状況の人、開戦せり3
「おおお! 当たったぞ! 投石器が一発でブッ倒れよったわ! わっはっは!」
物見櫓の上で、龍海から借りた双眼鏡を除きながらシーケン軍指揮官ウエルド男爵は興奮を隠さず燥ぐような大声で豪快に笑った。
「壁から大体200mちょいか? 一発目からよく当たったな~。ようし、小銃擲弾班! 各個に砲撃開始! 攻城兵器中心に狙え!」
下から「了解!」の声を聞き、再び双眼鏡で平原を眺める龍海。
ドカーン! ドオン! ドゴォーン!
城壁からの06式小銃擲弾による砲撃が始まった。ロケットランチャーや迫撃砲等に比べると正確さは当然低下するが今の段階では十分だ。直撃できなくても周辺の兵力を削いで無力化できればいい。
ドォン! ドガン! バッカーン!
擲弾のつるべ撃ちが続く。直撃した攻城兵器は少数ではあるが、とにかく担当砲兵が死傷、若しくは逃亡していて事実上壊滅状態だ。
「シノノメはん、打って出てええですかの?」
「ああ、通常兵装でも優位であるって思いこませたいからねぇ。ただし、洋子の指揮下で宜しく」
「承知! おう、クラウド大佐!」
「は!」
ウエルドが後ろに控えていた副官のハブ・クラウド大佐に下命する。
「歩兵連隊はサイガの姐さん指揮下で打って出て、皇軍の外道ども追撃したれ! 武器捨てて降参したもんはそれ以上の虐待は無しじゃ。姐さんの意向じゃけぇの、気を付けぇ」
「ポータリアの弓が届くとこまでは行くなよ? 俺たちがやってるのはあくまで防衛戦争だからな? 必ず生きて戻って来い!」
「了解いたしました、では!」
クラウドは勢いよく敬礼した後、櫓から降りて行った。
「気合入ってんねぇ。小耳には挟んでたけど、ポータリアには結構な恨みがあるようだなぁ」
ウエルドにしてもクラウドにしても矢鱈と目がギラギラしている感じを受け、龍海は確認も兼ねてウエルドに聞いてみた。
「先の戦ではポータリアからの支援があったんはご存じでっしゃろ? それ自体は別になんもないんですがのぅ。連中それを鼻にかけてわしらを格下に見とるんですわ。そんでプロフィットの町でも物壊したり、暴力沙汰やら強姦事件犯してもまともに裁けんかったりしてましてのう」
「ロイも言ってたなぁ。 捕まえる事も出来ないのかい? 治外法権みたいな?」
「それに近うおますな。ポータリアに逃げられたら、引き渡し要求しても無しのつぶて。運良くこちらで収監しても外交官が、ポータリアの法で裁くっちゅうて連れて行きよるんですわ。国に帰れば当然、放免やし」
「そりゃあ……腹立つな。なるほど士気が高いわけだ」
「積年の恨みっちゅうやつですわ。おまけにシノノメはんには、とんでもねぇ威力の異世界の武器用意してもろて、みな感謝しておりまっせ」
「ああ」
事ここに至り、龍海は腹を決めていた。
以前、魔導国のサミットで示した兵力の配置。通常兵力の8割強を東方に向かわせてアンドロウムを撃退。そしてポータリア戦線はシーケン侯軍と魔導国のオーバハイム軍に近代兵器を貸与してこれに当たるというものだ。
龍海はこの一ヵ月間、再現による兵器の生産をフル稼働した。
問題のMPの消費と回復時間。今までのMP消費に対して回復にはどれくらいかかるか? これまでの消費と回復サイクルの記録から、通常時にも回復――魔素の吸収は行われているが、やはり睡眠中が一番それが早いことが分かっていた。仮にすべての魔力を消費しても一時間の睡眠で限界数値の20%が回復する。睡眠の質にもある程度左右されるものの、大体6~7時間も十分に眠れば翌日にはMPは完全回復するのである。正にチート、女神さまに感謝。
会議でも提案した2個中隊規模の選抜兵約500名に加え、東部への支援隊1個中隊200名。彼らを完全に近代兵器による武装および機械化するために、龍海は火器と車輌を生産していたのだ。生産がてら、ポリシック領の深いところで装備の操作を覚えさせるため、700名に徹底的な訓練を受けさせた。
もちろん一カ月程度の短期間では一人前、とまでは行かない。基礎的なところを教えて後は実戦で鍛える覚悟であったが、先ほどの件もあってか特にシーケン軍の士気は非常に高く、近代兵器を使いこなせるまで必死に訓練してくれたのは嬉しい誤算だった。
「まあ、本来この世界にゃ存在しないもんだからな。事が終ったら全部回収させてもらうけどね。さてと、洋子? 聞こえる?」ザッ
龍海は通信機で洋子を呼び出した。
「感度良好よ。何?」
「ついに勇者さまの出番だ。男爵んとこの連隊が付くから先導してくれ」
「……あたしの好きにやっていいのね?」
「勇者はお前だ。おまえの思う様に好きにやって来な! 後始末が要るならいくらでもやってやんよ」
「わかった、ありがと。城門開けー!」
洋子の号令に頑強に閉じられていた城門の扉が解錠され全開された。
ブロン、ブロロロロ……
そこを洋子を乗せ、イーミュウが操縦するフルオープンにした高機動車が通過する。
50mほど進むと一旦止まり、シーケン軍の歩兵を中心とした2千名が左右に広がり展開を始めた。
「戦場にいる全てのポータリア軍に告げる!」キーン
高機動車に取り付けた拡声器のマイクを握り、洋子は大声で警告した。
「だ、だれだ?」
「わからねぇが……女の声だ、な?」
皇軍の砲兵の一人が遠眼鏡を取り出して確認した。着弾観測員か何かだろうか?
「間違いない、女だ。しかも……若いな、17~8歳くらいじゃないか?」
「はぁ? 小娘じゃねぇか!?」
「ああ、妙な荷車の上に乗って……増幅魔法かな? 拡声魔道具にしちゃ小さいが」
「そんな小娘が何を?」
ポータリア兵たちは声を上げる洋子を若干見下す様な心持で耳を傾けた。それを知ってか知らずか洋子は続けた。
「これから勇猛なる我が軍がこの平原を掃討します! 降伏する者の命は保証しますが刃向かって来る者、武器を捨てない者は容赦なく討伐します!」
「なんだとぉー!」
「降伏はハンカチでも下着でもいいから白い布を旗として降ればよし! それ以外の行為は今日が自分の命日になるものと思いなさい!」
――言うね~
「うるせー!」
異議あり! と言わんばかりの声がポータリアの方から飛んできた。
「弱小アデリアの、それも小娘如きが調子こいてんじゃねぇ!」
「そうだ! こっちはまだ主力がこの3倍以上いるんだ! 偶さかまぐれで叩けたからって図に乗るなー!」
オオオー!
劣勢であったにもかかわらず、洋子のような小娘が先頭に立って指揮を執っていると分かり、その小娘に良いようにやられてしまった恥を塗り替えようと逆上しているのか、ポータリア兵は怒りをあらわにし始めた。よほどプライドを傷つけられたか?
しかしプライドを傷つけたのは己らも同罪である。何せ洋子サンは……
「小娘ぇ~? あたしのことぉ~?」
洋子さん怒りのオーラが爆発。周辺の魔素が洋子に収束し始め、付近の空気の色が赤に変色しているかの様相を呈し始めた。
「そんならかかってきなさいよぉ~! その小娘の力、見せてやんよぉ~!」
ハアァァー!
洋子が気合を入れ始めた。魔素の輝きと共に。




