状況の人、小休止中1
洋子の問いにウェプの目が見開く。
「降伏するなら命は助けるわ。ケガしてるなら治療もしてあげるし奴隷にもしない。まあ、元気になったら、ちょっとくらいは力仕事してもらうかもね?」
――命は助ける? 奴隷にもしない? 信じていいのだろうか?
とっ捕まった敗残兵は良いとこの将兵なら身代金目当てに捕虜になる可能性もあるが、一般徴兵者は奴隷にされるか、戦死者の敵討ちとばかりに嬲り者にされるか、血祭りにあげられるか。そんなところが相場だと……
などと逡巡するもウェプに選択の余地はなかった。抵抗すれば先ほどの味方兵の様に一撃で倒されてしまうのは間違いない。なにより、ジックもまだ生きている。
「……降伏……します……」
声を絞り出すウェプ。
「ん! お利口さんね?」
洋子はにっこり笑うとG19をホルスターに納めた。
「あ、あの!」
ウェプが、もう一度懸命に声を出す。
「ん? なに?」
「こ、この人もよろしいでしょうか!? ケガをしているらしく!」
「生きてるの?」
洋子に聞かれ、囲んでいたうちの一人が屈み込んでジックを調べ始めた。
「……腹に何か刺さってますね。よく生きてまさぁ、やっぱ盾役は丈夫いねぇ」
「いいわ、降伏するなら連れ帰って治療しましょう。車に乗せなさい。あなたたち、手を貸してあげてくれる?」
は! 周りの兵士は即答すると、4人がかりでジックを持ち上げて高機動車の荷台に積み込んだ。
「武器をこちらに貰おうか?」
残る一人に武装解除を要求されるウェプ。両手を上げて、腰に下げていた剣を見せる。兵はそれを剥ぎ取り、自分の腰に差した。
「じゃ、帰りましょ!」
洋子の指示に従い、兵たちが歩き出す。
ウェプもそれに合わせて、槍で催促されるようにキリキリ歩かされた。
洋子は高機動車によじ登り荷台に立つと、ロールバーの運転席側をバンバンと叩いてイーミュウに合図した。それを受けて車が前進し始める。
――勇者さま、か……
ウェプは、そんな洋子をボーっと見つめながら歩いていた。
♦
「「「乾ぱ~い!」」」
陽が落ちたアデリア国境のダイブ戦線陣地で、龍海たち国境防衛軍は今日の戦勝を祝して宴を開いていた。
戦況の趨勢が午前中で決まってしまい、午後から損傷した陣地の修復、負傷者の治療、捕虜の収容、犠牲者の埋葬を行った。
夕刻にはポータリアの休戦の使者が訪れた。戦場となった緩衝地帯の遺体を収容するため双方が2日間の休戦に合意した。それもあって気兼ねなく飲もう、祝おう、と言う事になったのだ。と、そうは言っても100%気を緩めることなど出来ない。皇軍は手つかずの兵力がいまだ3万以上は居るはずなのだから、警戒を怠る事は無いが。
この世界の習わしか、ここだけの決めなのかは龍海にはわからないが、国内に侵入した敵兵、今回の場合なら城壁を乗り越えて突入してきた重装歩兵などは生きていれば武装解除して捕虜、戦死していれば鎧や武器、個人の路銀等は戦利品として回収し、遺体はこちらで処分となる。それが陣地内では無い、荒野や草原などであれば、そのまま放置も当たり前らしい。
まだ詳しく確認は取れていないが、今日の戦いではアデリア側の戦死者は約60名、負傷者は100名前後とされた。
十分防御には気を使ってはいたが、最初の弓矢や魔導士の遠隔攻撃、追撃戦での反撃により不覚を取ったなど、どうしても犠牲は出てしまう。
しかしポータリア軍の犠牲は、おそらくその十倍でも足りまい。
これでこの戦線から撤退するのであれば通例通り放置するところではあるが、皇軍はまだ諦めてはいない。再度侵攻するに平原に横たわる遺体の山や攻城兵器の残骸は邪魔になる。夏場ほどでは無いが、やがて遺体は腐乱してハエなどが病原菌をバラ撒き始めてしまう。もちろん武器・防具の回収と言う側面もある。
