状況の人、強襲作戦実行中1
更に、
(ぶふぉ!)
わき腹から肺に向けての強力な一撃。ミラーの意識が一瞬で遠のいていく。
その消えかけた意識の中で最後に見たのは、
――ふ、フクロウ族! 遊撃隊の夜戦部隊……
龍海を運び、ミラーを侵入の障害として、共に排除攻撃をしてきた空間機動遊撃隊の戦士の顔だった。フクロウ種の鳥人は鳥類のフクロウと同じく羽音がほとんど聞こえず、龍海の迷彩魔法と相まってほぼ完全に音と気配を消していた。
屋根上の脅威を排除した龍海は洋子とその運搬役の遊撃隊兵を誘導、取りつかせた。
「ありがとう曹長。後は俺たちに任せてくれ」
スタンガンを腰のポーチに仕舞いながら遊撃兵に撤収を促す龍海。
「は! 我らは計画通りトライデント軍曹と合流・待機します。何かありましたらすぐ!」
遊撃兵は敬礼の代わりに小さく頭を下げると、また音もなく翼を広げ、闇の中へ滑空していった。
――さて……
屋根から暗視眼鏡V3越しにバルコニーを臨むと、不寝番が一人だけ警衛に立っているのが見えた。続いて左右の回廊を見渡す。他の警衛との距離は15mくらいはあるか?
龍海は洋子と目を合わせると、「二人で同時降下、歩哨を火器不使用で無力化」とハンドサインで要領を確認。
高さは約5m。本来ならロープ降下で突入となるところだが、今の二人の身体強化魔法能力ならばそれも不要、一気に攻める。
タン!
二人は間を置かずほぼ同時に降下。歩哨の前後に降り立った。
「!」
いきなり空から降ってきた侵入者に歩哨はミラー同様、成す術はなかった。背後に降りた龍海に口はもちろん、鼻まで塞がれて呼吸を止められた。そして間髪入れず、
ボグォ!
洋子が強化した拳をわき腹に食い込ませる。
肋骨が折れたかと感じるほどの衝撃を喰らい、歩哨の脚の力は一気に抜けた。
ビビビ……
洋子が再現によって出されたガムテープをゆっくり伸ばし、歩哨の口に巻き付ける。続いて後ろ手に拘束、足首にも巻き付ける。
歩哨の無力化に成功した龍海は扉に張り付いた。索敵+を起動して執務室内をスキャンする。
――1……2、3人か……
執務室内には3人の兵が詰めていた。一人は起きてソファに腰かけているが、他の二人は寝そべっている。彼らは恐らく交代要員で仮眠中なのだろう。そのため扉には施錠はされていなかった。
「……」
龍海は小瓶を取り出して洋子に見せた。中身はマティから喰らった熱で気化するあの催眠薬だ。ガスによる制圧、二人はV3を外して防護マスクを装着した。
念のため、龍海が扉の丁番にオイルスプレーを使い、じゅるじゅるじゅる~と、極力音を出さないよう小出しに吹き付けてフリクションを低下させておく。
次に洋子が扉をゆっくり、ほんの少し開ける。その隙間から瓶を中に忍ばせる龍海。続いて念を込めて火魔法を発動、小瓶内の薬を加熱し、気化させた。
気化を確認すると洋子が、あのフリスビーを操った風魔法で兵たち周辺に誘導。
「ん!」
ソファに座り、うとうとしかけていた控えの兵が妙な臭いに反応し、目を見開いた。
だが既に遅し、開いた瞼はすぐ全力で閉じようとし、眉毛だけが吊り上がるも、やがて力なく元の位置まで下がり、兵は一段とソファに身体を沈ませた後、意識を失った。
催眠ガスの効果を認めた龍海は瓶をバルコニーに移すと、執務室内に侵入した。洋子が更に風を制御し、室内のガスをバルコニーから外へ追い出す。
防護マスクを外した二人は仮眠中だった二人の昏睡を確かめると廊下側の扉に向かった。索敵を使って廊下内の警備を探る。
