状況の人、強襲作戦実行中2
「知らぬ事とは言え、陛下の王配となられるお方にこの非礼。どのような仕置きも受ける覚悟にございますが、怖れながらこの場は陛下の御身の御安全を第一として頂けますと……」
「当然ですよ。俺たちは陛下を救出に来たのですから」
このまま聞いていると延々謝罪されそうだと感じた龍海は早々に話題を切り替えた。電動ノコは収納に戻す。
「来てくれたか、タツミ……」
低頭するエバの横を抜けて龍海に寄るメル。そのまま龍海の胸に顔を埋めてきた。
「メル……」
龍海もまた、メルを抱きしめた。ギュッと強く、では無く、ふんわり包み込むように。
「シノさん?」
だが今は、想い人との再会と無事の喜びを堪能する時間、それをそれほどかける訳には行かない。洋子の声に頷き、本来の目的遂行に頭を切換えて龍海はメルの説得に入る。
「脱出するぞメル。緊急時の脱出路の入り口が執務室に有るんだったよな? そこから城下外へ出るんだ。その後は臨時政府が立ち上げられたエームスへ向かう!」
「王都を……捨てるのか?」
「捨てるも拾うも無いよ。君の安全が確保されてないとシステさんたちも動きようがないんだ」
「しかし……シーエスとて余にもモーグ市民にも危害は加えておらぬ。しかるにモーグを離れるのは……」
「君が居るところが王都だろ! 君は魔導王国の象徴なんだからな!」
「う……だが……」
「陛下」
エバが割って入る。
「そのシーエス閣下の真意を見定めるためにも、ここを離れるべきかと私も考えます。和解であれ討伐であれ、陛下はより多くの民意と共にあらねばなりません」
「……そ、そうか……わ……わかった……」
彼女が釈然としないのは当然であるが、エバの注進が今一番理に適っている。メルも同意のやむなきに至った。
と、エバがメルに上着を羽織らせ、執務室に向かうべく部屋を出ようとした時、
プオォー!
廊下から小さな角笛の音が響いた。
プポオォー「げほ! げほ!」ブボォ!
倒れた衛士が異常を知らせるため角笛を鳴り響かせたようだ。時間がたって痛みに慣れたのか、ポーションでも携帯していたのか? とにかくこれで他の兵がここに殺到してくるのは確定だ。すぐに脱出しなければならない。
「行くぞ、メル!」
龍海が先頭を切り、4人は執務室に向かった。負傷させた衛士にはポーションを投げ渡しておく。
止めを刺される、と覚悟していたのにポーションを宛がわられて意外そうな顔をする衛士を尻目に執務室を目指す龍海たち。執務室に入るとエバが即座に施錠して、部屋中央の机に向かった。
「机に隠し扉のスイッチか何か?」
「ええ、こちらから操作するとウエイトが降下し始めて、脱出口が現れる仕組みになっております」
机に着いたエバが下に潜り込んで何やら操作し始めた。その間に、
「タツミ……」
メルが龍海に聞いてきた。床やソファに横たわる控えの衛士たちを見つめながら。
「この者たち……まさか、殺したのか……?」
メルの目は怒り、も見えたが恐怖や悲しみ、疑惑などが混ざり合った微妙な目であった。
理由はどうあれ、彼らも魔導国の臣民。メルにとっては愛しい国民であることに変わりはない。
「薬で眠って貰った。しばらく経てば目は覚ますさ」
「しかし、廊下の二人は……かなりの出血を!」
「距離があって同じ手は使えなかったんだ。でも急所は外したつもりだよ」
「大丈夫よ、角笛吹くくらいの体力は有るんだし、ポーションも落としといたしね」
「で、でも、でも……」
ズウウウウン……
机が移動し始めた。やがて人一人は余裕で入れそうな入口が顔を出してきた。
エバが入口の戸を開き、
「陛下! こちらへ……」
とメルを招いた。
それと同時に廊下奥の方から、
「どうした! 何があった!?」
増援が到着する声が聞こえてきた。足音からしても結構な人数が集まって来ている。
龍海の索敵で感じ取れるだけでも十数人は居そうだ。龍海は収納から曲銃床の89式小銃を取り出した。
「洋子! メルを連れて先に入れ! 俺は出来るだけここを押さえておく! 最後に擲弾で天井を崩して分断してから追いかける!」
「了解! まさかあの連中にやられる事は無いと思うけど、気を付けてね。さあ、行くわよメルさ……」
「やめてくれタツミ!」
