状況の人、眠れぬ夜2
「大丈夫よ! シノさんこそ良かった? 格闘してたでしょ!?」
「ああ、ヒヤッとしたが何とか無傷だ! クソ! 昼間あれだけやられてんのに夜襲かけてくるとはな!」
いきなりの襲撃。首尾よく撃退したはいいが、さすがに冷や水を浴びせられたどころでは無かった。跳ね上がった心拍を押さえ込むのに、龍海は肩どころか身体全体で息をせねばならなかった。
正直、龍海たちの気が緩んでいたのは間違いない。
正攻法が効かないのであれば遊撃戦による後方撹乱を狙う、等の次手は十分に予想出来たはずである。
さらに、この世界には照明火球と言う魔法があるので、小規模な遊撃戦はともかく、夜戦で大隊以上の運用を選ぶ可能性は低いと思い込んでしまっていた。
「行くぞ野郎ども! 同士討ちに気を付けろ!」
オービィの飛行戦隊が出動した。龍海が再現しておいたフラッシュライトを銃身下に装着した散弾銃を構えて飛び立っていく。
――賊は飛行兵が輸送して来たのか!
自分がメル救出でエンソニック城を急襲した時の手口である。
その内は、龍海らを襲った刺客たちと、後方への放火等の撹乱工作班に分かれているらしく、天幕や備品集積施設の十カ所以上に火が放たれた。
「水は後だ! まずはショウカキで消すんだ!」
こちらはフランジャーが対応してくれた。ゲリラ兵による放火の消火活動と討伐だ。サンバー戦線での経験がさっそく役に立っている。
――くそ! 何だあの白煙は!? 火炎弾の炎をあっという間に消しちまう!
刺客の一人が歯軋りしていた。
消火に手間のかかる油脂火炎弾も容易に無力化され、急襲には成功したものの、戦果は捗々しく無い様だ。更に、
バン! ドォン!
「ぐわ!」
ゲリラ兵が連合軍の火器や剣の前に次々に討伐される。
ターン! パン! ダダーン!
上空でも掃討戦が始まった。暗視眼鏡を装備したオービィ隊がポータリア飛行兵を次々と撃墜していく。
だが散弾だと例え強力なOOバック弾でも有効距離は短い。50mも離れるとかなり効果は薄い。そこで、
ドォン!
「ふごぉ!」
ちょっとした小細工を施した弾が使われた。
龍海が再現できる12ゲージ弾は、グァムで体験した細かいペレットのバードショットと鹿撃ち用の九粒弾だけである。スラッグ弾の使用経験が無いのだ。
だがしかし、ここで一工夫、散弾のプラスチック部分と金属リム部分の境にナイフで切れ込みを入れておく方法が使われた。こうすると撃発時にプラ部分がちぎれてプラケースごとそのまま飛んでいくことになる。手持ちにスラッグ弾が無い場合、かつて米国FBIが訓練時に裏ワザとして教えていたと言われる簡易スラッグ弾の出来上がりだ。実際のスラッグ弾ほどの性能は無いが50m先の自動車のドアくらいは抜くほどのパワーがある。
その場に応じて武器が選べる龍海と違って遠距離が不利と言う短所を持ちながら敢えて散弾銃が最適解な飛行兵向けに用意しておいたのだ。
敵飛行兵の生き残り、それもすぐに作戦に従事できるとなればその数は精々30~40程度だろう。つまり運べる遊撃隊員の数はそれ以下と言う訳である。ほぼ死を覚悟した特攻隊と言えるだろう。
上層部の幕僚のゴリ押しか、起死回生の汚名返上か、戦死した同僚・仲間たちの敵討ちか、いずれにしても正気の沙汰ではない。
果敢に挑んでは来るが流石に少数に過ぎる。全員が殺害、捕縛されるのにそれほどの時間はかからなかった。
「擲弾放てェー!」
ドォン! ドガ! バゴァーン!
