状況の人、強襲作戦実行中3
脱出路は意外に狭い構造であった。
大柄なウルフやオーガだと頭を屈めて走らなければ耳や角が天井に擦りそうである。しかし洋子やメルはもちろん、龍海が通るには問題無い程度ではあるものの、装備を抱えて全力疾走できるほどの余裕は無い。”必要にして十分”の見本のような施工と言えよう。
龍海はこういった秘密通路と言うのは、創作ものではお馴染みだが実際に使うのは当然、初めてだ。
これだけ狭いと追撃があっても相対するのは常に追手の先頭。それが倒れれば障害物の出来上がり、大人数であっても追跡速度を落とす事が出来そうだ。
逆に出口側から攻められると脆弱となる訳だが、そのための「内側からしか開けられない扉」なのだろう。しかも最近の改装で城側から二つ目までの扉は出口側からも鉄の閂が掛けられるように改造されており追撃を阻むようになっている。もっとも今回はエバが追走してくるはずなので施錠はしないが。
城下外に落ち延びるための脱出路だけに距離はかなりある。にも拘らず壁や天井は石造りで頑強に作られており、銃の衝撃波程度では落盤の危険は無さそうだ。
「あとどれくらいあるのかしら?」
先頭の洋子が前方をフラッシュライトで確認しながら呟いた。
「余もここを通るのは初めてだ。しかし、先ほど4枚目の扉を通過したし次は出口のはずだ」
「暗いし狭いしであまり速度が出せないのは歯がゆいな。せっかく追手の気配が無いというのに」
「先回りされてるよね~」
「間違いねぇな。すんなり出してもらえるとは思えねぇ。まあ、やり方は如何様にもあるけどな」
「タツミ……」
「ん? 何だメル?」
「今の余の立場で言える事ではないのは分かっている。だがしかし……」
フラッシュライトのみの暗がりの中、更に暗い顔をするメル。龍海としては言いたことは分かっているつもりではある。
だがそんなメルに洋子は言った。
「だったらさ、外で待ち伏せしてる連中に『流血は望まない、手を出すな。この者たちの言う通りにして引っ込んでろ』って言ってくれるかしら?」
「そんな! それではシーエス領民の思いを見捨てる事に!」
建前であろうと一応シーエスの行動は仇敵アデリアと手を組む売国勢力からメルと祖国を守るという大義がある。龍海と洋子はそんな売国連中の手先であり、敵国の国民も同様であるに、それに応じるというのはシーエス軍兵の想いを否定することになる。メルとしてはそれは忍びない事であろう。
「出来ないわよね? あなたは異世界人であるあたしたちに、無理矢理連れて行かれるって状況が一番波風が立たないって事で、こうなってんだし?」
「……」
――最近の洋子の覚醒ぶりって……不安になるくらいだな……
メルに意見する洋子を見て龍海はそう思わざるを得なかった。が、そもそも自分の伸びが遅いのでは? と言う思いも。やはり勇者の称号は伊達では無いか?
「メル、君の気持ちは理解してるつもりだよ。だけど今は、俺たちは悪役をやるよ」
「タツミ……」
「言うまでも無く、俺たちだって殺戮が目的じゃない。てか、やっぱ君の兵士たちだし出来る限りケガしてほしくないよ。どうしてもって時以外はね」
「あたしたちはシーエス兵のヘイト買うことになるんだから、あんたも少しくらい背負いなさいよ」
「……すまない。自分の事ばかり……」
「仕方ないよ。洋子がアデリアに召喚されてからこっち、俺たちはもちろん、君たちも振り回されてるわけだしな。お、最後の扉が見えて来たぞ」
龍海はライトを集光させて、照らしてみた。遠くにボンヤリと鉄扉が照明に浮かんでいる。手前20m辺りから坑道は広がり始め、出口は今までの隔壁よりも大きめである。
「ここからはほぼ直線で30mくらいか。洋子? 俺がブッ放すのと同時に、周りに魔法で防御幕張れるか?」
「何を撃ち込むかは、大体予想つくけど……落盤とかしないでしょうね?」
「坑道込みで強化魔法も掛けて欲しいんだ」
「無茶言うなぁ。んじゃ、もうちょっと近づこうよ。さすがにこの距離はしんどいわ」
「な、何をする気だ、タツミ?」
「何って、扉を開けるんだけど?」
「開けるって……ならば扉に赴いてカギを外して出ればよかろう!? なぜわざわざ遠くから開けるような言い方をするか!? イヤな予感しかせんではないか!」
「索敵してみたんだがな、扉周りには誰もいないけどその周りにかな~り潜んでるみたいでな? 多分、扉が開いた時に誰もいないと思わせて表に誘おうとしてんじゃないかな? んで、後ろへ回り込めるところまで俺たちが前に出た瞬間、押し寄せて取り囲むって寸法だと思うんだよね~。んじゃ、洋子先頭、メルは俺の前にしゃがんでくれるか? 二人とも出来るだけ頭を低く」
龍海は再びサプレッサ付きM9を取り出し、
バシ! バシ!
と二発、扉に向かって撃ち込むと、今度は収納から本命を取り出した。その物々しい得物を見て、
「タツミぃ~!」
魔導王陛下涙目。
カン! カン!
張り込んでいたシーエス兵は、脱出通路出口扉から金属同士が当たったような音を確認した。
「感あり! 賊が出てくるものと思われます!」
「総員姿勢を低くし潜伏せよ! 彼奴等が完全に出てくるまで手出しはするな! 立て込まれては厄介だぞ!」
現場指揮官が小声で周りに指示を出す。そこからまた、小声で順々に指令が伝達されていく。
出口右翼隊
「連中が飛び出してきたら後ろに回り込むぞ!」
出口左翼隊
「右翼と合わせて突撃する! 退路を断ち、脱出路に籠らせるな!」
待ち伏せ班はそれぞれ剣や槍を握り直した。敵は今に扉を開けて姿を現す。相手は敬愛する魔導王陛下を拉致し、売国奴に引き渡そうとする痴れ者だ。
――目の前に現れれば俺が正義の鉄槌を下してやる!
隊員はいずれもそう思っていただろう、シーエス勢の士気は旺盛だ。総員がこれから不埒な賊が出てくるであろう扉に注視した。
扉の前は大して背丈の無い、せいぜい膝下程度の雑草地である。それが城壁に沿って通る街道まで、扉から左右5mの幅で30mほど続いている。その周りは樹木が茂り、雑草の丈も高くなり、待ち伏せ班の兵もその中に潜伏している。
先ほどの金属音は扉を解錠する音に違いない。
やがてその、鉄の扉がゴコン! とか響く鈍い音を立てて開き、彼奴らが出てくる。みな、深い呼吸をして猛る血を押さえながら、その音を待った。
しかし、彼らの耳を襲った音は……
ドッガアァン!
「ひ!」
ガラン! ガガン、ガン!
「な、なんだぁ!」
それは確かに扉が開かれる音だった。だが想像していた音とは全く次元の違う音だった。
扉は耳を劈くような轟音と共に吹っ飛び、街道に向かってガランガランと転がっていった。出口からはもうもうとした煙幕が吹き出ており、その周辺の状況を見抜くのは非常に困難だった。
出口からの距離が6mほどしかない後方担当班の兵の耳は真夏の蝉時雨の如き耳鳴りに襲われた。