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状況の人、開戦せり5

「逃げろー!」

「退却だぁー!」

 懐に飛び込め! 指揮官の最後の指示を覚えている者はもう居なかった。皇軍兵は我先に逃げ出した。

 そんな中でも擲弾はあちらこちらで炸裂し、機銃から乱射される銃弾が空を切る音に彼らは追い立てられていった。

 後衛は城門に殺到して、あぶれたものは城壁をよじ登った。転んだ者はそのまま後続に踏みつけられ足場にされた。ここでの死傷者も馬鹿には出来ないであろう数が損耗していった。

「全軍止まれー!」

 洋子の停止命令が響いた。ポータリア側城壁から約250m地点。腕に覚えのある弓手なら届く可能性のある距離だ。とは言え城壁側は退却兵でごった返しており、それどころでは無いだろう。時折り前進してきた擲弾班の砲撃とオービィの銃撃で退却を急かされている有様だ。

 洋子は敵に反撃の意思なしと判断した。マイクを握り、拡声器を友軍に向ける。

「皆さん、ご苦労さまでした! 敵を国境線まで押し戻しました、あたしたちの勝利です!」

 ウオオオオオオオーー!

 勝鬨を上げるシーケン軍。数は2千程度だが、その20倍を誇るポータリア軍を委縮させるだけの力強さに満ちた声だった。

「撤収します! 途中、敵の生き残りが居ても無下に殺傷しない事! 降伏希望者は受け入れ、治療を求める者は手を貸してあげてくださ~い!」

 おう!

 洋子の指示の下、シーケン軍は敗残兵の生死の確認をしつつ、陣地に向け帰還を始めた。実質、殿(しんがり)を務めた高機動車は時折り発砲を繰り返しながら皇軍の追撃などスケベ心を出させないよう牽制した。


 

 ジーン ジーン ジーン……

 日本で言えば真夏のセミが鳴いている様な音が響く。

 目を覚ましたウェプは激しい耳鳴りに襲われていた。頭もボーっとしている。

 極度の緊張状態でストレスMAXだった脳内に、ジワジワ血流が平常に戻ってくる感じだ。今の自分の状況を確認すべく、ゆっくり周りを見てみる。

 自分は当然のことながら倒れているのだが、その上に壁盾が覆いかぶさっていた。

 ――守られた、のかな?

 左を見てみた。見慣れた男の顔が目に映ってきた。

 ――上等兵どの?

 同じくジックも盾の下敷き、と言うより守られた形でウェプに密着して転がっていた。

 上等兵どの! そう声を掛けようとしたウェプだったが、セミもどきの音でうるさい耳に何者かが地面を踏みしめる、ズシャッという音が届いた。

 ――足音?

 自陣営の方からの音。それもゆっくりのんびり歩いている、そんな調子。行軍や戦闘での歩調では無い。

 ――友軍かな? 

 ウェプは音の方向へゆっくり顔を向け、盾の隙間からその音の正体を覗いた。

 ――あれは!

 わずかな隙間ではあったが、歩いてくる兵の出で立ちは確認できた。だが残念ながらその装備は見慣れた友軍の物では無かった。

 ――て、敵だ! 敵が味方の方向から歩いて来る!

 ウェプの心拍数が一気に上がった。

 ――ま、まさか負けたのか? 1万以上の我が軍が!? 

 見えたのが敵であっても、走っていれば追われて敗走しているとも思えるが、極めてゆっくり歩いている。そして時折、倒れた兵を剣先で(つつ)いて生死を確認しているように見える。

 ――あ!

 敵兵が(つつ)いていた味方将兵がいきなり立ち上がった。

「うわ!」

 味方兵は、その勢いでもって敵兵に肩をぶつけて突き飛ばした。

 不意を突かれ、まともにショルダータックルを喰らった敵兵は転がる死体に足を取られ、耐え切れず転倒した。

 立ち上がった友軍兵は剣を振り上げて、その敵兵を屠るべく襲い掛かった。

 敵兵はいきなりの逆襲に応じきれず剣を突き出すのが精いっぱい。友軍兵には圧倒的有利な状況!

 しかしその刹那、

バン!

耳鳴りが更にひどくなるような破裂音が周辺に響いた。

 ドサッ!