正面攻撃隊も迎撃隊の攻撃が擲弾に変わると、それ以上の前進が出来なくなった。
しかも功を奏したと思われた後方への放火は、あっと言う間に鎮火されてしまい、これに対応していた連合の部隊が増援に回る可能性も高く、皇軍攻撃隊はまたも撤退するしかなかった。
「不覚を取ったな……」
取り敢えず敵遊撃隊の撃退・制圧には成功したものの、手放しでは喜べない状態……後片付けをしている兵を眺めながら、龍海らの表情は険しかった。
「言い訳の仕様もない……連勝に気が緩んで、たるんどりましたわ」
ウエルドも吐き捨てるように零した。誰にでもなく、自分に対してだ。
「歩哨もマズかったですな。敵はまだ処理されていない騎馬や兵の死体に身を隠しながら近づいてきた模様です。おまけに上空警戒も怠っていた。僅かな生き残りの敵の飛行兵がよもやこんなに早く復帰するとは……いや、今となっては全てが言い訳です」
フランジャーの口もまた、重たかった。
「つまり奴らはまだ諦めちゃいねぇって事だ。あれだけ手痛い敗走を喫したんだから士気もダダ下がりだろうと勝手に思い込んでいた」
「連中の目的は悲願の不凍港獲得、これは至上命題の筈。モタモタしとると東から来るアンドロウムに掻っ攫われてまう。そんな焦りも有ったか、本国から焚き付けられたのか……無謀な夜襲をやらかすからには敵はいよいよケツに火が付きよったかのぅ?」
「さっき言ってた兄ぃの作戦、早急に発動しなきゃいけねぇな?」
「その通りだ、オービィ。連中が態勢を立て直したり本国に増援を求めたりする前に仕掛けるべきだな。よし……後片付けはそこそこにして、兵を早く休ませよう」
「……いつ仕掛けるんで?」
「明日だ」
「明日!?」
ウエルドら、その場にいた全員が目を剥いた。
今までの流れから、3日後だった龍海の作戦開始は繰り上げられるとは全員が思っていたが、一番最短はさすがに予想外だったようだ。しかし、
「……そうでんな。苦肉の策で夜襲を仕掛けてこれも失敗、それから立ち直って新たに行動する余裕も与えずこっちから……結果的にいいタイミングになりそうでんな」
「だな! 一発殴ったら五発殴り返されるって叩き込んでやる!」
彼らも、すっかりその気になっていた。
「捕虜を尋問しよう。敵の飛行兵が壊滅状態なら航空偵察に手間はかからないと思ったが、そんなに悠長にも構えていられそうにない。攻撃場所をより的確に把握しよう」
「情報は多いに越したことはねぇですわな。しかし、この刺客ども、仮にもこんな特殊工作・遊撃を請け負うエリート部隊でっしゃろ? 簡単に吐きますやろか?」
「そうだ……ん?」
「タツミさま~!」
遠くから自分の名を呼ばれ、ウエルドとの話を遮られる龍海。しかし、これはベストタイミング。
アマリアだ。
「お怪我はございませんかタツミさま! もしなされているならこの私が治癒させて頂きますので!」
龍海を心配して駆けつけてくれたのだろう。
「お、アマリア、わざわざ来てくれたのか? 大丈夫だ、この通りピンピンしてるよ」
「ああ、よかった~。タツミさまなら、よもや不覚を取ることは無いとは思いましたが……こんな夜討ちを受けて万が一、万が一の事が有ったらと思うと!」
「そうよぉ? あたしもシノさんも危なかったんだから~」
空気を読んだ(?)か、洋子がくちばしを突っ込んできた。
「そ、そうだったんですか?」
「ええ、いきなり空から賊が降って来てねぇ、あたしたちにダガー突きつけて来てさ~。下手したら今頃あたしやシノさんの喉、バッサリ斬られていたかもね~」
ちょいと大げさに、オーバーアクションも加えて、状況をアマリアに詳しく解説。必要以上に大きく見開く目に何やら悪意を感じる龍海である。状況の人・何モードだ?
「まあ、なんて事! 不意打ちだけでも卑怯千万なところに我が愛しのタツミさまの命を狙うなど言語道断! 万死に値するとはこのことですわ!」
「そうでしょ、そうでしょぉ? で、そこでねぇ~? その賊、とっ捕まえてあるんだけどぉ、この落とし前付けるために、敵陣地の情報を色々と聞き出したいんだけどねぇ~……頼まれてくれるぅ~?」
言われて始めはキョトンとするアマリア。しかしやがて、洋子の言葉を咀嚼して理解すると、その顔に地獄の鬼が笑うが如き煉獄の笑みを浮かべて、
「お任せください~。どんな情報が、ご入用ですかぁ~?」
と、これまた地の底から湧き出るような声で応えた。
そんなアマリアを見ながら、指先で龍海のわき腹をツンツンする洋子。
「頼もしい奥さんねぇ?」
負けず劣らず、洋子が大変悪い顔で言って来るのだが、龍海はこんな時、自分はどんな顔をすればいいのかわからなかった。
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ダイブ平原で最後の会戦が行われようとしている時、ここアデリア王国とアンドロウム帝国との国境、東部戦線アカイ平野でも両国軍の戦いの火ぶたが切られようとしていた。
帝国軍4万に対し、ティアーク侯爵領に馳せ参じた当地のティアーク軍6千、オデ市からの増援4千、中部のミケレ伯爵軍の国境監視軍1千、魔導国からシーエス軍とモノーポリ軍選抜隊4千の1万5千が集結した。
人員的に劣勢のアデリア魔導国連合軍は、閉鎖された国境監視線より700mほど後退したところで馬防柵や塹壕に依る防衛線を構築して、侵攻に備えていた。
「やはり最初は飛行隊ですか?」
幕僚の一人として司令部入りしている帝国側フォステック領の将軍ベリンジャー子爵は、今回の侵攻軍総司令官のドロス中将に尋ねた。