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状況の人、フラグをへし折る2

「姉さん! 分かる!? ロイだよ!」

「姉さま! イーミュウです! お分かりになられますか!?」

「ロイ……イーミュウ……」

 か細い声だった。しかし、ちゃんと反応している。声は聞こえているし、それがロイとイーミュウだともしっかり認識している。

「ロイ……ケガ……無い?」

「大丈夫だよ姉さん。かすり傷だって無いよ、姉さんのおかげでね!」

「そう……よかっ……た……」

「姉さん……無茶して……」

「何……言ってるの……あなた、は……イオスの、次期……領主、なんだ……から……」

「う、うん」

 思わず眉が歪むロイ。

「武の、クロノスが……本家を、守るの、は……当然、でしょ?」

「でも……でも!」

「領主に……なるんでしょ?」

「そ、れは……」

「イーミュウの事、好き、よね?」

 目を見開くイーミュウ。

 マヤが言っていることは釘刺しだ。彼女もロイが女性より男性に魅かれる事は周知している。

 それを踏まえたうえで、マヤはロイを懐柔しようとしている。

「あなたの……嗜好は、知ってる……それ、でも……彼、女……好き、だよ……ね?」

 こんな瀕死の状態で、自身よりも自分の事を慮ってくれている。イーミュウの涙腺は崩壊し涙が止め処なく溢れてくる。

「もちろんだよ。姉さんの前だけど、自分にとってイーミュウはこの世で一番大事な女性さ」

 それを聞き、マヤの笑みがほんの少し深くなった。

「ロイ……イーミュウ……」

 マヤは震えながらも手を上げてきた。二人の前に差し出し何かを求める様に指先がピクッと動く。

 何を求めているかは一目瞭然。ロイとイーミュウはマヤの手を握った。

「約束……よ? 二人……仲のいい……夫婦に……なって……ね」

「……」

「ロイ~……」

 ロイの名を呼ぶイーミュウはもう涙でクシャクシャだった。

 彼女としても、この機に乗じて想いを成就しようなどとは露ほども思ってはいない。ただ大好きなマヤを、マヤ姉さまを、せめて安らかに、心安らかになってほしい、その一心であり、ロイの名を懇願する様に呼ぶ以外に選べる言葉が無かった。話す術が無かった。

 イーミュウとしてもロイと婚姻するのは幼少のころからの夢であった。やがて知ることになったロイの嗜好、彼女としてはショックでもあったが彼に対する想いは捨てきれず、今では「それでもいい、いえ、それも含めて彼を受け入れる」そんな思いでいる。何よりロイは、自分を大切に思ってくれている。

「分かってるよ姉さん!」

 ロイが応えた。

「確かに自分は男性に魅かれる。姉さんたちには隠さないよ。だけどそれを以て姉さんやイーミュウを切り捨てる訳なんてない!」

「じゃあ、イオス家の……あと、取って……くれるの、ね……」

「もちろん!」

「約束……して、くれる?」

「約束する! イーミュウは必ず……いや、姉さんも、ううん、イルもディーノも……そうじゃない、イオス領の全員を幸せにして見せるから!」

「ホント?」

「誓うよ!」

「私も誓うわ姉さま! ロイと一緒に、私たちの故郷のために!」

「ふふ……ふふふ、二人……とも……短い、間に……大きく……なった、ね……」

「その時は姉さんも一緒だからね! だから頑張って! ケガを治して、自分達の事、 手伝ってね!」

「うん、安心……した。イーミュウ、よかった、ね? ロイはあなた……の事、大事にして……くれるって」

「ええ、ええ、その時は姉さまも一緒に!」

 ロイとイーミュウの励ましに、いっそう微笑むマヤ。彼女に合わせて懸命に涙まみれの顔に笑みを浮かべる二人。そして、

「……姉さん?」

マヤの手から力が抜けた。落ちた涙で濡れた手がスルッと横たわった。横たわってしまった。

「姉さん!」

「姉さま!」

 二人は顔を見た。マヤは目を閉じていた。ただ口元には、薄く笑みが浮かんだままだった。

「姉さま! 姉さまぁ! あああー!」

「姉さーん!」

 二人は縋りついた。マヤの顔に胸に縋りついて嗚咽した。

 頭がふらついた。マヤを失った消失感が二人の胸の内を抉っていた。自分の身体の半分が死んでしまったかのように感覚がない、感覚が薄い。

「姉さん……姉……」

 涙にくれる目でロイは再びマヤの顔を見た。ついと彼女と目が合った。そのまま見つめ合うロイとマヤ…………

 ――目が……合った?