「……メルの居室前に二人だ。この連中はその交代も含めてるんだな。他は……いないな」
「距離は? 素手で行ける?」
「約8m、微妙だな。こっちか」
龍海はM9(ベレッタ92F)を取り出した。銃口にはサプレッサーを取り付ける。
自衛隊やグァムでの実射経験があると言っても、フルオート銃やサプレッサーの所持は米国でも特別な許可・免許が必要で、龍海は未経験だった。
そこで金属の内部仕切り板を採用しているエアガン・モデルガンアクセサリーをベースに強化し、M9の8mmほど飛び出た銃身にネジ立てダイスで細めピッチのネジ山を切って装着可能に改造したのだ。なぜM9をチョイスしたかと言うとそれ以外に加工可能な、銃身が突き出しているモデルはM9以外触った事が無いからだ。
M9は9×19mm弾を使用するが、通常の9㎜弾は初速が音速を越える。観光客に過ぎない龍海はサプレッサ用途に必要な亜音速弾は実物を見た事も触った事も無かった。そこで弾頭にドリルで穴をあけて水銀を封入し、弾頭重量を稼いで初速を押さえてみると、消音効果が増したのでこれを二弾倉分準備しておいた。
「俺がやる。洋子は扉を」
龍海の指示に頷くと、洋子は扉の取っ手を掴む。一息深く吸って気を整えると、龍海は小声でカウントダウン。
「3、2、1、GO!]
バァン!
扉を一気に解放する洋子。同時に龍海が飛び出し、洋子もG19を抜いて続く。
「だ、誰か!」
衛士は誰何しながら敵襲を含む異常事態の発生を察知。瞬時に槍を身構えるも、
バシ! バシ!
バシ! バシ!
高音が極端に抑えられた銃声が、4回鳴った。
「ふぅ!」
「くぉ!」
腹に9㎜弾を2発ずつ喰らった衛士はほぼ同時に崩れた。
「あが! ぐああぁ」
激痛にもんどり打つ衛士たち。その二人をはねのけて、龍海らはメルの居室に張り付くが、ここは施錠されていた。
大声を出してメルに解錠を求める訳にも行かない。映画だと、こういう時は銃で鍵穴を撃って破壊したりするのだが、実際はそんなに都合よく解錠されるように壊れてはくれない。
散弾銃を使えば吹っ飛ばせる確率は拳銃弾などより高くなるし実際に行われている。しかし音は消せないし、なにより室内のメルたちに被弾しては……
当然、龍海はこんな状況は容易に予想出来ていたので、再現でそれ用の道具を作っておいた。生前()工場や現場で使用していたバッテリー式電動ノコ切りである。それを収納から取り出して扉の隙間に厚さコンマ6mm程度の金属切断用ノコ刃を突っ込み、錠を一気に切断した。
ダン!
扉を蹴り開け、中に入る。すると突然、
「うお!」
龍海の視界一杯に迫って来るメイド服から伸びたスラッとした美脚。
「く!」
ガシ!
間一髪、電動ノコ本体で飛んできた脚を受けとめると、
「フン!」
龍海はその脚をノコごと押し返した。
タン!
脚の持ち主のメイドは少し距離を取ると左脚を踏み込み、尚も左に構えて龍海を狙う。
「曲者!」
更に手の先から蒼い炎が浮かび出る。
――狐火? 妖狐か?
「それ以上、陛下に近付くことはまかりならん! 命惜しくばさっさと去れ!」
狐火が一際大きくなる。と、ここで、
「叔母上、待て!」
メルの声が聞こえてきた。
「大丈夫だ、タツミだ!」
その声に、メイドの目が一瞬メルに泳いだ。
「この方が? 陛下が見染められた?」
「叔母上は初めてであったからな、無理もないが」
「……失礼いたしました、シノノメ閣下。わたくし、陛下の下で侍女長を務めまするエバ・シィリンジャ―と申します」
メルの執成しでメイド――エバは姿勢を正し礼を尽くしてきた。
――やっぱ閣下なの? 俺?