状況の人、フラグをへし折る1
「ロイ―!」
援軍を引き連れて来た龍海は、矢の刺さった女性を抱えて走って来るロイを見つけて叫んだ。
「シノノメ卿ー!」
ロイもさらに足を速めて龍海の下へ走った。
「遅くなった! 状況はどうだ!」
高機動車から降りてくる龍海。追随してきたトラックから火器装備兵2個分隊ほどの人員も降車し、武器弾薬をトーチカに運び入れ始める。
「第一次防衛線を突破されました! 占拠されたトーチカは訓練時の指導通り、爆破させました!」
「敵は立て直しを図っております。少なく見積もっても敵はまだ4千は居る筈。間も無く攻めてくるでしょう……ク、クロノス少尉! やられたのか!?」
二次トーチカ指揮官のフランジャーが胸に矢が刺さったマヤを見て驚いて叫んだ。
「クロノス? ん? もしやお前と同じ分家の?」
「シノノメ卿! お願いがあります! 彼女を、クロノス少尉を王女殿下の治癒魔法で手当てして頂きたいんです!」
「まだ生きてるのか!? わかった、この車を使え! 他に要治療者が居たら一緒に後方へ護送しろ! あとは俺が引き受ける!」
「ありがとうございます、シノノメ卿! フランジャー中佐、重傷者を車に!」
言われてフランジャーは衛生兵に重傷者を搬出する指示を出した。
「00、こちら03a、5km地点で展開完了、指示を乞う。おくれ」ザッ
03aは迫撃砲班03から選抜した増援である。龍海たちと同行し、ここから後方5kmの場所で3門の120mm迫撃砲を設置していたのだ。
「隊長! 敵装甲騎馬兵が出てきました! 間も無く向かって来る模様!」
トーチカから報告が飛んだ。一刻の猶予も無さそうだ。
「03a、こちら00、直ちに初弾発射!」
ドォン!
後方遠くから響く撃発音。そして数秒後。
ドッガーン!
砲弾は峡谷道路出口の北50mほど高さ20m付近の崖肌に着弾した。砕けた岩の破片が皇国兵に降り掛かって来る。
「弾着修正南へ60! 撃て!」
ドォン!
ズドォーン!
次弾は見事に峡谷内に命中した。皇国兵の悲鳴とどよめきがここまで聞こえてくる。
「照準よし、効力射始め!」
ドォン! ドン! ドォン!
3門の迫撃砲が間髪入れずに連射。峡谷道路内で砲弾が次々炸裂し、皇国兵を屠っていく。
「一番そのまま! 二番三番は一発ごとに距離を40東へ!」
龍海は砲3門中、2門を順番に峡谷奥へ弾着点を移動させた。多少ズレて岩肌に着弾しても砕けた石や岩が奴らを襲う。現場はパニックだ。
砲弾に追い回されるが狭い街道のせいでなかなか速度が出せない。前に行こうが後退しようが身動きが取れず、右往左往するだけである。地形を無視した大部隊運用の懸念点が全て現れてきたと言っても過言では無かろう。
その後十数分、迫撃砲は休む事無く、峡谷道路を長さにして400mに亘って砲撃し続けた。
♦
ポータリア軍の第二次総攻撃は、またもポータリア側の惨敗に終わった。
挟撃隊と合わせて2万人を投入した皇国軍であったが、龍海によって再現された近代兵器は皇国側の予想を次々と打ち破り、8千人近い死傷者を出してほぼ壊滅状態で自軍陣地まで後退していった。
前回にもまして惨憺たる結果であった。掃討に転じた時の連合軍の火力が段違いに強力であったことも要因であろう。
比べて連合軍側は前回の様に自軍陣地に引き込んでの戦闘も無く、騎馬弓兵による攻撃は苛烈だったものの、大きな被害は火矢による火災が主で人的被害は第一次攻撃よりも少ないくらいだった。
むしろサンバー戦線の方が人員比に対して損耗は激しかった。
その中で台地隊の中核で指揮を執っていたイオス家の分家の子女、マヤ・クロノス少尉も敵飛行兵の矢を胸に受けて瀕死の重傷を負った。
龍海の計らいで連合軍ダイブ平原司令部後方の野戦病院に運び込まれ、一級の治癒魔法士であるアマリア王女らによる懸命の治療を受けていた。
「ロイ……?」
