状況の人、決戦へ2
「最後通牒を通達してきたポータリアは、すでに臨時徴兵や予備役の動員、それの編成が始まっていると思われます。皇帝府や未だ鎮圧されていない東方の一揆衆に当てられている兵員を除いても、その規模は全体の5割程度、10個師団以上、4万から4万5千程度は向けられるでしょう。編成が終わった師団から進軍したとして、最初の師団がシーケン領付近に展開するまでに早くて1カ月。遅くとも更に半月程度かと」
軍事関係で摺合せするべく外交使節に同行していたアデリア軍参謀総長のハブロック中将が説明した。
――一個師団約4千人かぁ。こちらの世界じゃそんなもんなのかな?
「帝国の方はどうかな?」
「予想される投入兵員はポータリアよりは少ないですが、それでも3~4万人。臨戦態勢を取るまでの時間は似たようなものでしょう」
「対してこちらは新基準で徴兵しても地理的にはポータリア方面は南方と西方の勢力を増員して3万、アンドロウム相手にはやはり2万5千から3万程度てなところかな」
モノーポリが友軍の情勢を説明。
部屋の真ん中にある卓の上に広げられた地図。その上に各領地軍を示す駒が各戦線付近の展開を模して置かれていた。
「防戦だけなら何とかなるかもしれねぇけどよぉ、あたいらは総力戦なのに対して向こうはまだ余裕があるからな。東の一揆が収まったら万事休すだよ」
オービィがボヤく。前線が破られると、あとは各王都の防衛隊が双方合わせて3千程度しか残っていない。彼我兵力差3対1の法則があるにしても心許ない話だ。
「さらにアンドロウムには水軍がいます。ツセーやオデに対して後方撹乱を挑まれると、その時はかなりの苦戦を強いられるかと……」
ハブロックが情報を付け足す。港湾施設を攻撃、若しくは湾そのものを閉鎖するだけで他国からの食糧・物資の輸入を阻止されてしまう。長期戦にずれ込むと致命的だ。
「シノノメよ」
ポリシックが龍海に聞いてきた。
「なにかな?」
「実際のところ、お主らの勇者としての力を発揮したら、一体何人力の兵力に相当するのかね?」
「……答えにくいなぁ。マルダー准将殿? シーエス閣下の代行としてお聞きしたいが、先だっての閣下と洋子の決闘見て、その辺どんな感想を持ったかな?」
龍海はマルダーに振った。
「は、先の戦争の英雄シーエス閣下を死闘の末、倒された方です。まさに百人力と言って良いでしょう。しかし……」
「単純に百人までは相手できるけど、てとこだよなぁ。そんな英傑を見て、相手がビビッてくれりゃ後続が突っ込んで敵を蹂躙……となるのが理想なんだろうけど、そんなにうまくいくかねぇ?」
「規模は小さいけど、そんな豪傑を見て戦意無くして逃げる敵兵を全滅させたって話は昔からあるよ、アデリアはそんな風にタツ兄ぃに期待してたんだろ?」
「洋子に、な。まあ、あの決闘じゃ、あくまで一対一の技しか使ってないし、閣下の魔法も全体モードじゃ無かろ?」
「ええ、前の戦いでの閣下の全体魔法は一度に数十人を屠るくらいでした。ですが何回も連発は出来ませんし……」
「接戦とか辛勝じゃダメよね。とにかく二国に、東の一揆が収まろうと二度とアデリアと魔導国を侵略する気にさせないようにしないと」
洋子の意見に龍海も頷く。
帝国や皇国と違って、こちらには相手の領土を侵略する気もそんな国力も無い。
連中は「勝てる」と踏んで行動を起こしたのだ。防衛はともかく、侵略はその勝算と言うものがあってこそ決意される。一か八か、は防戦ならば取り入れられる思考でも、侵略では使われる事は無い。と言うかそんな程度なら侵攻しようとすら思わないだろう。
今回の戦いでは、二国に心底そう思わせる結果が必要だ。
