状況の人、二回戦中2
参謀は文字通りの絶句状態だった。
――500だぞ! 敵120に対して四倍の……攻撃隊を除いても三倍近くいたのに!
「飛行戦隊長アクシー中佐の戦死を確認しております……」
「航空兵力が、これほど簡単に殲滅されるとは……」
「しかし騎馬弓兵は押しております! 歩兵弓隊を立て直し攻め抜けば!」
「敵飛行兵は健在です。補給を済ませ、また襲来したら!」
「前線より注進!」
「なんだ!」
「敵飛行兵の攻撃による弓兵隊の被害報告! 今現在、推測値ではありますが死傷者は800弱! されど装甲騎兵にはほぼ被害は認められず、作戦続行に支障無し、と!」
司令部の幕僚たちは色めきたった。現場は弓兵を中心に無差別に近い爆裂攻撃で、当然騎馬兵にも大きな損害が出ているものと考えていたからだ。
「重装甲なら問題ないと言う事か?」
「軽症者はそれなりに居たようですが、戦死者、重傷者の報告は今のところ……」
「どういうことか? 確かに歩兵の弓兵と騎馬弓兵とでは装甲に差があるのは周知だが、それが功を奏したと考えてよいのか?」
「確定的な情報ではありませんが、例の爆裂による死傷者は爆風もさることながら、それとともに飛び散る礫、いえ、破片のようなものが防具を貫いて身体に食い込んでいる模様だと」
「あの爆裂は重装甲なら耐えられるのか!? ならば騎兵と重装歩兵を前に押し出して……」
「待て待て、それでは前回の二の舞にならんか!? 大体、騎兵ではあの城壁は昇れんぞ!?」
「破城槌を突っ込ませて城門からを突入させれば!」
「しかし敵防衛線内での魔道具は重装歩兵をも屠ったのだぞ!? 騎兵なら耐えられる道理はあるのか!?」
「騎兵の突進力なら! 混戦ともなれば魔道具どころか弓やクロスボウも同士討ちの危険もあって使い辛くなります。そう、剣と槍がモノを言う状況に!」
モンスニーが頬を高潮させて騎馬による突撃案を推して来る。しかしいささか興奮が過ぎるとグランドルは思った。
「騎兵連隊長、感情的になるな。冷静になって分析すべし!」
グランドルがアツくなってきたモンスニーを嗜める。
騎馬連隊長のモンスニーにしてみれば、今現在自分の隊には何ら落ち度は無く、順当に作戦を遂行しつつあると言える。他の部隊との連携は不可欠とは理解するものの、敵陣営にほぼ無傷で肉迫しているわけで、ここで引き下がるのは得心が行かなかった。
それと同じく、500発近い爆裂攻撃の中でも軽症者しか出ていない騎馬兵ならば、敵飛行隊の攻撃が再度あったとしても、しのげるかもしれない。騎馬による突入は大きな選択肢の一つだとブランドルも考えるところだ。
「現状はどうなっておる?」
「は、敵飛行兵の攻撃が弓兵隊に多く被弾しております。一時は敵城壁から100m以下まで迫りました騎馬隊前衛は現在500mまで後退しました」
「弓兵の立て直しを急げ! 騎馬弓兵の後に騎馬槍兵を配置! 工兵隊に破城槌を前進させるように指示しろ!」
一度失敗している総攻撃。兵員を増強しての第二次総攻撃までも失敗しては皇王陛下に申し訳が立たない。引退の花道どころの話では無い。
ブランドルは何としてもこの総攻撃で状況を好転させたいと願っている。未知の爆裂攻撃にもほぼ損耗が無かった友軍騎馬連隊の活躍に期待したいと言う心情は無理なからぬ事であろう。
――サンバー台地攻略はどうなっておるのか……まだ突破できんのか?
