状況の人、反転攻勢中2
前口上も世辞も無し。無慈悲に畳み込んでくる洋子の最後通牒に、士気ダダ下がりの皇国軍は震えあがった。
前回までは相手も煽り返して来たり、罵倒したりもしてきたが、今、城壁から顔をのぞかせてこちらを窺っている兵士たちにはそんな気概も見られなかった。
昨夜の夜襲が功を奏し、城門を突破していれば後方の主力がなだれ込むべく、兵たちは夜半まで待機していた。
だが作戦失敗によってそれも徒労に終わり、今までの激烈な惨敗の疲れと睡眠不足とが重なっては士気など維持出来ようはずもない。
しかし……
「笑―――――止!!」
まだ元気な奴……いや、懲りない奴らがいた。
「偶さか身の丈に合わない武器を手に入れたからと言って、図に乗るでないわ――! こちらはまだ貴様らの倍以上の兵力と、本国にはそれを上回る軍団が控えておるのだ! 序盤で多少の優位を取ったところで、最後に勝つのは我々栄えある皇国軍だ!」
それは馬上の指揮官らしき将校だった。上級か下級かは不明だが、恐らくは出自が貴族辺りの自尊心だけは死んでも崩す気のない連中であろう。さらに、
「その通―り!」
呼応する者もあらわれる。
「我らポータリア皇国軍の栄光は未来永劫、途切れる事は無い! アデリアの低級民ども! 魔導国の劣等民族ども! 最後に笑うのは我々だ――!」
勇ましく返してくる敵将校たち。
しかしてその表情は冷汗だらけと言っても過言では無く、語尾も震え気味だった。
カラ元気も元気の内とは言うが、何を食ったらそんなもんが湧いて来るのか、どこを押せばそんなそんな中身空っぽの見栄が張れるんだか。龍海と洋子は呆れを通り越して哀れささえ感じざるを得なかった。
そりゃ彼ら貴族連中には、屈辱よりも死を選ぶ、そんな気概も有るだろう。それが何より大切に思う矜持も有るだろう。
だが少なくとも今の龍海や洋子にとっては、そんなもん犬かスライムにでも喰わせれば? てなもんである。
「はーい。お偉いさんがアホな能書き垂れてる間に三分間過ぎました~! 覚悟できたぁ~? 腹括ったぁ~? それじゃあさあ…………」
洋子の口調が、思いっくそ低くなった。重たくなった。そして言った。
「かかってこいやー!」
こんな状況下でありながら、洋子の嫁の行き先が心配になってくる龍海である。
洋子の号令(?)の下、連合軍は前進を開始した。龍海の車輌を先頭に、左右前衛に分隊支援として十人に一人くらいの割合で小銃手を配置した槍隊が並んで槍衾を形成、一糸乱れぬ連携で進んで行く。
「おのれぇ、言わせておけば! 者ども剣抜けぇ! 一人たりとも低級民族どもにポータリアの土を踏ませるなー!」
「最後の一兵に至るまで踏みとどまれ! 逃げ出すものあらば指揮官はこれを斬り捨てろー!」
どこかで聞いたセリフである。しかし死より自尊心が大事な連中はともかく、皇国軍の多くはアデリアと同様に徴用兵である。普段は田畑を耕している者がほとんどなのだ。帰れば親兄弟がいる、愛しい妻子が待っている。
だが、投降を選ぶのも果たしてどうか? 実際、今まで捕虜になった皇国兵は龍海や洋子の希望で人道的に扱われているのではあるのだが、今、目の前に展開する皇国兵はそれを知らない。知っているのは他のポータリア人がアデリアで行った傍若無人な蛮行を武勇伝宜しく得意げに語っていた事だけだ。
投降したら、今度は自分たちがそれをやられる番になる……一般兵がそう考えてしまうのは致し方の無いところだろう。そんな彼らが前を向いても死、後ろを向いても死、な状態でまともに身体が動くのか?
斯様な恐怖で大きく見開いた目は涙目で泳ぎまくり、引き攣った口から剥き出された歯も、正に歯の根が合わずガチガチと震える音を鳴らしている。
――星回りが悪かったな……
「弓隊、斉射準備! 奴らが近づいたら矢が尽きるまで射掛け続けろ!」
「投石隊、火炎玉準備! 骨も残さず焼き尽くせ―!」
「弩砲隊! 中央、正体不明の兵器に照準合わせ! 射程内に入ったら全力攻撃!」
指揮官だけは威勢よく指示を出すも、兵たちの足取りは重かった。しかしそれでも弓兵たちは城壁近くに集結。連合軍が射程内に入るのを待つ。
できる事なら逃げ出したい、そう思う兵も多く居ただろう。仮に一人が逃げだしたら雪崩を打って皆が退散するかもしれない。しかし、そうなるにはもう一歩何かが足りなかった。
数では押しているとの思いも有ろう。逃げたら横から後ろから古参の下士官らに斬られる、そんな思いも有ったろう。皇国軍の兵のメンタルはギリギリのところで踏みとどまっていた。
連合軍は200m地点まで来た。もう弓の射程距離内だ。
「怖れるな―! 皇国の興廃はこの一戦に掛かっておる―! 総員、最後の一兵まで皇国軍人の栄光と共に―――!」
ダッ、グワゴガァ――ン!!!
