状況の人、冒険者になる4
「うわっ! やっぱりか、済まない!」
「え? いや、謝る事は無いですよ。結局人違いだって分かってもらえたし、それに不当に拘束したって事の見返りに、ここのギルドに登録させてもらえることになりましたから……却って助かってます」
「そ、そうかい? なら良かったけど……で、連れの女性は?」
「妹ですよ。洋子って言うんです」
妹? 洋子は眉間にしわを寄せて龍海を見た。それに軽くウインクして話を合わせるように求める龍海。
「なかなか帰って来ないから随分心配かけさせたもんで、それで往来で大喧嘩しちゃって。親衛隊に不審がられて目を着けられたんでしょうねぇ」
と後頭部ボリボリポーズ。
「そうだったのか。でも身内が見つかったのは良かった」
「ええ、身分証は俺が持ってたまま仕事に出たらしくて、探そうにも町から出る事も出来ずにいたから、街で俺がボーっと歩いてたのを見て、心配させた責任取れ! って怒られましてねぇ」
即興で出任せストーリーを作ってみたが、こっ恥かしく感じてしまうのは、真相を知っている自分だからであろうか?
――う~ん、却って怪しまれるか?
「そっか。記憶が曖昧だって言ってたから心配だったけど。なら自分の素性もわかったんだね?」
――あ、信じて貰えた……
「ええ、おれたちは北の町が根城だったみたいで」
「北と言うとアープの町かな?」
――北にそういう町があるのか……じゃあ、取り敢えずそっちを目指す格好で……
「はい。でも、こちらでも登録出来たことですし、妹の経験も兼ねて期限の緩い仕事でも請け負っておこうかなと……こちらだと、どんなのがありますかね?」
「そうだなあ。定番だが、やっぱり薬草や香草採取くらいだな。あの辺の素材は持ってくりゃいつでもどこでも引き取ってくれるし」
「タツミさん、ヨウコさん、お待たせしました」
さっきの受付係が名を呼んだ。手続きが済んだようだ。
「手続きが終わったようです。受け取ってきますよ」
「おう、俺たちもこれから東の仕事に行くんだ。縁があったらまた会おうぜ」
トレド達を見送り、龍海は受付へ向かった。
「登録証をどうぞ。こちらには宰相の印も透かしで入っておりますので、国内でしたらどの市町村でも無料で出入りできます」
「ありがとうございます」
「すぐにお発ちになりますので?」
「そのつもりです。北西の方を目指そうかと。あ、途中に開けた、そうですねぇ……荒野みたいなところはありますか?」
「荒野、ですか。田園地を越えた辺りからアープの町までの間にはそこそこあると思います。アープ行きの駅馬車に乗って、条件に合った場所があれば、そこで降ろしてもらうと言う段取りになりますが……野獣や魔獣の類もそれなりに現れますよ?」
「それくらいがちょうどいいですね」
「わかりました。では北西地区の地図をお渡ししておきましょう」
「ありがとうございます。あ、さっきトレドさんから聞きましたが期限の緩い依頼があるそうですが? 薬草とかの採取?」
「はい、薬草や香草はポーションの材料になりますので、その採取はどこのギルドでも随時承ってますよ」
「じゃあ、それを受けて発ったと。もしどこからか聞かれたら……」
「はい、そのようにお答えしておきます」
「ではこれより行ってきます。お世話になりました」
「お気をつけて。無事のご帰還をお待ちしております」
♦
受付係の助言通り、アープ行きの駅馬車に乗り込んだ龍海と洋子は、王都から30~40km離れた辺りの荒野で降りて国境付近を目指して西方向へ進んだ。
まずは洋子に銃器類の訓練を受けさせなければならない。
故に銃声が人里へはあまり届かない環境が必要であるので荒野を選んだわけであるが、街育ちの洋子にとっては整備されていない道や荒野をただ歩くだけでも十分訓練であった。
「ねぇ、まだ歩くのぉ~」
洋子がぼやくぼやく。
街道から外れて、既にかれこれ7~8kmは歩いただろう。
慣れない馬車に揺られ続けた疲れもそのままに、舗装されていない荒れ地を徒歩で行軍とか、かなり堪えているようだ。
駅馬車では荷物無しだと却って怪しまれるのでダミーの背嚢を背負っていたが、人目を気にしないで済む荒野ではすべて龍海が収納しておいているので今は出来る限りの軽装なわけだが。
「ああ、日没まではもうちょっとあるし、あと少し歩こうか」
「もう、脚が棒だよう」
「文句が言えるうちはまだ大丈夫さ。限界付近じゃ目が虚ろになって声も出せないからな」
「経験あるのぉ~?」
「夜間行軍の時は歩きながら夢見てたよ。大休止に入って飯食ってる夢だったな」
「夢と現実ごっちゃになるのぉ? やだやだ! もう歩きたくない!」
洋子は座り込んだ。
「おい……」
龍海は振り返ると、癇癪を起こして喚く洋子の目の前に屈み込んだ。目線が同じ高さになり、距離も近くなる。
怒られる! 洋子はそう思った。
だが意に添わぬ召喚に、背負い切れない国家的任務だけでもストレスMAXなところへ、砂や小石に足を取られながらの行軍訓練。噴き出る不満は止められない。
「ヤダったらヤダ! 脚痛い! 歩けないぃ!」
「……」
龍海はそんな洋子に手を向けた。
「何よ! 殴る気!?」
「違うよ。ほら」
龍海は向けた掌にペットボトルの水を再現して洋子に差し出した。
「え?」
駄々捏ねてるんじゃない! などと怒られる――そう思っていた洋子には、いささか意外な反応だった。
「あ、ありがと……」
洋子は水を受け取り、ボトル半分ほどを一気に飲んだ。程よく冷えており実に美味い。
「フゥ……水がこんなに美味しく感じるなんて初めて……」
「じゃあ、今日はここでキャンプ張るか。用意するから休んでな」
「いいの?」
「そうだな。俺の作業風景はよく見ておいてくれよな。そのうち君にもやってもらう事にもなるだろうし」
「そうじゃなくてさ……その、あたし、わがまま言ったようなもんだし……」
「まあ、いきなり限界付近まで攻めて体壊しちゃ本末転倒だしな。初日とすりゃまだ文句が言える辺りで切り上げで良いかなって思ってさ」
そういうと龍海は天幕や薪などを再現し、設営作業に入った。
お小言の一つも食らうかと思っていた洋子にとって龍海の言動は意外と優しく、ちょっと拍子抜けして戸惑いを感じてしまった。
龍海は自衛隊経験者。洋子としては、軍隊じゃ新兵が古参兵にしごかれ弄られ、なんていうイメージで、自分もそんな風に当たられるのかも? などと言う予感もあったのだが結構自分を気遣ってくれている様子。
それならばとにかく、設営の様子はちゃんと見ておこう――洋子はそう思い水分補給をしながら龍海の動きに注目した。