状況の人、決闘中2
午後一時十五分。魔導王国の将来を懸けた決闘が間もなく始まろうとしていた。
訓練場の中心に設けられた直径30mのサークル、それが決闘場となる。その円から5~6m離れた外円にシーエスの魔導士50人が並び、決闘場の外苑に魔法による障壁を展開し、内部からの脱出と外部からの干渉を排除する仕組みになっている。この障壁は、王都を守る魔導障壁と理屈は同じで、それを魔導士で行えるだけの広さがこの決闘場のサイズだとの事。故に決闘において例えば火球や放水などの魔法攻撃や弓矢、投擲攻撃などはこれに阻まれ外に被害は及ばない。
さらにそこから10mほど離れた円を先端として、シーエス兵やビアンキ候夫人一行がギャラリーとして詰めかけている。
その決闘場――訓練場を一望できる司令部二階のバルコニーにはメルが鎮座しており、宛ら御前試合の様相を呈していた。が、当然彼女の面持ちは優れなかった。
龍海・洋子にしてもシーエスにしても、メルにとっては同じ天秤に乗せられない、乗せるべきでない、双方ともが自分にも魔導国にも必要な人材だ。
帝国・皇国と対峙するのはもはや時間の問題。しかるに手を組むべき勢力がいま雌雄を決さんと睨み合っている。それが国意の統一のために必要な、通過儀礼にも近しい事であると分かってては居ても、自分を慕う者同士の諍いが面白い筈は無い。
そんなメルの思いとは裏腹に、もはや舞台は出来上がってしまった。
ウオオオォォー!
ギャラリーから盛大な歓声が湧き上がった。シーエス登場である。
彼は黙々と歩いていた。闘技場で戦うプロの剣闘士の様に観客の声援に応える事も無く、通常の早足程度の歩調で入場して来た。
「意外と軽装ね」
シーエスの出で立ちを見て洋子が呟いた。
シーエスは胸周りや籠手、脛当て等に金属を使ってはいたが、フルアーマーには程遠い速度・攻撃重視? と思われる防具を選んでいた。武器はロングソード。と言うよりバスターソードに近い、かなーりゴツく長い剣である。副兵装に胸部アーマーの左に短剣を差している。
「小娘相手にフルメタルアーマーはプライドが許さん、てか? と言うより洋子の俊敏さを警戒したか?」
「盾持ってないしね~。まあ、あたしもだけど」
洋子の装備も速度重視だった。胸周りの防具は革ではあるが結構厚い。肩や腕、脚辺りはカレンのウロコを仕込んだ迷彩服まんまであった。12.7mm弾にも耐えうるカレンのウロコであれば、よもや斬られることは有るまい。
もっともその勢いまでは止められるわけでは無いので、強化魔法でどこまで踏ん張れるか? 渾身の力で直撃されれば骨の数本は一発で折れるだろう。体格的には甚だ不利ではあるが、勇者割増がどれほど功を奏するか。
武器はブロードソードを選んだ。そしてサイドアームとして刀をもう一本、腰に吊っている。結果、双方とも盾を持たず両手持ち剣での戦いになる。
「じゃ、行ってくるね!」
洋子はソードを肩に担いで笑顔で左手を龍海に向けて振りつつ、決闘場に歩み出た。
ブー!
ブー! ブー! ブー!
ブーーー!
――あーりゃりゃ~……
シーエスと打って変わって、洋子に対しては容赦無いブーイングの嵐である。と、思えば、
――ん? おやぁ?
パチパチパチ!
