状況の人、開戦せり4
洋子の周辺の赤く染まった魔素が天に向けた右手に一気に集中した。集まった魔素の色は赤から青に変化し、やがて純白のまばゆい光を発し始める。
カ!
洋子が念を送ると同時にその光は攻城兵器群の真上50m程度の上空に飛んで行った。思わずそれに注視して目で追う皇軍兵たち。そして起こる惨劇。
「稲妻落とし!」
ピカ!
ドガガガラガシャーン!
落雷だ。
洋子は魔法に依る、浮かんだ光球からまるで蜘蛛の巣の如く枝分かれする稲妻を発生させ、いくつもの投石器やバリスタに落雷させた。
バッシャーン! ブワ! ゴオオオォォ!
雷の直撃を受けた投石器は一瞬で炎に包まれた。
「ら、雷撃!」
「一撃……投石器が一撃で……」
「こ、こんな雷撃、宮廷魔導士上位級でも……」
どうやら洋子の魔法の攻撃力はポータリアの基準でも上位らしい。
まあ、元々素質があるところに古代龍のカレンによって鍛え上げられたワケですしおす〇、群れを成してナンボの連中と一緒にされても。で、間髪入れず、
「フゥオオオー!」
次が繰り出されて来そうだ。
「ハ!」
今度は両手である。その先に大きな炎の球が浮かび上がって来る。
「龍炎火球!」
これまたデカい火球がポータリア兵の頭上に飛ばされる。そして
「散弾!」
と言い放った刹那、火球は炸裂、無数の火弾がまるで散弾銃のペレットの様に皇軍兵に向かって放たれた。
「うわーーー!」
「あち! あちぃ! あちーーー!」
降り掛かる火弾に逃げ惑う皇軍兵。大きな火弾は鎧のプレートを撃ち抜き、豆粒ほどの小火弾は身体とプレートアーマーの隙間に入り込み、取り除こうにも指は入らず、さりとて全身アーマーは一人で外すのも大変で、
「だ、誰か取ってくれぇ―! 焼ける! 身体が焼ける―!」
と泣き叫ぶも火弾の温度が人肌に収まるまで、身体が焼かれていくのをただ耐えるしかないという拷問級の攻撃だ。
龍海も溶接作業中に安全靴に入った大きめの火粒で何度も火傷した経験を持っている。藻掻くほど奥に入っていく火粒に苦しめられていただけに、皇軍兵の心情、察するに余りあったり?
んで、洋子による、そんな古龍直伝の魔法攻撃に晒されて逃げ惑う皇国軍兵。
「何者だこの女ぁ!」
「こんな、こんな化け物じみた魔導士が何故アデリアなんかに!?」
「魔女……魔女だ―!」
――そりゃ魔女だろ? てか女の魔法使い居るっしょ?
洋子の魔法訓練はこの一カ月の間にも目の当たりにしていたが、なんだかいつもより余計に気合が入っていそうな塩梅。更に、それよりも気掛かりはこの魔法名である。
ずっと続いている古の魔法名なのか? カレン、もしくは洋子のセンスなのか? その辺りは不明だが……そのうち黒い眼帯でも装備し始めないかと不安になる龍海である。
「連合軍! 総員抜刀!」
「おおー!」
一方、シーケン・オーバハイム連合軍は盛り上がっていた。いやがうえにも盛り上がっていた。
長年見下されてきた憎っくきポータリア人ども。圧倒的兵力でありながら龍海の近代兵器、そして目前で皇国兵を圧倒した、国家的最上位の魔導士をも凌ぐ勇者ヨウコ・サイガの魔法攻撃の威力。文字通りテンションMAXである。
抜いた剣、握った槍にこれ以上は無いってくらいに力が籠った。
「突撃にー!」
洋子の号令に連合軍すべての将兵の腰に力が込められた。盾を前面に構え、得物を握り締めて、脚を踏ん張りその時を待つ。
「前へ!」
ウオオオオオオオオー!
連合軍が一斉に突撃を開始した。
対して皇国軍は、近代火器による不意打ちと今見せつけられた洋子の魔法攻撃で完全にパニクっていた。
だが、そこはやはり腐っても多数の属国を従えるポータリア皇国の将兵。歴戦の猛者も当然、相当数いる。
「怯むなー!」
小隊、若しくは中隊指揮官級の職業軍人が皇軍兵に発破をかけ始める。
「数ではこちらが押しておる。懐に飛び込むのだ! 混戦になれば妙な爆裂も全体魔法も使えん! 剣と剣との闘いだ!」
おお! おお……
どよめきにも似た反応がポータリア軍に広がる。予想外な高位の魔法攻撃によるショックと、人数的には戦力差は変わらず自軍に有利なままだという相反する心情をよく表していると言える。後はどう、その天秤を優位に傾かせるか? それが職業軍人・指揮官能力の見せ所だ。
「皇軍の栄光は我らと共にあり!」
おおおー!