「ぐわあぁ!」
「ギャ――!」
「ひいいぃい―!」
耳が破裂しそうなほどの大音響とともに、街道の城門が木っ端みじんに吹き飛んだ。当然周りに控えていた兵たちも宙を舞い、哀れな骸となって地に落ちていく――と言うか、散らばった。
「ヒャッハー! 一撃だぜぇ!」
「続けるぞ! 目標第二城門、対溜正面射! 撃てぇ!」
ドッガアアァーン!
今度は右方面の城門が飛んだ。城門は完全に吹き飛び、歩兵でも騎馬兵でも楽々殺到できる大穴が出来上がった。壁越しに弓を打つべく張り付いていた弓兵数十人も無論吹っ飛んでしまう。
ドッガアアァーン!
城門の次は城壁だ。城門間の城壁も瞬く間に粉砕されてしまう。歩兵の足がかりが至る所に出来上がっていく。乗り越える必要もない、既にそこには城壁など瓦礫となって吹っ飛んでいるのだから。
「わわわ!」
先頭にいて直撃を喰らった兵の身体の部位や肉片が後方の兵に降り掛かってきた。さっきまで付近に居た友人や仲間の血が肉が飛び散って自分の体中にへばりついて来てもうムチャクチャだ。辛うじて息のある奴は「帰りてぇ……家に、帰りてぇ」と泣いていた。シェビー・ブランドの馬車かなんかが、この世界に存在するかは不明だが。
おわかりだろう、龍海が持ち込んだ最終兵器は 戦車 で、あった。
龍海が富士演習場で行われる総合火力演習時に武器科隊員で編成された野整備の直接支援隊に参加した時に触れた七四式戦車である。
龍海は一応、装輪車に加えて装軌車の整備資格を持っていた。資格を取る時の対象車両が七四式だったので、当時としても退役間近であった七四式の担当として選抜されたのだ。故にそれより最新式の九〇式戦車や一〇式戦車は、見た事は有るが触れた事が無いので再現は不可能なのである。
もっともこの世界であれば七四式はもちろん、六一式戦車でも十分な戦力であったろうが。
因みに迫撃砲等もこの火力演習時に触れた事が有ったので再現が可能だった。趣味が高じて作業の隙を見つけてはいろんな兵器・弾薬を弄ろうとするので、最後の方では集積所から出禁を喰らってしまった苦い経験でもある。
ドッガアアァーン!
200mの至近距離からの砲撃、被弾した城壁が次々崩壊し瓦礫と化していく。破城槌を何回も何回も突っ込ませてやっと破砕する城門、これが城塞都市に築かれたもっと頑強な門であったとしても一撃であろう。
しかも砲撃音もハンパない。今までの小銃擲弾や迫撃砲とは比べ物にならない爆音である。噴き出す爆炎の大きさは戦車本体よりも大きいくらいだ。
そんな戦車砲が火を噴くたびに腰を抜かし、失禁して這いずり回る皇軍兵たち。前線の兵たちは総崩れと言う言葉すら生易しいほど混乱していた。音圧、風圧だけで天に召されそうな現実に、正気を保て、は困難であったろう。
「よし、洋子。目標中央城門、前進!」
「りょ~かぁい!」
V型一〇気筒ディーゼルターボエンジン、2サイクル独特の軽やかな作動音と共に七四式が走り出す。もっとも速度は歩兵と合わせた時速4km程度だ。
「どうだ洋子、慣れたか?」
「うん、操作自体は戸惑ったけど、走る時の車輌感覚はウチの履帯式重機と、まあ似てるし。何より障害らしい障害が無いから、とにかく前向いて走らせりゃいいからね~」
さすが子供のころから重機に慣れ親しんで居ただけの事はある。しかし戦車を転がす勇者さまとか、後世の語り部は、一体全体これをどう語るのであろうか?
「オービィ! 攻撃隊を出せ!」
「はいな! こちらオービィ、攻撃班全力出撃! 打合せ通り、後方の食糧・物資を焼き払え!」
オービィの命令一下、飛行兵が一斉に飛び上がった。前回と違い、戦闘飛行兵は20人程度。その他は皆、攻撃隊だ。
敵飛行兵は昨夜の襲撃時に撃墜され、もはや迎撃に上がれる人員はいない。護衛の戦闘飛行兵は20人でも多いくらいだろう。
更に攻撃隊と言っても火炎弾や手榴弾だけではなく、全員が護身用に洋子と同じG19を装備している。敵残存兵に不意を突かれても不覚を取る事は無いだろう。
目標は後方の食糧集積所や簡易浄水施設だ。
正面装備では手も足も出ず、しかも水や食料まで奪われてはとても戦線など維持できる訳も無い。
龍海は皇国軍将兵の士気を徹底的に砕き続けた。
砲火と空腹、恐怖と絶望、心も膝もへし折り、二度と立ち上がる気を起こさせないつもりで。