状況の人、反転攻勢中3
攻撃兵は昨夜アマリアが捕虜から話して貰った()情報からそれらの位置へ向かった。話してくれた捕虜がその後、白目をむいて口から泡を吹いて伸びていたのは龍海の見間違いであろう。そうに違いない。
案の定、敵機は上がって来なかった。いや来れなかった。動ける魔導士はすべて前線に投入されているので火球による対空砲火すら無かった。
攻撃隊が目標位置に来ると捕虜の情報通り、そこは集積場になっていた。武器や防具を直す従軍の鍛冶職人が集まる作業場も見える。
「目標確認! 王女殿下の情報通りだ。いくぞ! 総員、各個に攻撃開始!」
連合軍飛行攻撃隊の爆撃が始まった。
ボン!
ボ! ブォオン!
集積所の物資に油脂火炎弾が次々投下される。
ボバアァン!
爆撃には油脂火炎弾の他に火炎瓶も使用された。中身は龍海が再現したガソリンであった。油脂火炎弾ほどしつこい火力では無いが、一気に広範囲に広がる炎は消火に当たった皇国兵を怯ませるのに十分であった。
「司令官どの! 飛行兵の目的は食料と水でした! 後方の集積所や野外作業所が大火災に見舞われて大混乱です!」
大混乱? この前方以上に混乱しているとでもいうのか? 後方までもが!?
グランドルは遠眼鏡で、城壁を撃ち破りながら瓦礫等の障害を楽々乗り越えて前進する戦車や機関銃を撃ちまくる高機動車・機銃車を睨みつつ、頭の中の思考がどんどん薄れていくのを感じた。
もう何をやっても勝ち目がない。
正攻法も失敗、重装騎馬軍団の機動力を生かした突撃も効果無し、夜襲も功を奏さず、兵站も壊滅状態……もはや軍の機能を維持する事すらままならない。
何を考え付こうとも、どんな手段を講じようとも、敵は常にそれを上回る未知なる攻撃で圧倒してくる。
もはや、考えられる末路は……退却か、玉砕か、もしくは……
――降伏……
最後まで皇国軍人足らんと突撃し、例え一矢だけでも報いるか? 生き恥を忍んで本国へ逃げ帰り、再起を図るか? それとも……
「司令!」
「司令官殿!」
幕僚たちももはや成す術はなく、グランドルの判断を待つだけであった。
「後方は……」
「は?」
「後方は火災だけか? 道は開けておるか?」
「は、はい。物資搬入用の通路は空いておりますが……」
「そうか……では、そこを使って……」
「…………撤退、ですか……」
「……已むを得ません……ね」
「このまま全滅、若しくは捕縛されてこれ以上奴らの侵入を許せば領土の3割、いや半分が奪われかねん。本国で軍を立て直すために、動けるものは撤退を……」
ドガン!
ヒュウウウゥゥゥゥー
――な、なんだ? 目の前の弩砲と違う音……
ドガアアアァァーン!
後方、火災を起こした集積所より更に奥に巨大な土煙が上がった。
「ば、爆裂攻撃だと!?」
「バカな! 城門の攻城兵器は何も……」
ドガン!
音を聞いてシモンが遠眼鏡を構えた。連合軍側にだ。それも見える中では一番奥。
「あれか!?」
「なんだ!? 何が見える!?」
ドガアアアァァーン!
後方で2発目の爆発音。
「間違いない! あれが攻撃して来たんだ!」
「な! まさか! 敵陣のさらに後方の丘陵のてっぺん……我が展開地の後方まで何kmあると思ってるんだ!」
ピカ!
「光った!」
爆炎の光から、
ドガン!
わずかに遅れて届く爆音。
ヒュウウウゥゥゥゥー ドガアアアァァーン!
3発目着弾。これもまた正確に後方の街道へ。
それらは、昨日迄の爆裂筒よりも数段高威力の、いや、目の前で城壁を壊した爆裂に勝るとも劣らない破壊力であった。
「あ、あんな遠距離から……これほど正確に……」
「逃げ道も無いぞ、と言いたいのか……」
グランドルら幕僚連は、もはや歯軋りする気力すら残っていなかった。進退窮まるとはこの事であろう。
このまま皇軍の栄光に殉じて玉砕を選ぶという選択肢もある。しかし今、目前の敵は負傷者がいるとは言え未だ3万を擁する自軍を一人残らず皆殺しに出来るほどの攻撃力を有していても何らおかしくはない。
もしも全軍、4万5千人を皇国が失ったら?