騎馬隊の突撃と別動隊とで挟撃出来れば一気に形勢逆転も有りえるのだが……
♦
「敵さん、また来よる気やなぁ~」
物見櫓で兵力の立て直しをしている最中の敵状を見つめる龍海とウエルド。そこに、空爆から帰還したオービィも顔を出してきた。
「前回はこれでパニクって皆、壊走してたんだけどなぁ。前衛は距離取ったけど引き上げるようには見えないね」
「う~ん、弓の騎馬隊がほとんど無傷だからなぁ。攻めれると踏んでるのか……うん? あれって……破城槌かな?」
龍海に言われて、双眼鏡で敵陣を睨むウエルドとオービィ。弓隊の陰に隠れながら、直径が1mほども有りそうな丸太を乗せた車が前進してくる。
「せやな。騎馬兵でこちら押さえつけてそのスキに城門ぶっ壊す気じゃのぅ」
「あれだけデカいと、城壁の城門もそう長くは持たないかな~」
「歩兵ならともかく、騎馬兵になだれ込まれるとやっかいじゃな」
「陣地内で混戦となると火器が使いにくくなるからなぁ。それは避けないと。オービィに弓兵中心に爆撃させたのは偏っちまったかな?」
「兄ぃ、何ならもう一度、出ようか? 今度は騎馬隊を狙ってさ」
「それもいいが……敵さんは馬にも鎧着せてるし、手榴弾だと腹の下に転がさないとなぁ。効率悪そうだから避けたんだけど……しょうがねぇ、もう一段上げるか」
そう言うと龍海は通信機を取り出した。
「03、こちら00おくれ」ザッ
「00、こちら03感明良し、おくれ」
「03、攻撃準備、繰り返す、攻撃準備!」
♦
アデリア弓兵の射程外に後退した皇軍は、オーバハイムの爆撃で死傷した弓兵を後方に送り返す作業に一段落付き始めた。損耗した兵は後詰めの部隊と交代して新たに展開する。
時刻は午後2時を過ぎ、やがて太陽が夕暮れに向かって傾きかける頃に皇国軍の態勢は整った。最前衛の騎馬弓兵は進撃の命令を待つばかりである。
騎馬隊の士気は高かった。甚大な被害を被った歩兵弓兵に比べて大した損耗が無かった騎馬兵の心中には、
「爆裂魔法、恐るるに足らず!」
と言う自負が生まれていた。下等民族の姑息な攻撃を蹴散らして情勢を逆転し、戦場の趨勢を決めるは我ら栄光ある皇軍だ、と気合は十分であった。
しかし彼らはゲームチェンジャーには成り得ない。何故ならば、
「勇敢なる皇国将兵に告げる!」
ゲームチェンジャーは連合軍側にいるのだ。
「今日までの諸侯の奮闘振りには心から敬意を表しますが、これ以上の戦いはお互いに何の利益も齎しません、全くの無意味です。今すぐ撤収して帰国しなさい!」
二度、洋子の警告がダイブ平原に響き渡る。
「アデリア王国、ならびに魔道王国は、侵攻されなければ武力を振るう事はありません! もしも貴国に相互に不可侵、そして平等・対等な立ち位置・身分を保障する和平条約を締結する意思あらば、こちらはその会談に臨む用意があります!」
過去数十年、ポータリアやアンドロウムに舐めさせられた辛酸。ウエルド他、プロフィット市をはじめとした人々の声に代わって洋子はその是正を求める思いを込めた。
しかし、前回の総攻撃で騎馬兵は前に出ていなかった事も有るのか、その反応は当時の歩兵たちと大差は無かった。
「何を言うか―!」
「弱小国が一人前の口を利くな! 我らが後ろについていたから独立を守って来られたのだろうが! 恩知らずが! そうでなければ今ごろ貴様らの国など魔族に蹂躙されておっただろうが!」
あれだけの火力を見せれば少しは考えも変わるか? 龍海や洋子のそう言った思いは予想通り甘い考えだと、やはり平和ボケした現代人の感覚でしかないと、そんな結論が出そうであった。
苦虫――と言うよりか、怒りによる歯軋りと言った方がいい表情を隠しきれない洋子さんである。
「姐さん、言うたとおりでっしゃろ? わしらの世界はこんなもんですわ。上級じゃ高尚じゃと、言うて結局は人見下してせせら笑とる連中でっせ。姐さんらみたいに身分や生まれや無うて、中身で勝負ってなこと思っとらん。てめぇの功績でも無いもんに胡坐掻いて、タダ飯食って好き勝手に女犯してヘラヘラ笑うとる、そんな外道どもですわ!」
前回のクラウド大佐に代わって、抑えきれずに出張ってきたウエルドがこめかみに青筋立てて洋子に呟いた。
そんな二人の血圧の更なる上昇を狙っているかどうかはともかく、騎兵の罵倒はさらに続く。
「我ら騎兵は歩兵共とは違う! 貴様らの小手先の魔術など通用せんぞ!」
「そうだ! 貴様らは我ら3千の誇り高い皇軍騎兵に跪く事になるのだ! 頭を下げるなら今の内だぞ! 身の程をわきまえろ、この劣等国民が!」
オオオー!
騎馬兵団はこれらのアジに呼応して思いっ切り盛り上がった。そのうちに甲冑をガンガン叩きだして、足踏み宜しく調子を合わせてお互いを鼓舞し合った。
龍海に言わせれば「なんでそんなに自信が持てるんだ?」と呆れたくなるのだが。こんな安い空気に飲まれんなよ。つか何気に歩兵たち、ディスられてんじゃん、などと。
「あのさぁー!」キーン
ハウリングを起こしながら洋子が叫ぶ。背筋がざわつく不快な割れた高音に、騎馬兵たちも思わず耳を塞ぐ。
洋子さん、前回と同じでやっぱキレるか?