「となると……ちょいと失礼するよ」
龍海は卓に広げられた地図、その上に置かれた各領主軍のコマを移動させた。
「各軍、こんな配置を目指してもらえないかな?」
「なんだこりゃ!?」
移動されたコマの配置を見てモノーポリが思わず大声で驚いた。
「こ、この配置は……」
「シノノメ公! 何の冗談かこれは!?」
ポリシック、システも驚く。
しかしそれは無理も無い事だった。龍海が再編成した配置は、対ポータリア戦線の約3万のうち、2万5千をアンドロウム戦線に振り分けるというものなのだから。常識とか定石とかはもちろん、一般的に言われる”奇を衒った”レベルの布陣の範囲からも大きく逸脱していると言わざるを得ない。
「こんな極端に東方偏重な配置しては、北の守りが!」
「だから、そこに洋子と俺がつくんだ」
「いやしかし、ただでさえ兵力は皇国軍の方が上なのですよ!?」
「承知してるよ参謀総長。そこは国境を構えるシーケン候と、飛行兵が多いオーバハイム軍だけ居てくれればいい」
「無茶だ兄ぃ! いくらサイガ姉ぇが強くたって、5千の手勢で4万5千を相手するなんて籠城戦だってあっと言う間に落とされるよ!」
「まあ、この世界の常識ならな……」
卓上の地図を半目な顔で眺めながら、淡々と答える龍海。それを見つめる洋子は、龍海の示した配置転換要請の段階で彼の思惑を読み取っていた。
――やる気だな、シノさん……
「マルダー准将、参謀総長。敵の侵攻開始は早くて1カ月後……これ、信じていいね?」
龍海が二人の軍師に念を押した。
「は、はい。規模からすれば最低それくらいは……」
「じゃあ、配置はこれで行ってほしい。こちらも大移動になるから迅速に、それでいて連中には気取られずに」
「確かにこれなら東部はなんとか出来ましょう。しかし、勇者どのやシノノメ卿は……」
「俺には……そうだな。オービィとシーケン候軍からの選抜で一個大隊、いや二個中隊でいいから回してくれ」
「二個中隊? そりゃ三百や四百ならあたいの所からだけでも送れるけどタツ兄ぃ、それっぽっちでどうする気だよ!?」
「シーケン候と君んとこ合わせて5千の軍勢もいるじゃないか。ちゃんと考えてるよ。それとポリシック閣下?」
「うむ?」
「閣下の領地の中で人気のない、例えば荒野。出来るだけ広大な場所を見繕って開戦まで貸してくれ。可能な限りポータリアから遠い方がいい。どうかな?」
「も、もちろん協力は惜しまないが、一体何をするつもりなんだ?」
「シノさん……覚悟、決めたのね?」
「ああ、もう四の五の言ってらんねぇ。腹ァ括るぜ」
龍海の口元に不敵な笑みが浮かんでいた。その顔は実に悪い顔であった。
吹っ切ったのだ。自分一人だけの先を見ている自身を吹っ切ったのである。
メルやアマリアを筆頭に、今の龍海には背負うものが以前よりも段違いに増えている。それらを守るために、持てる自分の力をすべて吐き出して事に当たる、出し惜しみは無しだ! その後に何が起ころうが皆まとめて受け止めてやる! 龍海はそう決意したのだった。
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「ポータリアがアデリアに宣戦布告して20日ほどかな?」
帝国西部方面軍副指令のベイム中将は、先だっての帝都における戦略会議室での協議の結果を受け、前線陣地設営のための先遣隊5千を引き連れてフォステック辺境伯領に舞い戻っていた。
ポータリアの宣戦布告、更に10日ほど後に皇国に連携してアンドロウム帝国も魔導国と手を組んだアデリアを「人類共通の敵」と断定し、やはり宣戦布告を行った。