一部ギャラリー、自分たちの後方からは拍手が送られてきた。どうやら例の、反戦派であるビアンキ夫人の一行らしい。僅かながらとは言うものの喜ばしい事である。
とは言え、圧倒的アウェイであるには違いない。
そんな中でも洋子の態度は堂々したもんである。円の中心に辿り着き、担いでいたソードを降ろして手前の地面に突き刺して両手を添えて、同じポーズをとるシーエスと正面切って対峙した。
いざとなったら龍海の火器をフル動員してバックレると言う事ではあるが……
「お互い遺恨を残さぬ戦いにしようぞ」
「賛成よ、魔王閣下。お互いに、ね」
何だか今の洋子からは、負ける気など全く無さそうな雰囲気をガンガン感じてくる。
取り仕切るのは大司教だか神官だか、なんか教会の宗教家っぽいジイ様らしく、二人に覚悟のほどを訪ねたりした後、障壁を作る魔導士たちへ展開を指示した。
龍海はその魔導士の円からギャラリー寄りの位置に設置されたセコンド席に立った。そこは試合全景が見られるように若干1mほど高台になっている。
「よう、おっさん?」
不意に声を掛けられた。振り向いてみると、そこにはちょいと懐かしい顔の女が立っていた。
「……ケイ、さん?」
そう、その者はオデ市のシーエス領との緩衝地帯で洋子と勝負になったあのダークエルフの女、ケイだった。
「あは! さん付けしてもらえるとは思わなかったぜ?」
「呼び捨て出来るほど砕けた仲じゃ無いだろ? 二回目だぜ?」
「何言ってんだよ、ヨウコもあんたもとっくに時の人じゃないか。ここに来るのだって一筋縄じゃいかなかったしよぉ」
「そうなん? その辺はよくわからんが」
「あんたらにとっちゃ周りは敵ばかりだからな。この辺りも余分に衛士が張り付いてるだろ? 血の気の多い連中除けの閣下の配慮だよ」
「群衆への警備員かと思ってたわ。で、何か伝手でもあったってワケかい?」
「ビアンキ候夫人だよ。あの方に口利いてもらってね」
「……君も反戦派、と言うか非戦派なのか?」
「まあ主戦派の単細胞どもには辟易してたからな。軍に身を置くものとしては如何なもんか? とは自分でも思うけど。でも……」
「でも?」
「夫人の言ってたように昔は男手不足でさ、あたしもガキの頃から力仕事に駆り出されてたからなぁ、あまりいい思い出が無ぇし。そんな仕事ばっかで結局、軍に入るくらいしか行き場が無くなっちまったしよぉ」
「力仕事で腕力がついて、弓も自在に操れるようになったってか?」
「まあ、そんなとこさね。ケガの功名っつーのかな?」
「洋子が気にしてたぜ? 君との勝負、棚上げにしたまんまだって」
「あはは、そう言やそうだったな。でもあれから随分レベルアップしたみたいじゃないか? 閣下とサシで決闘とか、ちょぉ~っと差ぁ付けられ過ぎかもな~。でも、弓勝負ならまたやり合いたいとは思うぜ?」
「で、その勝負のために洋子の応援でもしてくれるってか?」
「それもあるけどよ。実はこの決闘、トトカルチョの餌食になってるのは知ってっか?」
「トトカルチョ? ベタだね~。飲む打つ買うはどの世界でも娯楽の基本なのかねぇ。ところで、オッズは?」
「95:5だよ。どっちが5かは言うまでも無いよな?」
――19:1、と言うよりインパクトあるのか、な?
「もしかしてだけど、君は洋子に賭けてくれたのかな?」
「やる気は無かったんだけどな。先の勝負がお預けになってるってがっつき犬が言い触らしやがってよ。賭けが成立しねぇってんでほとんど無理矢理ヨウコに賭けさせられてな」
「バーバスか。あいつは……もうフリスビー咥えてお座りしてる姿しか連想出来なくなってるな」
龍海、思い出し笑いで噴くの図。
「ふりすびい? あ! あの円盤か!? あれさ、ゼローワ市の若い連中の間でメッチャ流行ってんぞ!」
「マジか!? いや、そんな予感もあったけどさ」
「アレをどうキャッチするかってのを競い合っててさ。宙返りしながらとか、スピン入れながらキャッチとか、みんな夢中でさ! 独占販売すりゃ大儲け出来たろうな~」
受ければ売ってどうこう、は洋子とも冗談めいて話題にはしていたが……実際には冗談が冗談では無くなってしまっていたようだ。
「材質が初めて見る代物だってんで、普及品は木や紙、薄い鉄板とかで作られてるんだけど、ヨウコが飛ばしたヤツとは飛び方がダンチでなぁ。あの4枚、今じゃ金貨十数枚で引き合いが来てんだぜ?」
「お? バーバスたち大儲けじゃん?」
「でもあいつ、3枚独占して『家宝にする!』つーて隠しちまったんだよな」
――ありゃりゃぁ? でも再現して密かに流せばワンチャン一儲け……
「まったく金に汚ねぇのもほどほど……おっと、始まるな」