状況の人、二回戦中5
通信は終わった。
「撤収準備! 火器と弾薬、消火器以外は放棄! 一分後、擲弾1番から15番までの一斉射の後、ここを離脱する!」
命令と同時に機関銃手はミニミを三脚から取り外して抱えた。歩兵や魔導士たちも残った弾薬や消火器等、鹵獲されてはならないモノを回収する。
「擲弾撃て!」
ドドン! ドドドドン!
ドガッ! ドッバン! ドドドガァン!
15発の擲弾が敵兵に向け一斉に炸裂した。
「退避!」
ダ! トーチカ後方の5つの出口が全開され、一次線守備隊は一斉に飛び出した。目指すは後方、二次防衛線。負傷者を先頭に他の者は彼らを庇いながら、ロイを含む殿はトーチカに取り付こうとする帝国兵を牽制しながら撤退を開始した。
「少尉! そちらも後方へ!」
「りょうか……うわ!」
マヤの通信が途切れた。思わず台地を見るロイ。
ボウゥン!
台地から降りる坂の近辺に火炎弾が投下された。数mの幅に渡って火が回り、台地組の撤退の行く手を遮ってしまった。
――飛行兵か!?
弓と小銃による対空射撃を行っていた台地組に、敵飛行兵が空爆を加えたのだった。
このままでは次の爆撃隊が襲ってくれば、マヤたちは火炎弾や弓攻撃によって嬲り殺しにされてしまう。
「機関銃を寄こせ! 消火器持ってる奴ついて来い! 他は二次線フランジャー中佐の下へ!」
ロイは機関銃手からミニミをふんだくると、消火器を両手に抱えた4人と台地へ向かった。緩い坂を駆け上り火災現場に辿り着くとミニミに最後の弾帯を装填する。
「消火器の使い方は分かってるな!? 全部使っても構わん、台地隊の脱出路を確保するんだ!」
そう言うとロイはミニミを構えて、消化班の援護に立った。
飛行兵の対地攻撃は、ダイブ前線の様に広い敵陣地のどこへ狙ってもいいなら高高度から降下するが、確実に目標に当てるには100mを切り、場合によっては50~60mまで急降下して投下後離脱するという戦法を取る。
タタタタン! タタタタン!
ロイが弾幕を張り始める。その間、消化班が消火器で油脂火災を抑えはじめた。
「魔導士! 消えた所から水噴射しろ!」
粉末消火器で鎮火したところに台地隊の魔導士が水魔法で散水し、再出火を防ぐ。4人の消化班と水魔導士によって火は順調に消えて行った。
「よし! 総員撤退せよ!」
台地隊の撤退が始まった。同じくして峡谷道路からは、擲弾の被害から立ち直った皇軍の再侵攻が始まっていた。
ドン! ドンドン!
台地隊は小銃手10人が散開して皇軍を牽制し、友軍の撤退を援護した。
「擲弾が残ってるなら全弾撃ち込め! 奴らを近寄せるな!」
敵はどんどん流れ込んできた。弓兵が放棄された一次線トーチカの陰に隠れながら撤退する連合軍に矢を浴びせてくる。更に敵工兵がトーチカに梯子をかけ、炎上する土嚢に砂をかけて道を作り、歩兵・弓兵を乗り越えさせた。
それに対し、フランジャー率いる二次防衛隊はトーチカから弓や火器で牽制した。一次トーチカを盾に、あるいは潜り込んで応射してくる敵弓兵。内外合わせて200人以上が張り付いて矢の雨を浴びせ、台地隊の撤退を脅かしている。
「フランジャー中佐! 点火してください!」ザッ
「こちらフランジャー了解! 10秒後に点火します!」
「いそげー! 二次線まで一気に走るんだー!」
一次防衛線が突破された時のために二次トーチカを乗り越える階段は数カ所に設けられていた。もちろん全員が抜けた後に撤収される。とは言え、200人が殺到しては時間もかかってしまうし、狙われやすい。そこで、仕込んでおいた手段。
「点火まで3、2、1……」
「総員伏せろー!」
「点火ー!」
ズドッガアアァァーーーーン!
一次トーチカが大爆発を起こした。突破されれば当然二次線からの攻撃をかわすために一次線が敵に使われるのは容易に想像できる。
その時のためにロイは龍海の指導の下、トーチカ内にC4爆薬を仕掛けておいたのだ。
張り付いていた200人超の皇軍兵はトーチカの崩壊と共に木っ端みじんに吹き飛ばされてしまった。
200を超える人間だったモノが600もの800もの肉片・肉塊になって周辺に散乱した。サンドイエローの街道周辺は大量の血を吸い込んで路肩を含めてクリムゾン・ブラウンに染まっていった。航空支援の飛行兵も爆風を喰らって大きく姿勢を乱してしまっている。
「今の内だ! 二次線を越えろ!」
その隙にこちらは、敵が立て直しを図るまでに全員二次トーチカを越えなければならない。
「ロイ! 私で最後よ、あなたも撤退して!」
「わかった!」
マヤに促されて、ロイはミニミを抱えて立ち上がった。と、その時!
