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状況の人、強襲作戦実行中5

「女相手にも容赦ないのね」

 洋子がシーエスに凄んだ。

「彼女は陛下の優秀な側近である。事実、彼女は刺されても斬られても懸命に戦い、現場に向かった兵の内、十数人が後方送りにされてしまったくらいだ。そんな陛下の御意に身も心も準ずる彼女に手加減など甚だ礼を失すると言うものであろう。貴殿と同じようにな、異世界の勇者どの?」

 シーエスもまた洋子に凄む。

「大隊どころか連隊級の兵力投入とか、俺たちを随分――」

 エバの手当てを続けながら龍海も嘯き始めた。

「――高く見積もってくれたもんだな?」

「いや、失礼ながらこれでも少ないと思っておった。火竜を撃退したと言う情報が真であるならば、更に兵力を割くべきだと。しかし売国派勢力が郊外でうろついておると言う情報もあって、これ以上は無理でな?」

 ――郊外? 陽動は効いてるのか?

「痛み入るわね魔王閣下。でもポータリアから武器支援を受けているあんたらが、宰相さんたちの事を売国派勢力とかどうとか何の冗談? そういうのってね、あたしたちの世界じゃ『口からクソ垂れる』って言うのよ?」

 洋子の弁に龍海の眉間にシワが寄った。一番最初の訓練時に、あの有名なベトナム戦争映画の訓練教官の話題を例にしたのだが、しっかり影響させてしまった。次は「逃げる奴は○○だー! 逃げない奴は……」であろうか?

 で、その挑発を絵に描いたようなセリフが、兵たちの逆鱗に触れないはずがない。

「貴様ぁー!」

「閣下に対して何と言う不敬な暴言をー!」

「取り消せ! 取り消して閣下に詫びろー!」

 ワーワー、ギャーギャー! 周りは騒然となった。しかしそんな四面楚歌的なシチュになっても、

――やれやれ……

と、肩を竦める程度にしか堪えなくなった龍海。洋子では無いが、自分の心臓にもずいぶん毛が生えてきたものだと自嘲せざるを得ない。

 しかし当のシーエス閣下、不敵な笑みを浮かべながら。

「ふふふ、おもしろいセリフを頂いた。いつか使わせて貰うとしよう」

 小娘の挑発に、そうは簡単に乗るほど感情的では無かった。

「さて……」

 シーエスは皮肉めいた笑みを引っ込めると、場を仕切り直すべく切り出した。

「我らの行動に対し、宰相をはじめとした勢力からは何らかの意思表示が有るものと考えてはいたが、このようなテロまがいの行為に至ったのは甚だ遺憾である。これが彼らの真意と考えて良いのであるな?」

「シノさんは惚れた女を助けに来ただけよ。システさんたちがそれに乗っかるかどうかは彼女らの勝手じゃない?」

「惜しいな。貴殿らが最初から我が方に降臨して、陛下が見染められたとすれば彼が王配として結ばれることは諸手を挙げて賛成していたであろう。呪わしい宿命(さだめ)よの」

「宿命と運命は違うわ。あたしたちがアデリアに転移したのは宿命かもしれない。でも、その目的を変えることは出来るわ。実際にあなた方を併呑しようとしていたアデリアはあなた方と歩調を合わせて共に真の敵であるポータリア・アンドロウムに立ち向かう方向に変わった。あなた方も自分を変えずに内戦となって同胞と血を流し合うか? 同じく大国の横暴に抗い、共に生きる道を歩むか? 運命は自分たちで決められるんじゃないの!?」

「ふふ、さすがは勇者どの。神々からの加護を受けてこの地に参られたことはある。このシーエス、心より感服する。しかし……」

「しかし?」

「我らには我らの大義がある。先の戦の軋轢を乗り越えてこそ我らの未来は輝く、これは領民一同の絶えざる悲願である! さがる訳にはいかん!」

 ウオオォオー!

 シーエスの檄に兵士たちが呼応して雄たけびを上げる。

 味方であったならば実に頼もしい限りであるが、龍海&洋子としてはマンドクセぇ、な事この上ない。向こうがこう石頭では落としどころも見つけられない。だが、

「異議あり!」

いきなりのオブジェクショーン! な声が野外法廷でもない、この雑草地に割り込んできた。龍海・洋子はもちろん、シーエスやその兵たちもそちらに目を向ける。

 夜明けが近づき、白み始めた東の空からの光に照らされたその声の主は、

「ビアンキ候夫人!」

ティーグや同じ志を持つハスク公夫妻らとつるみ、女性を中心に水面下で反戦派勢力の拡大に尽力していた美しき貴婦人、ティナ・ビアンキであった。

「ビアンキ候夫人、どうしてここへ……」

 ティナは戸惑うメルの前に歩み寄ると跪き、

「麗しきご尊顔を拝し恐悦至極にございます、魔導王陛下。許し無く、いきなり御前に罷り越しました無礼をお許しください」

と、こんな状況にもかかわらず優雅に挨拶。

 ――ビアンキ候夫人……ティーグたちのバックか?

「シノさん」

 洋子に呼ばれ、彼女の見る方向に目を向けると、街道側には多くの様々な階級、職種の女性たちがシーエス兵をかき分けて詰めかけていた。人数は兵ほどでは無いにしろかなりの数で、百人、いや二百人は超えているだろう。

「して、ビアンキ候夫人。先ほどの言は一体どういうつもりか? それにあの女性(にょしょう)たちは?」

 集まった女性たちを一瞥したシーエスはティナに問いただした。

 それにしてもこの魔王、およそ戦場には似つかしくない者たちの登場にも驚きもせず、さりとて不快そうな表情も浮かべてはいなかった。

「言葉通りでございますわ閣下。閣下の仰られたような、過去の遺恨を晴らす事、これを望んでいる者が全てでは無い、そういう意味で申し立てさせて頂きました」

「あの時の思いを忘れよ、と申すか?」

「忘れられるわけがありません。愛しい夫を、父を兄弟を、息子を、家族を失った悲しみは。私も兄を失っております」

「ならば何ゆえ我らの大義を否定するか?」

「そんなつもりは毛頭ございません。私たちはただ……」

「ただ?」

「再び悲しみに暮れる日々を過ごすのがイヤなんです」

「そうです!」

 詰めかけた女性陣から同調の声が飛んできた。

「もう、あんな思いは御免です! 今、ようやく立ち直ったのに!」

「あたしの夫は前の戦で戦死しました! 今度は息子が徴兵されています! 侵略者相手ならいざ知らず! 同胞同士で戦うなんて!」

「兵を引いてください!」

 次々心情を吐露する女性たち。戦いに身を置いてはいるが、元日本で暮らしていた龍海や洋子にとっては、多少甘いところはあっても彼女らの身上を理解するに近いものがある。

 だが。

「黙れ! 女ども!」

 兵たちからも当然の様に異論が出てきた。

「誰のおかげでお前たちが家でのほほんと生きていられると思ってんだ!」

「俺たちが今、閣下と共に立ち上がらなけりゃ本当に国が亡ぶんだぞ! それがわからんのか!」

 自分達の思い、存在が否定されて面白いはずも有るまい。が、

「女は家でおさんどんでもしてやがれ!」

「引っ込んでろ!」

どんな時でも言葉は選ぶべきだろ、と思う龍海。その後先考えない言葉のせいで、

ダダダダダダダダ!

パパン! パン! パパン!

「う、うわぁ!」

「ひいい!」

ミニミ担いだままブチ切れる女勇者様がいらっしゃるのだぞ、と。

「いま、引っ込んでろと言ったやつ、前に出ろ!」

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