状況の人、小休止中4
密閉状態で火薬を燃焼させて高圧で弾を飛ばすという発想は、火炎や爆発を魔法力で制御するのが通常のこの世界ではまだ存在しない。もしも龍海の出す火器が鹵獲されれば、その考え方に気付く者も出るだろうが、それが無ければまだまだ先の話であろう。
「ですが、それらを回避する方法も無い訳ではありません。観測員の報告では、それらの魔道具に共通しているのは歩兵が持っていると言う事です。つまり……」
「ん……速度か!?」
参謀次官のボウマン大佐の分析にグランドル司令が答えた。
「はい、恐らくは不安定な馬上からの攻撃等は困難なのでしょう。我が軍の騎馬弓兵隊ですら猛訓練の末、やっとモノになっている事からも、その可能性は高いかと?」
「騎馬隊の大量投入か?」
「そうです。騎馬弓兵が戦場を縦横無尽に走りながら敵陣地の兵を徐々に削り取っていくのです。魔導錫杖とて、激しく走り回る騎馬兵を狙うのは困難でありましょう」
「うむ、我が騎馬弓兵隊4千を左右から疾走させて敵射手を撹乱、矢を浴びせ続ければ徐々にであっても兵力を削ぐ事も出来よう」
騎馬連隊長モンスニーも乗ってきた。
「しかしそれだけを以って当たるのも心もと無いと考えます。馬を何十分も駆け続けさせるわけにもいきませんからな。機動力を活かすとしても、騎馬兵の損耗については過去の事例よりも多いと見なければなりますまい。ここはひとつ、念を押す体で飛行戦隊の参戦を提案したい」
ボウマンに推された飛行戦隊長アクシー中佐の目が光る。
「私の出番ですかな? 兵力差があり過ぎて我らの舞台は無いかと思っとりましたが」
「ドーラン中佐、飛行戦兵の兵力差は如何ほどか?」
参謀長セロテックが偵察隊長ドーランに確認する。
「敵、オーバーハイム軍に50、シーケン軍は80程度でしょう。魔導国最強飛行戦隊の空戦機動遊撃隊は恐らく王都防衛に回るでしょうから増援があっても一個分隊、10~15程度かと」
「200にも満たないのか?」
「我が戦隊は総員500名です。総戦力を一気に投入し、航空優勢を確立して油脂火炎弾による空からの攻撃を食らわせてやりましょう」
「最初は貴官らの手を煩わせる事も無いとタカをくくってしまった。司令、今度は150名の対地攻撃隊を組織して後方を攻撃。予想される敵飛行兵の迎撃には350名を割り当てましょう」
「主席参謀の意見に賛成! 我が軍の油脂火炎弾は強力だ。爆裂こそしないが消火に水をかけると熱油と反応して弾けてしもうて、余計に火が広がる厄介な代物。それを以て後方を混乱させて騎馬弓兵の攻撃で、より効果的に敵の陣形を崩すことが期待できますわ」
「よし、空と地上の共同攻撃で混乱させれば敵魔導兵器も有効に運用できまい。しかしそれでも念には念を入れるべきとも考える。小手調べ、などとタカを括っていた所為でこのありさまだからな。他に何か提案は?」
二度と同じ轍は踏まない、グランドルは航空兵投入以外にも新規案を求めた。
「偵察隊長、意見具申!」
「述べよ!」
「は! 自分は、東部国境周辺サンバー台地を回る東街道から回り込んでの挟撃を具申いたします!」
「サンバー台地?」
ドーラン中佐の提案に全員が地図に視線を移す。
「この東部山岳地帯の峡谷街道はサンバー台地の南側を廻る事で、敵陣の東後方を突くことが出来ます。前線が崩れれば、おそらく後詰めの部隊も駆り出されるでしょう。その側面に突撃して挟み撃ちにするのです」
「なるほど、挟撃出来れば兵力の乏しいシーケン軍は総崩れにもできるな。いやしかし、連中もバカではあるまい。そんな街道には備えが成されておるのではないか?」
「司令の言われる通り、当然いくらかの守備兵が配置されていても……」
「はい参謀長。斥候に調べさせたところ、守備兵は台地手前の峡谷入り口付近に500から精々600程度と」
「ずいぶん少ないな」
「なるほど、兵力不足の折、正面の我らに兵を割らざるを得ない、と考えて良いのか? その辺はどうかね偵察隊長?」
侵攻に備える割に少ない兵力。参謀達が訝しげに思いつつ、尋ねて来る。