 同時に友軍兵士は剣を振り下ろすことなく、そのままバッタリと倒れた。

 ――あの音……開戦時にもあんな音が……

 目線を移動させる。ギリギリ視界に今まで見た事も無い変な形をした、しかし大きな荷車が見える。そこから一人の小柄な兵が降りてきた。

 ――女?

 黒い髪の毛を後ろに纏め、これも初めて見るまだら模様の服を着ているその女性は自分とそれほど歳の差も無さそうな面持ちだった。右手に何か鉄の塊のような黒いものを持っている。

「大丈夫?」

 女は斬られる寸前だった敵兵に声を掛けた。

「あ、ありがとうございます、勇者さま!」

 ――勇者? 勇者だって!?

 ウェプはアデリアが召喚儀式を以て異世界人を召喚したという情報は聞いてはいなかった。しかし幼少の頃、神から遣わされた勇者の英雄譚は親や祖父母から何度となく話してもらっていた。同じ話を聞かされた近所の子供たちと英雄ごっこに興じ、子供心ながらに、そんな勇者と会ってみたいなどと夢見た懐かしい幼かった頃だ。


 ゴンゴン!


 ウェプの心臓が飛びあがりかけた。下側の確認であろうか? 自分を隠してくれている盾を突く音が響き、一瞬過去に戻っていた意識が戦場に引き戻された。

 ――……!

 目を閉じ、口も堅く閉じ切るウェプ。息も抑えて音が漏れないように。

 ――このまま……このまま気付かれずに……

 ウェプは微動だにしなかった。自分らに気付かれずにやり過ごさせるように、死んだふりの如く。

 だがそれは甘かった。


 ガンッガン!


 敵兵が今度は足で踏みつけ始めたのだ。と、それでも必死に耐えるウェプ。だが、

「ごふぁ!」

ジックが呻いた。……呻いた?

 ――生きてる! 上等兵どのが!

 ジックは生きていた。気を失っていただけだったのだ。

 ジックの生存と言う嬉しい状況と共に、これが最悪の状況でもある事にウェプは歯噛みした。

「おい、気を付けろ! 下のヤツ、生きているぞ!」

 当然、敵に気付かれる。途端に足音が集まって来る。

「いいか?」

「ちょっと待て」

 スラッ! 鞘から剣を抜く音が聞こえる。

 ――どうする? 戦うか? いや、しかし!

 音からすれば、周りに集まってきたのは5人か6人。多勢に無勢にもほどがある。

 しかも自分はこれが初陣で、人を斬った経験も無ければ殴り合いの喧嘩すらした事が無い。どうすればこの危機を切り抜けられるというのか?

「よし、いいぞ!」

 ガバ!

 そんな事を考える暇も無かった。自分たちを守っていた壁盾は一気に引き剥がされた。5人の歩兵が自分たちを取り囲んでいる。

「いたぞ!」

「武器! 武器持ってるか!?」

「白旗は!? 白い布は出してるか!?」

 ――白旗? 何のことだ?

「持ってないぞ!」

「よし、やれ!」

 その声と共に5人のうち2人が槍を構えた。

 ――殺られる!

 盾役の自分の武器は通常のロングソード、しかも不慣れ。5人相手ではとても敵わない。ウェプは死を覚悟した。

「待ちなさい!」

 女の声が響く。

 その声を聞いた敵兵がそろって一方向を向き、やがて不動の姿勢をとった。

「は! 勇者さま!」

 ――え? 勇者? さっきの?

 ウェプも声の方を見た。

「その兵は、このカタパルトの担当じゃないの? 真っ先にやられたんなら降伏勧告は聞いて無いかもよ?」

 ――降伏勧告? なんのことだ?

 洋子の予想は当たっている。担当投石器に擲弾の直撃を受けたウェプは開戦早々に気絶してしまったので、洋子の警告は聞いていなかったのだ。

 洋子はG19を抜くと、構えながら2人に近寄った。

 ――こ、これ……さっきの味方を倒した武器? でもあんなもの見たことも……魔法? 魔道具?

 分からない、一体あれが何なのか? なぜあんなもので人が倒れるのか? それもあるが、なぜこの女、自分にとどめを刺そうとする兵を止めたのか? ウェプの混乱は収まらない。

 ――何が起こってるんだ……何が一体、どうなって……

 とにかく今現在、自分の生殺与奪はこの女が握っている。それだけは確かだ。

「……君、どうする?」

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