洋子の声をかき消し、龍海の腕にしがみ付いて叫ぶメル。
「其方の武器は強力過ぎる! 余の兵を死なせたくない!」
「う……」
王として自分の兵が傷つくのを目の当たりにするのは辛かろう。帝国や皇国との闘いであればともかく、本来は手を結びあうべき者同士、しかも原因は自分……
権力者になった事は無いが、それくらい想像するのは龍海にも容易だ。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。
「私にお任せください」
「え?」
「私が彼らを食い止めます。その間、閣下と勇者さまは陛下と共に!」
「叔母上!」
「ご安心を、陛下。狐火で怯ませて時間を稼ぐだけですわ」
エバからの申し出、龍海は瞬時に決断を下した。
当然メルは兵と同様、叔母であるエバを残して行くのにも抵抗するはず。だが少なくともよそ者の侵入者である龍海が応戦するよりは、彼女の方が角は立たないだろう。兵たちも王の侍女長となれば矛先が鈍る事も期待できる。
「わかったよエバさん。でも、あとから必ず来てくださいね!?」
「た、タツミ!」
「もちろんですわ。侍女長の私が陛下の傍を離れるのは用足しの時くらいですし。では、ちょっと憚ってまいりますわ」
王族の侍女としては些か品に問題が有りそうな冗談を飛ばすと、エバは廊下に出て扉を閉めた。
「叔母上! 叔母上ー!」
「行くぞ、メルこっちへ!」
「放せタツミ! 叔母上を置いては行けん!」
「聞き分けなさい! メル!」
「う!」
洋子の一喝がメルの耳に炸裂した。息がかかるほど顔を近付かせて、勇者さまの説教開始だ。
「シノさんが相手では双方伸るか反るかの戦闘になるわ! でも、エバさんなら、王の侍女なら躊躇も期待できる! これが最適解なのよ!」
「し、しかし!」
「あなたの叔母さんを信じなさい! あなたの兵を信じなさい! そしてあなたはエームスへ行くの! あなたを信じるシステさん達の下へ行くの! わかる? わかるでしょ!?」
「う……」
一気に捲し立てる洋子。正に正論の嵐だ。メルと一緒に、龍海も圧倒されそうだ。
「よし、行こう!」
龍海はまだ未練を残していそうなメルの腕を引っ張ると、最初に洋子、次いでメル、最後に自分が脱出路に入っていった。
「侍女長殿! どうか道を開けられたい! 我らは陛下の御身をお守りする命を受けております。我ら一同、忠勇なる侍女長に剣を向けたくはありません! どうか、どうか!」
角笛によって駆けつけてきた衛士隊の隊長が、執務室の扉の前に立ち塞がるエバに懸命の説得を試みていた。
しかしエバも、当然引き下がる事は有り得ない。一分一秒でも踏みとどまり、彼らによる追撃を遅らせる、あわよくば断念させたいところ。
「貴官がシーエス閣下の命に忠実であろうとするその姿勢、お心持、心の底から敬服いたしますわ。なれど貴官と同様、私も主命によりここに罷り越してございます。一歩も引く訳には参りません!」
ポ! エバの両手から狐火が現れる。
衛士隊も剣に手をかける。
「では……どうあっても?」
「お互い……譲れないことはございますわね?」
「残念です……」
「ええ、全く」
隊長は大きく息を吸い込み、6割がた吐き出したところでピッと溜め込んだ。
「是非も、無し」
「双方、主命に殉ずるのみ」
エバは全身に念を込め始めた。青い狐火がまるでオーラの様にエバの身体にまとわりついて来る。その怪しくも美しい狐火に敬意と恐怖を感じる衛士たち。
妖狐覚醒の瞬間だ。
「抜っ刀ぉ!」
隊長の命に衛士隊の全員が一斉に剣を抜いた。
「突撃用ー意!」
衛士たちは腰を落とし、軸足に力を込め始めた。号令と同時に開放するために。
「前へー!」
うおおおおぉおー!
障害を排除し突破するべく、兵たちの雄たけびを上げた吶喊が始まった。一斉に突撃を開始する衛士隊。対して、
「フオオオオオオァァァー!」
エバも呼応する様に妖狐の咆哮を上げる。
同時にエバの眼は一気に充血し真っ赤になって吊り上がる。
口は耳元まで裂けて、鉄でも砕きそうな鋭い牙が露わになって来る。
そしてその太い尻尾は一閃が走ったかと思うと九つに分かれて広がり、凄まじい妖気、魔気を拡散した。
主命対主命、一歩の譲歩も有り得ない忠臣たちの戦いの火ぶたが切って落とされた。