宴会場では鹵獲した甲冑をオブジェのように並べて戦功の証にしていたり。積年の燻りに加えて、圧倒的に不利な兵力差を覆して初戦を勝利で飾った事もあって宴も大いに盛り上がった。
最後の突撃に参加した者はその武勇を誇り、擲弾班員の一人は初弾で投石器に直撃させた功績を称えられ、孫子に言い伝えられるであろう手柄を語り合う。
しかし龍海は今一つ、この雰囲気に馴染み切れなかった。一旦席を立ち、場から離れた後方支援隊展開地近くに、用足しに向かう。
穴を掘っただけの簡易な厠で放尿しながら星空を仰ぐ。
――戦死ゼロなんて、マンガじゃ無ぇんだからなぁ……
自分の命令一つ、指示一つで多くの兵たちがその屍を晒してしまう現実、それがどうしても引っ掛かった。盗賊や反社組織の連中を、既に自分自身が、直接、手を下している、にも拘らず、だ。
この期に及んで甘いことを……自分で自分にそう言い聞かせるのだが、今まで斃してきたのは悪党とか、自分やその仲間に直接仇を成す連中であった。
――しかし結局は同じだよな……
最初にM29をブッ放した角狼しかり、ゴブリンしかり、盗賊しかり、自分でも意外なほど躊躇なく引鉄を引いた。それは今回も同じだ。
適切と思われる時に、適切と思われる行動を命令する。それを下令した後は敵でも味方でも否応無く人は死ぬ、負傷する。
そんな中、龍海は引鉄と同じく躊躇なく下令した。状況の人・指揮官モードだ。
だが所詮、龍海の最終階級は陸士長に過ぎない。指揮官と言っても曹候補生試験時の分隊指揮程度しか経験は無い。飽きるほど繰り返した戦闘訓練等と違って、状況の人に成り切れないでいるのだろう。
クーデターを起こした魔王シーエス。
彼は本気で政権転覆を企んでいたわけではない、と言うのが龍海と洋子の見立てだった。おそらくは誰よりもアデリアとの共闘に理解を持っていたに違いない。
人心撹乱を図るアンドロウム、武器の供与でオデとの緊張を高めようと画策したポータリアの真の狙いに気付かぬ魔王ではない。
しかし自国の復興には支えが必要であった。アデリアに対する敵対心がその礎になっていたし、そうせざるを得なかった。
だから彼はその領民の思いを背負い、洋子に挑んだのだ。
洋子もまた本気でそれに応えて、同じく本気のシーエスと戦い、そして勝利した。シーエスの最も望む形で。
決闘の後、急いでシーエスの治療に当たった洋子や龍海を見て、シーエス兵たちも何かを、シーエス自身の思いをそれぞれに感じたのであろう。その後の共闘への魔導国内の意思統一は実に迅速であった。
アデリアのオデ市民の反応も同様だ。アデリアが召喚した勇者――洋子がシーエスに辛勝とは言え打ち勝ったニュースは臣民の敵対心の矛先を変えることに成功していた。シーエスへの敵意は、この騒乱を裏から画策したポータリア・アンドロウムに向けられる事となったのだ。
そこで龍海はシーエスに感服したのだった。そこまで民の思いを背負い、命を懸けたあの魔王に。それに比べて自分が如何にヒヨッコな事か。
龍海はこの世界に来る前から、この世界に骨を埋める覚悟はできていたはずだった。だが今にして思えば首を振って忘れたくなるくらい軽い決意だったと言わざるを得ない。
――もっと変わらなきゃな
この試練を必ずや乗り越える、そう思いを新たにして宴の場に戻ろうとする龍海は、
「あ、タツミさん、今日はお疲れさまでした!」
と、不意に掛けられた女の声で我に返る事が出来た。
「やあ、イーナ」




