状況の人、連行される5
「ご配慮痛み入ります。ささ、洋子様。行きましょうか?」
「ちょっとまって。最後に一つ言いたい」
そういうと洋子は立ち上がり、アリータの前に歩み寄った。
「謝って」
「は?」
「謝って! 一言でいいから謝って! あたしはね、昨日まで普通に高校生してたの! 家族と一緒に暮らしてたの! 週末は友達と遊びに行く予定だったの! あなたたちはそんなあたしの全てを取り上げて自分の都合でこんなとこ引き込んでさ! 責任がどうとか慰謝料とかは今は言わない。だけど謝って! こんな自分たちの勝手な事情であたしを巻き込んだこと、何でもいいから一言あたしに謝って!」
――おいおい……
洋子のいきなりの謝罪要求に肩をすくめる龍海。
しかしまあ洋子の言い分も理解はできる。
彼女は自分の意思に反して何やかやと振り回されるばかりではある。
かと言って、この状況を覆したり、自分の意図を押し通したりするにはまだまだ人生経験が足りなさすぎるのも彼女自身、十分自覚している、せざるを得ない状況。
そんな不安と苛立ちが交錯する中、何か一矢報いたいと言う気持ちは分からんでもないが、しかし今言わんでも……と思う龍海。
唐突に謝罪を要求されたアリータ。彼女はしばらく洋子の顔をじっと見つめていたが、やがて立ち上がり、ゆっくりと頭を下げ、
「此度はサイガさまの都合も構わぬ召喚であったにも拘らず、我が国を救うべくご協力して頂けること、感謝の念に堪えません。宰相としてアデリア王国全国民を代表し、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
と、もう一段頭を低くした。
「な!」
しかし収まらないのは洋子である。
「だ、だれが礼を言えって言ったのよ!? あたしは謝れって言ったのよ! ふざけてんの!?」
まあそう思うところも当然ではあるが、仮にも一国の宰相相手にタメ口どころか罵声とか緊張が弾けて頭に血が昇ってしまったか。こりゃ龍海も中に入らねば。
「はいはい、洋子様。まだ混乱なさっておられるようですが、時間が惜しいです。部屋へ向かいますよ」
「ちょ、何を勝手に!」
「では、宰相閣下、ヒューイット隊長殿、失礼いたします」
「うむ。おい! 誰か勇者様をお部屋へご案内せよ!」
レベッカの指示が侍女に飛ぶ。
待機していた侍女の一人が一歩踏み出し、龍海たちを招いた。
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「何で邪魔するのよ!」
「君が宰相に無茶振りすっからだろ?」
「何が無茶振りよ! 人に迷惑かけたら謝るのが当然でしょ!?」
「政治家は謝っちゃいけねぇの!」
「はぁ!?」
案内された客間に入った龍海と洋子は先ほどの最後のやり取りで口論していた。
まあ洋子の気が収まらないのは普通に考えて仕方がない。
が。
「政治家ってのはな、醜聞で責められたりした時とか失敗した時とか、本音ではさっさと謝って済ましたくても謝っちゃいけないんだよ。謝るという事は自分が間違っていたと認める事だろ? それは自分の政策姿勢も間違っているかもと認めることになるんだな。謝った後、いろんな有意義な政策を訴えても『こいつは以前、間違えてるからな』と考えられちゃうだろ? 政治家としての格も信用も無くなるワケでな。その辺うまくあしらわないと選挙でズドーンと落選しちゃうんだな。野党が与党の連中に言葉の切り取りと曲解で不適切発言認定して『謝罪しろ!』って喚くの聞いたことあるんじゃないか? あれも謝罪させれば『奴の信用を落とした、俺たちの勝ちだ!』とか思ってる訳よ。でも与党は政局や国会運営とかを優先して謝る事も多いけど、比べて野党ってあまり謝らないだろ? ありゃ謝ったら負けだとか履歴に泥が付くとかマジで思ってるからなんだな。委員会とかの運営にそれほど支障がある訳でもないしな。まあそんな感じで、連中にとって謝るってことは、大げさに言えば自死に等しいんだよ。謝意を表す代わりに『配慮が足りませんでした』とか『ご指摘は今後の糧とさせて頂きます』とか、そんな逸らかした言い方するのはそういう事なんだよ」
「……」
「宰相はあれでも謝ってんだよ、お礼と言うオブラートに包んでな。政治家としちゃ見本的な処理の仕方だな」
洋子はボーっとしていた。政治家の不文律もさることながら、龍海のキャラにも混乱しているらしい。
「東雲さんてさ……」
「うん?」
「変わってるよね?」
「うん、まあな。基本、オタだしな」
「そうじゃなくてさ……ううん、だからこそ変わってるなって。今の政治家の話もそうだけど、さっきのアリータさんとのやり取りだってさ、宰相って総理大臣みたいなもんでしょ?」
「おお、女性で宰相とか現代日本より進んでるか? 歳はそこそこ行ってるみたいだけどなかなかどうして綺麗なお胸してたし!」
「どこ見てんのよ!」
やっぱり見てましたか。
「そうじゃないって。そんな人相手に駆け引きとか、知らない情報聞き出すとか普通出来ないよ!?」
いや洋子さん、あんた散々タメ口聞いてましたやん……
「いや~、結構心臓バクバクだったんだけどな~。サマになってた?」
「あの、だからさ……」
「俺が元陸自なのは言ったよな? 部隊にもよるけど営内じゃさあ、多少の階級差だと君じゃないけど結構タメ口聞いてるところも多くてな。でも訓練や演習時にはそれがコロッと変わるんよ。その階級・役職に沿った人格を作って事に当たるんだわ。俺たちはそれを状況の人になるって言ってたんだけどね」
「じゃあ、アリータさんとのやり取りも?」
「意識したわけじゃないけど、こんな感じかなあってのめり込んじゃったな」
「ついさっきの政治家の事だって……」
「ああ、俺の親は以前町工場経営しててね。似たような規模の経営者が集まる親睦会みたいなのがあってな? 政治家は票田が欲しいからそういう団体の顧問だとか名誉会長だとかやるんだけど、盆暮れ辺りには本人が挨拶に来たりするんだわ。そこで与党代議士に直接聞いた話なんだよ。『ホント、頭下げて済むんならさっさと謝ってゴタゴタは早く終わらせたいってのは山々なんですけどね~』とかボヤいててさ。その他にも敵は野党ばかりじゃない、って話とか、エロスキャンダル疑惑議員のオフレコ話とか色々聞いててさ、連中には連中の道理とか矜持とかがあるんだな~とか……ん? どうした、ボーっとして?」
「あ、ううん。あの、なんだかんだ言ってもその……」
龍海の言う通り、ボーっとしながらも洋子は言葉が洩れ出すように、
「東雲さんて、大人なんだなぁって……」
今の龍海に対する印象を吐露した。
「え? そう見える? う~ん、自分じゃ自覚ないなぁ。この歳になって嫁さんはおろか彼女の一人も居ねぇし」
「年齢=彼女無し?」
「正~解。銃やアニメのオタ友と、くっちゃべってる方が楽しくてなぁ」
と後頭部掻きながら笑う龍海。