バシュ!
クロスボウから矢が放たれる音。
――飛行兵! 降りて来てたのか!
ロイは飛んで来る矢を視認した。まっすぐこちらに向かって来る。
――急所は……外せる……か……
ロイは横へ飛ぼうとした。右足を踏ん張り左へ飛ぶべく力を入れようとするが感覚がやけに重い。
気だけが焦り身体がついて来ない。身体の動きがやたらスローに感じる。まるで夢の中で走っているような感じ。7kg越えのミニミ機関銃を抱えている分、余計に鈍く感じる。
――避け切れ……ない!
ロイは被矢の覚悟を決めざるを得なかった。願わくば急所だけは……ロイは思わず目を瞑り歯を食いしばった。
ドスッ!
矢が身体を貫く音。
――え?
音はした。しかし身体に衝撃は受けていない、感じていない。半ば混乱する頭のまま、ロイは目を開けた。
「姉さん!」
被矢したのはマヤであった。こちらへ走っていたマヤはロイを庇い、射線に身を割り込ませたのだ。
トン……
マヤの身体がロイに崩れてきた。そのままズルズルと地面に沈んでいく。
――ね、姉さん……あ、あ、あああ!
ロイは目を真正面に向けた。マヤの胸を貫いたクロスボウに次矢を懸命にセットしている飛行兵が宙に浮いている。
――あああ!
セットが終わるや飛行兵はクロスボウを構えた。再度ロイに照準を合わせてくる。
「うわあああああー!」
ドダダダダダ!
ロイはミニミの引鉄を絞った。毎秒12発の速度で5,56mm弾が、右に左に振れる飛行兵に向かって放たれる。
「わああああ!」
ダダダダダ!
照準などしていない。仕込まれた曳光弾の光を頼りに飛行兵へ銃撃を続けた。
「ブフゥ!」
命中した。百数十発中、一発、二発の、5,56mm弾が飛行兵を捉えた。
被弾した場所は急所とは言えないところであったが、体内への侵入後にタンブリングを起こしたFMJ弾に内臓をかき回された飛行兵は意識を失い、そのまま墜落して地面に激突した。
「姉さん! 姉さん! うあああああ!」
「野郎!」
同僚を倒された飛行兵マッシュはクロスボウを構え、被矢した女を抱えて走るアデリア兵を狙って矢を放った。
カイン!
外れた。
不規則にジグザグに走るアデリア兵を仕留める事は残念ながら出来なかった。
「くそ!」
マッシュは追撃を諦めた。これ以上近付くと次のトーチカからまた例の魔道具が礫を撃って来る。
「逃がしちまったか! あのガキ、よくもガイを!」
墜落した飛行兵はガイと言うのか? 墜落した飛行兵を見に行ったもう一人もこちらにやって来た。
「オルトか? ガイは、やっぱり……」
「ああ、頭から地面に激突しちまった。おそらく即死だよ、この妙ちくりんな魔道具のせいで!」
オルトは足元に放置された魔道具――機関銃を睨みながら吐き捨てるように言った。
「多分奴は、若いが指揮官級の将兵だ。必ずまた出くわすだろう」
「そん時は只じゃおかねぇ! ガイの仇は絶対に取ってやる!」
「もちろんだ。とりあえず俺はガイの亡骸を回収して一旦戻る。お前はその魔道具を持ち帰ってくれ。工匠に見せて調べさせよう。構造や威力を調べて弱点を見つけ出すんだ」
「了解だ」
オルトは返事を返すと機関銃を持ち上げた。
ピィン……
「ん?」
小さな湾曲形状をした薄い金属部品が地面に跳ね転がる音がした。
「どうした?」
マッシュも覗き込む。そこには人の拳大より少し小さめな、表面が溝だらけの楕円の鉄球が転がっていた。
――なんだ? 魔道具の部品……
ならばこれも回収して……などと思ったと同時、
ドォン!
鉄球がさく裂した。ロイが安全ピンを抜いたMKII手榴弾をミニミの下敷きにして、持上げるとセフティレバーが飛ぶようにした古典的なブービートラップを仕掛けておいたのだ。
飛行兵の死体がまた二つ、そして修復不可能なまでに砕かれたミニミ機関銃の残骸が台地に散らばった。