状況の人、決闘中4
動きが鈍くなった。洋子もそれは感じていた。鍔迫り合い真っ只中の今、あちこちの筋肉が悲鳴を上げ始めている。
――もう……決めなきゃ……
焦りを感じざるを得ない状況だ。開始からやがて四分、その間ほぼほぼ全力を出し続ける展開である。無理もない。
だが、目の前の相手もそれは同様であった。物理的な体力差は有利であってもそれを補完する魔力は洋子の方が上であった。でなければ、腕の太さだけ見ても洋子の二~三倍ほどもある対格差を乗り越えて拮抗出来るはずもない。
「は!」
洋子は仕切り直すべく魔王の剣をはねのけた。
「ぐ!」
力負けしてしまい、剣を弾かれたシーエス。しかし、洋子も剣を振り払った筋肉の制御が効かず、大振りになってしまった。
そこに隙が出来た。
シーエスは剣を持つ右手は流されたものの、半歩踏み込んでその開いた脇に左肘を入れ、更に上へと持ち上げた。
「く!」
崩れるバランスを最小限に抑えて踏ん張ろうとする洋子。そこに、
ドボォッ!
「ぐぶ!」
シーエスの蹴りが洋子の腹にヒットした。後ろに飛ばされる洋子。だが何とか姿勢は維持、転倒は免れた。
「お見事だ、勇者どの。正直、ここまで、とは、思わな、かった」
「痛み、入るわ、閣下。お眼鏡に、適って、光栄、ね」
双方の言葉にも息切れが感じられる。
「小生、年甲斐も、なく、感激、しておる。この、ような、決闘の相手、に、恵まれた事、神に感謝、したい」
正眼に構えるシーエス。
「あなたも、魔導国、の魔王の名に、相応しい、英傑、だわ」
同じく正眼に構える洋子。
二人は極力呼吸を落ち着けながら間合いを図り合った。
ジリジリと足を擦らせながら互いに距離を縮める。
間合いに入った瞬間、勝負が決まる――そんな空気が会場に広がりつつあった。
呼吸一つ、飲む唾の一滴がタイミングを左右する。そんな緊迫感が観客にも伝わっていく。
いつしか会場は、開始時からは信じられないくらいの静寂に包まれた。
次で決着が! 会場内の誰しもが、その思いを共有していた。それを見逃してはならない。そのためには観客にとっても、自分の声のみならず呼吸すら邪魔になる気分であった。
そんな、まるで二人の摺り足の音すら大きく響きそうな静寂の中、
ジリ……
ジリ……
……………………ダ!
ついに間合いに入った。
ブォン!
シーエス渾身の一撃が、上段から剣が振り下ろされる。
ブン!
洋子は抜刀の位置からソードを思いっ切り振り上げた。
ガァン!
シーエスのバスターソードと洋子のブロードソードが、持てる全ての力でぶつかり合った。
バッキィーン!
剣が弾けた。
弾き返されたわけでは無い。双方の凄まじい技の応酬に耐え切れず、二つの剣が同時に粉砕してしまったのだ。
スバ!
シュキ!
二人は即座に副兵装を抜いた。シーエスは胸部の短剣を、洋子は左に吊っていた日本刀――脇差を居合宜しく抜刀する。
パキン!
勝敗は決した。この時点で決まった。洋子の振った龍海の再現による脇差は魔王の短剣をへし折り……いや、切断してしまったのだ。
「ハァ!」
洋子は丸腰になった魔王の懐に飛び込み、返す刀で胸部鎧ごと袈裟切りに斬りつけた。
バシィーーン!
魔王の左肩から振り下ろされる強化された洋子の脇差は、その元からの切れ味も相まって彼の鎧ごと、胸から腹にかけて切り裂いた。
「が!」
硬直するシーエス。洋子は刃毀れだらけになった脇差を逆手に持ち変え、
ズドッ!
その切っ先をシーエスの腹に突き刺した。
「お……ご、お……」
これが止めであった。
「ふ!」
洋子が残る全身の力を込めて刀を引き抜くと、
ドシャ!
魔王シーエスはその場に崩れた。まるで糸の切れた操り人形の如しだった。
メルは倒れるシーエスを見るや即座に銅鑼係に合図した。
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
閉幕を告げる銅鑼の三連打が響く。
おお……
……おおお……
ウオオオォォーーー!