「地形的な理由によるものと思われます。この地は街道の路肩を含めても狭い地形をしています。大軍を投入するには向いていない訳ですが、それ故、守備は少数でも行けると踏んだのでしょう」
「しかし要衝には違いない。大軍運用には不向きな地であるのに我らが侵攻すれば、後詰めからの増援を要請せざるを得なくなる。撤退すれば後方を突かれると言う事だからな。まあ出来れば一気に踏みつぶしたいところではあるが」
「ならば1500の歩兵と3000の弓兵、500の騎馬槍隊くらいを当てれば圧倒出来ましょう!」
「しかしながら魔道具装備の割合が高ければ? 少数で守らせるなら、高威力の装備も有り得ますが?」
「ドーラン中佐、サンバー台地への斥候を増やせ! 守備兵の装備を出来る限り詳しく調べるのだ」
参謀長がサンバー台地の更なる情報収集を指示。それに加え、
「我が飛行兵の予備隊一個分隊を支援に派遣しましょう。地形の不利は敵も同じ、航空支援で差を付ければ確度が上がると考えます」
とアクシーが提案した。
「最悪でもこの挟撃軍は陽動として動くだけでも良い。控えの残存兵力をそちらに引き寄せて、ダイブ平原への増援を阻止、もしくは減少させられれば本前線への大いなる支援となり得る。いかがですかな司令?」
「よろしい! ではこの二正面作戦を採用しよう。各隊は隊の編成、進路、戦法を検討して最終的な骨子を作成せよ。大綱が定まり次第、実行に移る!」
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「中佐殿。中佐殿?」
ここはアデリア軍サンバー台地防衛隊本陣天幕内。一人の将校が指揮官の中佐に声を掛けた。
このサンバー台地周辺は道が狭くなる箇所が多く、起伏もそこそこに有り、大軍が動くには不向きな進路ではあるが、こちらもアデリアとポータリアを結ぶ言わば裏街道として知られている要所であった。もし、ポータリアがダイブ平原に展開するアデリア防衛軍を挟撃するのであれば必ず通る道である。大軍運用には向かない地形とは言え、それでも1000や2000の部隊くらいなら運用も不可能ではない。
その本陣天幕内でロイは、不測の事態に備えて護身用の拳銃G17の手入れに余念が無かった。ポリシック領での対盗賊戦で初めて龍海から預かったこの拳銃、今や彼の心の支え、二人を繋ぐ絆(ロイの一方通行)とも言って良かった。
「中佐殿! 特務中佐殿!」
「あ、はい!」
特務中佐、と言う呼び方に、ロイは反応した。
「もう! 先ほどからお呼びしてましたのに!」
後ろでプンスカしているのはロイの従者として宛がわれた、マヤ・クロノス少尉であった。
金髪を長めのボブにし、重装ではないが全身メタルプレートの鎧を着込んでいる二十歳過ぎたあたりの女性将校だ。
「ごめん、中佐呼ばわりされるのに慣れてなくって」
「もっと自覚をお持ちなされませ! 小なりとはいえ、3個中隊を擁する歴とした大隊長なんですから!」
「マヤ姉さ~ん、敬語はやめてよぅ~。くすぐったいよ」
マヤはロイのトライデント家と同じくイオス家の分家、クロノス家の長女である。
武門の誉れ高いクロノス家の長男はいまだ四歳。跡継ぎが生まれたことは喜ばしいことであったが、元服するまでは、あと一〇年はかかる。それまでは長子のマヤが跡を継がねばと奮起して、ロイよりも一歩先に士官学校に入学。すでに卒配されて少尉に任官されており、王都からの派遣軍として故郷に近いプロフィット市に駐屯していた。そしてシーケン軍と合流して作戦に参加しているのである。
「何言ってんの! いくらこの防衛戦が終わるまでの臨時措置とはいえ、火器の運用に慣れていると勇者様肝いりでこのサンバー戦線の指揮官に任命されたんですからね、当然でしょう!」
「そんな事言ったって、自分はまだ本当は候補生軍曹なんだよぉ?」
ここに防衛線を敷くにあたり、龍海はロイを臨時指揮官に任命した。臨時ゆえ、中佐と言っても”特務”が付くのはそのせいである。本隊ほどでは無いが、こちらにも火器や弾薬は用意されており、それに精通しているロイが指揮官に適任と判断されたのだ。