 マヤは言った。

「まだ生きとるで?」



 えええええ―――――!

 治療室から聞こえる、新たに素っ頓狂合戦にエントリーするかのような絶叫が聞こえて、思わず全身をブルっと震わす龍海。更に、

「くぅ~~~!」

胸元から妙な唸り声。間も無くその唸り声は、

「あーはははははは!」

底抜けに明るい叫び声に近い笑い声に変わった。

 ――あ? あ? あ? 

 混乱する龍海は治療室とアマリアを交互に、まるでエサをついばむニワトリのように頭をカクカクと上下させた。

 治療室の天幕は薄い帷幕一枚、中の会話は龍海にも聞こえていた。近しい人の死を悲しむ二人の声が、痛々しい、などと在り来たりの言葉では言い表せないくらいに伝わって来ていた。

 なのに、である。この大笑いである。

 笑いの止まらないアマリアはそのままズルズルと座り込んで地面をバンバン叩いてなおも腹を抱えて笑っている。

 ――何が何だか、わからない……

 状況を確かめるべく龍海は治療室内に入ってみた。

 そこには、歯を剥き出してニッカ―と笑うマヤと、眼をこれでもかっと見開き、下がるだけ下がった顎で口をカッパーンと開かせているロイとイーミュウが。

「大成功ですわ少尉!」

 アマリアも、未だ腹を抱えながら処置室に入って来た。

「ご協力ありがとうございます、王女殿下!」

 分かった。龍海は何となくわかった。

 まだ先ほどの悲劇の哀しみに頭が痺れてはいたが、何らかの奸計が企てられた――これも間違いは無さそうだと直感はしている龍海である。

「アマリア?」

「はい!」

「もしかして、二人の事……ハメた?」

「えへ!」

 王女殿下、テヘペロである。

 

「あんまりですよぉ~!」

 ロイはベッドに突っ伏して泣いた。

「いや~、こんないい機会、絶っ対無いと思ったもんでさ~、痛!」

「無理しちゃダメですよ? 矢が刺さったのはホントなんですからね?」

 ケロケロ笑うマヤに、これまたコロコロ笑うアマリアが嗜める。

「あんなとこに刺さってたんだし、自分はてっきり!」

 アマリアの説明によると、刺さったのは肺と肝臓のちょうど間で双方に損傷は無く、ポーションと治癒魔法の組み合わせで命の危険は無くなっていた。そうは言っても正に奇跡の一撃で、抜く時でも気を付けないと、その時に鏃の返り刃で損傷して大出血の可能性も決して低くは無かった。むやみに抜かなかったロイの好判断と言えるだろう。

「ようするに、本家の婿入りを躊躇しているロイに、マヤさんが業を煮やしてこの負傷を契機に思い切らせようと?」

 洋子が大雑把ながらこの騒ぎを総括した。

「申し訳ありません、サイガさま。当家の事情がもとでお騒がせ致しまして」

「治療が終わって、軍曹が随分心配してましたよって言ったら、ぜひ協力して頂けないかと少尉が申されまして。事情を聞けば、なるほどそれならば! と思って!」

 確かに、懇願する相手が瀕死の重傷で命の火もいつ潰えるか、てな状況で我を押し通せる人間もそうはいないだろう。龍海に縋って震えていたアマリアは哀しみに震えていたワケではなく、笑い出すのを堪えていての震えだと言う事らしい。蓋を開けばOMG(おーまいがっ)! である。

 で、種明かしされたロイとしては当然面白いわけがない。さりとて……

「でもさぁロイ?」

「は、はい……」

「さっきのは無し! ノーカン! とは言わないわよねぇ?」

意地悪い顔をした洋子がロイを追い込むが、

「あ、当り前です! 一度男が交わした約定は違える事は有りません!」

と、意外や彼は言い切った。言い出しっぺではあるが、洋子の眼は思わず真ん丸になった。少しは愚痴るか、と思ったのだが。対して、

パアァッ!

イーミュウの顔は一気に輝気を放つ。続いてマヤも、

「ホントねロイ! 私の約束、守ってくれるのね?」

間髪入れず攻める。

「当然だよ姉さん。と言うか……その……」

「ん? なに?」

「あ、ありがと……」

「?」

 思わぬロイのお礼に、キョトンとするマヤ。同じく龍海や洋子たちもキョトン。

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