反旗を振っている東の属国の鎮圧は怪しくなり、帝都の残存兵力3万は対アデリアに振り向けられるだろうが、こんな未知の強敵が相手では徹底防戦に全振りしても戦果は期待できない。そこにつけ込んで他の属国の蜂起も有り得る。
何より、軍の大半は普段は農工や商いに従事している国の礎である。その全てを失った場合の生産力の低下は当然国力の低下に直結する。
「司令……」
グランドルは決意した。
「降伏は……白い旗、だったな」
遠く敵陣深い丘陵の頂上に配置され、未だ自軍後方を狙っている99式155mm自走榴弾砲を睨みながら、グランドルは白旗の掲揚を指示した。
「兄ぃ、白旗だよ!」
オービィの声が龍海のインカムに届いた。
「来たか!?」
照準器越しに確認したオービィの報告に龍海は双眼鏡を構えた。
確かに皇軍司令部近く、物見やぐらの天辺に白旗が掲げられているのが目に飛び込んできた。
「うっしゃああーー! ポータリア軍、降参しよったぞー!」
ウエルドも白旗を確認。歓喜の声を上げた。
「え? 降参?」
「マジ!? 勝ったの? 俺たち? ポータリアに?」
「白旗! 白旗が見えるぞ! やったぞ! 俺たち、勝ったんだ! ポータリアに勝ったんだ!」
うおおおおおおぉぉぉぉー!
連合国兵たちから勝利の雄叫びが上がった。通信兵により前線本部――友軍陣地兵にも伝えられ、こちらもまた歓声が上がっている。
龍海もまた安堵の一息をつき、
「諦めてくれたか……」
ハッチに背を預けて凭れ掛かった。
思ったより早くケリがついてくれた。まだしぶとく諦めない一部の敵士官を見て、さらなる攻撃も必要か、とも考えたがこれ以上の殺戮は回避された。何よりそのことに安堵したのだ。
「シノさん?」
操縦席から顔を出していた洋子が声を掛けてきた。次いで親指立てて笑顔でサムズアップ。
洋子の満面の笑顔に、龍海も同じくサムズアップでそれに応え、ニカッと笑った。
「よっしゃ、男爵! 武装解除に掛かってくれ。敵との交渉も任せる」
「承知した。そやけど捕虜は中隊長以上、下士官以下は戦場の後始末させた後で放免でよろしいんですかい?」
「食料は概ねパァにしてしまったからな。大人数は養えんし、道々ここで起こった事を噂させるのもアリじゃね?」
「しっかしこの状況って信じて貰えるもんかな? 後詰め、サンバー別動隊含めたって5千だよ、5千! それで4万5千の軍団を半月も経たずに降伏させるとか、兄ぃの能力知らなきゃ、あたいだって信じられなかったんじゃないかな?」
「ワシもなんか『勝った筈なんだがの~』とか感じるとこはあるのぅ。半分、夢でも見とるんやないかと」
「連中も悪夢だと思ってるさ。食料も乏しいから途中の村や街で徴発するだろうし、その時の様子が尾鰭足鰭付いて話ばら撒かれていって、連合には手を出すな! って空気が出来りゃいいな。んじゃ、オービィも男爵と一緒に事後処理に当たってくれるか? 監視兵には火器を持たせたいけど奪われると困るから、空へ動ける飛行兵の方がいいし」
「りょ~かい!」
龍海の要請を受けるとオービィは、外観こそ大きいが六一式より狭いくらいの室内の砲手席から車長席にすり抜けた後、車内から這い出して行く。
「洋子、後退しようか?」
「オッケ~」
後をウエルドらに任せた龍海と洋子は七四式を駆って連合軍陣地に戻って行った。
連合側の城壁を通過した龍海らは、守備兵や支援に来た臣民たちの歓声と拍手に迎えられた。
戦車はもっと奥の方の駐車場まで持って行きたかったが、戦勝に湧く兵士たちに囲まれて身動きが取れなくなってしまった。
諦めて戦車を止め、車外に洋子が顔を出すと、
ウオオオオオォォー!
さらに歓声が湧き上がった。
割れんばかりの歓声を受けて、その迫力に最初は押され気味になる洋子。
しかしその後、気を取り直して操縦席ハッチから飛び出て、兵たちに応えるように手を振った。それを見た兵たちから更にまた歓声が起こる。
次に洋子は戦車砲塔上部に駆け上がると、勝利を鼓舞するが如く、ガッツポーズから力を込めて、右腕を高らかに突き上げた。
ワアアアァァー!
またしても声量が上がった。
「道を開けよ! 勇者さまが降りられないぞ!」
守備隊長フランジャーが群がる兵士たちの整理に入ってくれた。そのまま彼に先導されながら龍海と洋子は前線司令部に向かった。
サ・イ・ガ! サ・イ・ガ! サ・イ・ガ!
歓声はいつしかサイガコールに変わって行った。
ガンッ ガンッ ガンッ ガンッ
コールに合わせて籠手や得物で鎧を叩き、リズムを執り出す。そんな中で兵たちに手を振って応える二人。司令部天幕に入ってからも陣地内の盛り上がりは収まらず、暫しの間、歓声は平原中に響き渡った。