ショックを受けていたポータリア軍も戦意を取り戻してきた。さすがに場数を踏んだ古参将兵の鼓舞である。
無事な兵士は皆々武器を取り直し盾を構えて連合軍と向き合う。未だ残る数千の兵士が奮い立つ。
「進めぇー! 邪悪な魔導国! アデリアの如き劣等国に我が軍の進路が妨げられる事は無い! 小娘如きの尻にくっつく金魚のフンなど怖るるに足らず! 一気に突き進……」
ドガガガガガガ!
「め、ぼぉ!」
古参将校の鼓舞が途切れた。将校は鎧の間から真っ赤な血しぶきを噴き出しながら馬から転落した。
高機動車に据え付けられたミニミ機関銃の掃射が、将校の身体をハチの巣にしたのだ。射手は洋子の隣に立つ、魔王オービィ・オーバハイムであった。
「さっきから小娘だの金魚のフンだの、誰のこと言ってやがんだコラァ! 姉さんに舐めた口利いてる奴ぁ片っ端から地獄へ逆落とししてやっぞ!」
ダダダダダ! ダダダダダ!
ミニミを撃ちまくるオービィ閣下。
「突っ込め者どもー! ポータリン野郎のケツの穴、吹っ飛ばしてやれー!」
オオオオー!
更に勢いづく連合軍。対して皇軍はどうにか立て直した士気が今の機銃掃射、てか乱射で吹き飛んでしまった。途端に及び腰になってしまったのだ。
そこに、
ダダダダダダ! ダダダダダ! ダダダダダダダダ!
オービィによって小・中隊長ら馬上の指揮官を中心に銃撃が加えられ、纏まりかけていた皇軍は烏合の衆へと化していった。
それをあえて狙ったのかどうかは不明だが、当の魔王閣下はいわゆるトリガーハッピー状態であった。
「ヒャッハー! 逃げる奴ぁポータリア兵だ! 逃げない奴はよく訓練されたポータリア兵だ―!」
――ありゃ? 洋子のやつ、教えちゃったのか?
「もう~、あんまり連続で撃たないの! 銃身焼けちゃうでしょ!」
「へい! 姉さん!」
「擲弾班前進! 後方の弓隊の攻撃を許すな! 味方を誤射すんなよ!」
「了解です! 皆の者、続け―!」
龍海の指示が飛び、擲弾班30人が城門を抜けて展開した。
平原に等間隔で広がり、5人に一人の割合で指示・観測を含めた纏め役が一人付いている。
「目標敵弓兵隊! 距離約300! 撃ち方用~意!」
「撃ち方用~意!」
復唱が返って来る。全隊準備良し。
「撃ー!」
ドン! ドン、ドン!
ドバアァン! ドガッ! ドゴォン!
二十数発の擲弾が一斉に炸裂した。後方から前衛を支援しようとしていた弓兵部隊の様相は正に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
爆心近くでは弓兵が吹っ飛ばされ、捥がれた腕や足が血飛沫を撒き散らしながら周辺の兵に降り注ぐ。
運悪く直撃した者は文字通り木っ端微塵である。転がる肉塊が腕だか脚だか全くわからない。
「ヒイイィィー!」
爆発から免れた者にも抉られた土砂と一緒に血や肉片が降り注ぎ、あまりに非現実な有り様に悲鳴を絞り出すのがやっとであった。
思わず伏せる――と言うか腰を抜かして転倒し、そのまま降って来る破片や土砂を頭を抱えて避ける兵の目の前に、弓を握ったままの手首が落ちてくる。顔中血まみれで藻掻きながら呻く負傷兵。不気味なほど長く舌を突き出して眼球が零れ落ちそうなほどに開眼したまま絶命している兵。右を見ても左を見ても、悪夢と言う言葉すら生温い。
ダダダダダ!
さらに追い打ちをかけるように機銃掃射が加えられ、前も後ろも行き場が無い。
指揮系統は壊滅、未知の攻撃がどこから飛んでくるかわからず、皇軍兵は混乱の極みに陥った。
「吶喊ー!」
支援攻撃を失った皇軍歩兵にシーケン軍が襲い掛かった。
恐怖と衝撃と混乱で総崩れを起こした皇軍の歩兵の戦意は、もはやゼロであった。