状況の人、冒険者になる2
――50t分かい!
想像より、かなり桁が違っていた。これなら家でも自動車でも、アホほど量産しなければ枯渇することは無さそうだ。
一瞬、除隊して即、中古で購入したジープJ53でも出して楽に移動を――あれなら多少の荒れ地くらいは走破出来るし、整備・修理も自分で行えるし……とも思ったが、そんなもんで悪目立ちすると、せっかくの偽情報作戦にも支障が出てくるのは明らかだ。故に却下。だが、いざという時の奥の手として使えるなら有望な選択肢だ。
あとはMPの回復方法だ。
傷をいやす回復ポーションは確認できているので、MP用のポーションはあるのかどうか? あと、自然回復はあるかどうか? その辺は確かめておかねばならない。
龍海は今現在のMP値を記録しておいた。
明日の朝、起きた時点で回復が見られるかどうかを確認したい。
翌朝、目覚めた龍海はすぐにMP値をチェックした。
現在値は50.000.000P。
全回復である。
しかし、昨日使ったMPはせいぜい10万P程であり、最大値の0.2%。
仮に99%消費した場合でも一晩で回復するのか?
――マジで回復したらチート過ぎるな~
今のところはトン単位で再現する事も無いので、今後の課題としておく事にした。
MPのチェックを終えて着替えを済ませた頃、朝食が運ばれてきた。
運ばれてきた朝食は二人分であった。
「ん?」
龍海が訝しげな目をしていると、
「勇者様からこちらに運ぶように、と仰せつかりまして……」
とメイドが説明。
それと同じくして、本人――洋子もタイミングよく部屋に入ってきた。
「ほう……」
洋子は昨晩誂えられたこちらの世界の服を着ていた。
白い綿のブリオーをベースにしたシャツにハイウエストのパンツ。ベストの様な皮のシュルコを羽織り、軽そうな半長靴。髪はポニーテールにセットされていた。
「いいねぇ。ゆとりと動き易さのギリギリを狙ったようなデザインだな。どうだい? 窮屈さは無くて、身体は動かしやすいけどいたずらに隙間が多いって訳じゃ無い感じなんだけど? ポニテも綺麗に纏められてるし」
龍海は奇譚の無い感想を述べた。
「うん、まあ、言われた通りなんだけど……普通はまず、似合ってるとか似あわないとか言うもんじゃない?」
「今まで俺に彼女が出来なかった理由がわかるだろぉ?」
いや、威張って言うこっちゃ無いし。
「うん、似合ってるよ。昨日の制服姿も可愛かったけど、凛々しく見えるな」
「今更いいわよ。んじゃ、ご飯、ご飯!」
テーブルに着き、合掌したのち朝食を頂く洋子。
普通に食べられるようになったみたいで何より、精神面はかなり安定したようで龍海もちょいと気が楽になった。
「今日、出発するのよね?」
油断すると歯茎に刺さるんじゃないか? と思われるほどカリカリに焼き上げられたベーコンを摘まみながら、洋子が尋ねてきた。
「ああ、早いうちに出ようと思う。まずは冒険者ギルドで登録証をもらう。これは身分証になるから、アデリア国内の町や村への出入りが問題なく出来るようになる、ハフ!」
この場で焼いてもらえたオーバーミディアムの目玉焼きを頬張り、熱い黄身が口の中に流れて龍海くん、ちょっとびっくり。思わずジュースに手が伸びた。
「冒険者ギルドって夕べ説明してもらったけど、やっぱり危険なの?」
「プハッ……フゥッ! まあ、そういう仕事もあるってだけさ。何の危険も無ければ依頼なんて出さないだろうからケースバイケースだと思うよ。俺たちは金を稼ぐために仕事を受ける訳じゃ無いからね、報酬はいいけど危険度も高い、そう言う仕事は受ける必要はない」
「そっか……」
「怖いかい?」
「そりゃあ……まだ右も左もわからないもの。そうでなくてもあたしなんか普通の女子高生で、バイトすらやったことなくて働くってどんな事なのかもわかってなくて……」
「でも大脱走やらかすくらいの決断力と行動力のある女子高生だよ? それだけでも大したもんだぜ?」
「からかわないでよ。あの時は、とにかくあの場に居たくなかっただけだもん」
「だけど、そのおかげで俺たちは合流できたんだし、大正解だよ。そんなバイタリティの強そうな娘だから、俺も乗ってみようかって思ったんだしな」
「あたし、何かの役に立つのかなぁ」
「勇者様の言葉とも思えないな」
「だからその自覚がまるで無いんだって!」
「ま、そんなに思い込まなくても大丈夫だよ。素質はあるんだし、じっくり訓練すりゃいいさ。焦るこたぁ無ぇし」
「う、うん……」
「気を楽にしな。一国を攻めるとか背負うとかそんな捉え方しなくていいし、いざとなったら……」
龍海はヨウコに顔を寄せて、侍女の耳を憚りながら枷れ気味の小声で、
「みんな放り出して、バックレちまや良いんだよ」
と 囁いた。
「そんな無責任な」
洋子も同じく枷れ声で返す。
「元々この世界の人間でケリ付けるべきところを、俺たちみたいな異世界の人間引っ張って来て、自分らの都合押し付けようなんて横紙破りする連中に、律儀に義理立てするこたぁ無ぇさ」
「い、いいのかな、それで」
「まあそれが最適解だとしたらの話さ。もしもこのまま、この世界で生きて行かなきゃならないんなら最初から国家レベルの敵を作るのは無謀だし、今はこの国の要望に沿って訓練がてら魔導国の戦力の値踏みから始めるのが得策だと思う。それが嫌ならヒューイット隊長らの指導に従って勇者としての訓練を受けることになるだろうけど、どっちがいい?」
「どっちもヤダ!」
「だろうな。で、あえて選ぶなら?」
「……ズルいよ東雲さん。分かってて聞くんだもん」
「ま、今の段階ではそれが最適だと思うしな。腹括ろうぜ」
そう言うと龍海は空になった朝食の皿を前に、微笑みながら残った茶を飲み干した。
食事から一時間後、二人は予定通りに出発することにした。
一応、ハズレ召喚者故の追放という体なので装備は着のみ着のままに近い。
火器や洋子の制服やスマホはアイテムボックスに収納しており、武器は腰のM629のみである。
城門の近くまではレベッカが付き添ってくれた。
「城を出たら真っ直ぐギルドへ行け。マスターにはすでに話が通っているはずだから問題は無いだろう」
「こちらの希望を受け入れて下さいまして、ありがとうございます、ヒューイット隊長。我々の状況や訓練成果などは機会がある度にご連絡いたしますので」
「うむ。追放者を城門まで見送るのは不自然ゆえ私はここまでとなるが、十分気を付けてくれ。この訓練行が貴公らの実になる事を期待している」
「ええ。では、これにて……」
龍海と洋子はレベッカに一礼すると、城門に向かって歩き出した。
二人が城外に出た事を確認したレベッカは、
「ウインズ!」
治安隊副隊長ウインズに指示を出した。
「私の部屋に来い。書簡を渡すので国防軍第3分屯地へ届けてもらいたい」
「第3分屯地……士官学校ですか?」
「士官学校のコルグ校長にな。仔細は部屋で話す」