治療天幕の外で座り込んで待ち続けるロイとイーミュウ。そんなロイに、サンバー戦線の皇国軍を押し戻した事を確信し、フランジャーに後任を頼んで駆け付けた龍海が声を掛けた。
「少尉の容体は? 治療はまだ終わってないのか?」
「……」
ロイは黙って首を振った。
「そうか……」
龍海は軽く嘆息すると同じくロイの横に座った。
「彼女、クロノスって名らしいけど、やっぱ以前おまえから聞いた……?」
「はい……」
ロイは相変わらず力なく答えた。だが、彼女とロイらの事情について詳しく話してくれた。
「前にもお話ししましたがクロノス家は武門を貴び、イオス家の武をまとめる重鎮として仕えていました。ですが跡継ぎのディーノ・クロノスが生まれるまでは姉さ……マヤ少尉が長子として士官学校に入ってクロノス家の家風を守ろうとしてたんです。そんな少尉には自分も尊敬してました」
「うん……うん……」
「ロイや私たちの世代でもマヤ姉さまはホントの姉妹同然に育ってました。ロイの兄、ラオ兄さんと同い年ですが生まれたのはちょっと先で私たちのリーダー的な人で、いつも私たちをやさしく……」
――後継でゴタはあっても当事者みんな、仲は良いんだなぁ……
いつかは報われると思って様々な不利に堪えて来たにも拘らず、自分の親・姉らが最後までツケを廻そうとしてきた自分の環境に比べると実に羨ましい限りではある。その分、もう絶対に会う事は叶わない状況となった今でも未練を引き摺る事も無いが。
もしもマヤを失う事が有ればロイ達の哀しさは龍海の想像の遥か上だろう。
近しい人を亡くすと自分の一部が削り取られる、自分の一部が一緒に死んだ気がする、とは知人から聞いた事が有る。幸か不幸か龍海はそんな経験が無かった。
それでも、置き引きマティに洋子を攫われた時の、彼女を失う恐怖感は記憶に新しい。もしあの時、洋子を失っていたら……考えたくもないシチュだ。だがロイとイーミュウは今、その状況に陥っている。
バサッ
治療所の帷幕が開いた。ロイとイーミュウがそちらを見ながら立ち上がる。
中から出て来たのはアマリアだった。彼女の纏った白衣は血で汚れ、その表情は沈痛で重いものだった。
「殿下! 姉……少尉は!? 少尉の具合は!?」
その表情からイヤな予感しかしないロイであったが、それを押さえてマヤの病状を訊ねた。
対してアマリアは、そんなロイと目を合わさず視線を落として口を一文字に結んだままだった。
「殿下! お答えください! マヤ姉さまは、マヤ姉さまは!?」
イーミュウもロイに続いて聞き続けた。
「……」
アマリアは口をつぐんだまま一度ロイとイーミュウに目線を合わせるが、再び落としながら、
「……会ってあげてください……今の内に……」
正に絞り出すような声で答えた。愕然とするロイとイーミュウ。
「姉さん!」
ロイはアマリアの横をすり抜けて治療所に入っていった。イーミュウも涙目でロイの後を追う。
「アマリア……」
龍海もマヤの状況を訊ねる様にアマリアの名を呼んだ。
アマリアは龍海に擦り寄ると胸に顔を沈めてきた。
龍海も支える様にアマリアを抱きとめた。龍海の胸の中でアマリアは、震えるように小刻みに体を揺らしながらしがみ付いてきた。
――ロイ……イーミュウ……
龍海は診療所に目を向けた。だがそのまま身動きが出来ず、震えるアマリアを抱きとめる事しか出来なかった。
姉さ……、思わず叫びかけたロイはその声を懸命に飲み込んだ。治療所の真ん中に置かれたベッドの上に寝かされているマヤに、支障が無いように落ち着いて近寄る。
彼女は目を閉じ、口を半ば開けて、
ハッ……ハッ……
と、弱い吐息を吐いていた。
「……姉さん……」
ロイは刺激しないようにマヤに語り掛けた。そしてイーミュウも、
「姉さま……」
同じように。
その声に反応してか、マヤの眉が上に吊り上がった。続いて瞼が弱く瞬き、やがて細ーく目を開ける。