観客の歓声が一気に噴き出した。もちろんシーエスを敬愛していた者たちの悲鳴も混じっていた。無念の咆哮が混じっていた。
だが、一様にこの世紀の大勝負を見届けた満足感とも高揚感とも言い知れぬ感情を、場内にいるすべての者が共有していた。
興奮と落胆、感動と悲哀が入り混じる、感情のすべてが吐き出される、そんな歓声であった。
そんな中、
「シノさーん! ポーション! ポーショォーン!」
持っていた脇差を放り投げ、意識も絶え絶えのシーエスの前にしゃがみ込み、切れた鎧を剥ぎ取りながら洋子は龍海にポーションを要求した。
龍海はすでに走り出していた。到着前に取り出していたポーションを、シーエスに取り付くや傷口に一気に振りかけた。洋子も龍海の雑嚢からポーションを抜き出し、次から次へと胸と腹の傷に注ぎ込んだ。次にガーゼを取り出し患部を押さえ込む。
洋子の最後の一撃による切創から噴き出す血の勢いはかなり激しく、ポーションでは時間がかかり過ぎて抑え切れそうにない。一刻も早く縫合処置との併用が必要だ。
「担架だ! 担架を持って来い!」
龍海に言われて駆けつける衛生兵たち。担架代わりに荷車――いわゆる大八車の様なものでやって来た。
「乗せるぞ!」
1、2、3! 龍海も含めて五人がかりでシーエスを荷車に乗せると軍司令部の医務室に向かって走らせた。
♦
翌日。メルの脱出騒ぎで損壊した廊下周辺の修繕が開始される中、魔導王執務室においてメルはシーエス勢王都制圧軍戒厳司令部司令官代行マルダー准将の報告を受けていた。
それによると、制圧軍全部隊は本日より撤収準備に入り、完了した部隊から順次ゼローワ市に向けて帰営を開始するとの事である。
「それはすでに下令されているのか?」
「はい、魔導王陛下。先日夕刻、王都戒厳司令部で行われました幕僚会議に於いて正式に了承され即刻下令されました。軍は今朝方から各幕営地、宿所の撤収に掛かっております」
「そうか……」
「なお自分と一部幕僚は引き続き王都に留まり、シーエス領代表代行としてこちらに集まる魔王会議の指揮下に入ります」
「シーエスはこの事を?」
「はい」
同席していた龍海はメルの机から少し離れた、不寝番が仮眠に使っていたソファに腰を埋めながらその様子を眺めていた。
「全てはシーエス閣下より事前に指示されておりました」
「……わかった。ご苦労であった」
メルの労いを受け、敬礼するマルダー准将。更に龍海に向けてお辞儀をする。
龍海も立ち上がって不動の姿勢を取り、一〇度の敬礼をもって応えた。
そしてマルダーは以降、無言で部屋を後にした。
「兵たちも、納得してくれたようだな」
メルは立ち上がって龍海の座るソファにやって来た。そのまま龍海の横に腰を下ろす。
「人の上に立つってのも楽じゃないようだねェ」
「他人事みたいに言うな。余と一緒になれば其方も同じ場所に立つのだぞ?」
療養中の侍女長エバの代わりとしてメルに付いている侍女長補佐のロゼ・カーセルに茶を所望しながら、メルは皮肉っぽい龍海の言い方に唇を尖らせた。
「でもさぁ。今のところ魔導国とアデリアは共闘路線に舵切ったワケでさ。俺たちが結婚しようがしよまいがこの流れはこのまま行くんじゃね?」
「何を言っとる。それは余と其方の婚姻同盟が大前提であろうが?」
「でもアデリア王室からの縁談も有るんだよなぁ」
「ん? 昨晩ロイ達と一緒にいたあの少女か? アマリアとか言ったな。なかなか可愛い姫であるな」
脱出作戦が失敗して街道奥に控えていたロイ達一行は、シーエス軍を刺激しないようにそのまま待機、決闘後に王都入りしていた。
「別に問題なかろう? 彼女もともに娶れば良いではないか。其方を中心に魔導国、アデリアともに親類となるだけだからな」
――そんなもんなんかぁ?
「そう言えばロイが、序列は自分が一位だー! とか言っておったな。彼の立ち位置はどうしたものかな?」
「いや、それは考えなくてもいいから!」
慌てる龍海。それを見て、に~っと歯を見せて笑うメル。