へ~、治安隊長さんに名前と顔憶えて貰ってたなんて感激~。なにかあればお声かけてくださいね!」
「しかし妙なところで見かけるもんだな?」
「へへ~、オデ市じゃ、こちらのシノサンの旦那とロイさんには贔屓にしてもらってたもんで~。招待されちゃいました~」
などと説明されて納得してしまうレベッカ。その後アープ軍の将校に呼ばれ、そちらへ向かう。
「この猫むすめがメルさんって知ったらどんな顔するのかしらね~?」
この目出度い日にメルもロイとイーミュウを祝福したいのはやまやまなれど、魔導王のままで臨席と言う訳にも行かないので、イノミナに変化して、無理くり出席したのである。
「ロイは非公式ながらあたしやアマリアと同じ立ち位置に居るからねぇ~。やっぱりお祝いしたいじゃない~?」
「なんの立ち位置だ! それにもう、あいつも年貢の納め時って腹括ってんだから余計な茶々入れないでくれよな!」
「う~む、つまらんのぉ? では次は、そこのダニーとではどうじゃ?」
言われてダニー君キョトン。
「飲んでろ!」
龍海はカレンらのテーブルに生ビール樽型2l缶を叩きつけた。お~、と拍手する古龍連。
「あ、タツミさん、出て来たよ!」
セレナが指を差して声を上げた。
龍海らがその方を見ると、開いた礼拝堂の扉から腕を組んで現れたロイとイーミュウの姿が。
「あ~、イーミュウ、やっぱキレイだわ~」
イーミュウの晴れ姿に感激した洋子は龍海に預けておいたスマホを取り出して、バシャバシャシャッターを切った。
礼拝堂出口の階段を下りながら集まった来賓たちに手を振るロイとイーミュウ。白さが眩い、Aライン気味のプリンセスライン系にデザインされたドレス姿のイーミュウと、軍の制服に近い、金の飾緒をあしらった礼装のロイ。その胸には先の作戦の功労として国王から直々に賜わった特一等勲功章が輝いている。武門においては国内最高の勲章だ。
万雷の拍手の中、手を取り合って礼拝堂の階段を下りる二人。後ろには王室の名代として婚姻の儀から出席していたアマリア王女、そしてイオス伯夫妻やトライデント子爵夫妻、クロノス子爵夫妻やマヤ・クロノス少尉改め中尉が続く。
賓客のシーケン侯爵夫妻他、各地の領主やその代理人らの祝意を受けながらウェディングロードを歩むロイとイーミュウ。やがて二人は龍海と洋子の下に辿り着いた。
「おめでとう、イーミュウ」
「ありがとうございます、ヨウコさま!」
「おめでとうロイ、がんばれよ?」
「はい、シノノメ卿」
ロイがスタッとお辞儀する。宛ら10°の敬礼だ。
「でも、なんだかやっぱり不安です。なにしろ、初めての事ですし」
「お互い様だよ。俺も後から付いて行くから手本、見せてくれよな?」
「初めてシノノメ卿を追い抜いた気分です!」
「ははは、全くだな」
笑いあう龍海とロイ。そして、フーッと一息つくと語り始める。
「自分は……シノノメ卿とお会いしたこと、卿と行動を共に出来たこと、卿のお力になれたこと、全ての事をとても誇らしく思っています。こうしてイーミュウを娶って王国のために、アープのために生きる、と決断できたのは偏に卿のおかげです。感謝しております」
「こちらこそだ。お前がいてくれなきゃ、お前の働きが無けりゃ俺たちの望みを成就させることは出来なかったさ。本当に感謝しているよ。イーミュウもな」
龍海に労われてにっこり微笑む二人。しかしこれは世辞でも何でもない、その思いはどうあれ、この二人のサポートで慣れない異世界でも自分たちは効率よく動くことが出来たのだ。この感謝の思いは龍海と洋子の偽らざる気持ちであり、お互いの想いの壁を乗り越えて、いま目の前で手を携えている二人の姿は心底嬉しかった。