状況の人、作戦立案中5
「まったく……こんな揉めてる場合でもあるまいに……」
システが頭を抱えるようにボヤいた。
「すまんなシノノメ。あいつは火竜討伐疑惑に今回の陛下への謀反騒ぎ、不快な事案が続いたんでイラついておってな」
「お気になさらずにポリシック閣下。実際私は、よそ者であるのは間違いありませんからね」
「なるほど。よその国どころか、よその世界から来たんだものな、ははは」
「オーバハイム閣下は保守的なんでしょうかね?」
「おいおい、ここに至ってわしらに敬語は有るまい? 普段通りに話せばよかろう?」
「恐縮です。しかし閣下と初めてお会いした時が時ですから」
「見どころがある、とは思ったが異世界からの勇者とはな。あの時わかっていれば、絶対にアデリアに帰さず我が領地に留まって貰うところだったであろうに。まあそれはともかく、今ではそなたは陛下の王配候補だ。わしらの方が敬う立場だぞ? 陛下にタメ語でわしらに敬語じゃ格好がつくまい?」
「一度クセになりますとねェ、まあでも努めて。ところで閣下はオーバハイム閣下とは昵懇で?」
「ああ、お隣さんと言う事も有るが、夏の貿易ではあそこの港を使わせてもらっているからな。あいつが小さい頃からの付き合いなんだ」
「火竜の事を、さま付で呼んでたけど?」
「うむ、見ての通り彼女は竜人でな。竜人族は古代龍を自分たちの祖として崇める者が大半なんだ。ほとんど宗教に近い」
「ようシノノメ。実際のところはどうなんだ? 火竜が目撃されたところは俺の領地の端だったから気を付けちゃいたんだが」
モノーポリも入って来た。確かにイーナの村は国境に近く、下級魔族のゴブリンとも遭遇したわけだが、なるほど位置的にはモノーポリ領付近であった。
「あ~、何と言えばいいのかなぁ。火竜とやり合ったのは確かなんだけど……」
「マジか! 古代龍にケンカ吹っかけて生きて帰っただけでも大したもんだが? 一体どうやって!?」
「う~ん言っていいかなぁ? ちょっと待って?」
龍海は雑嚢に入れてきた無線機のスイッチを入れた。
「カレン、送れ」ザッ
(……なんじゃタツミ? 会議の最中では無いのか?)ザッ
「いや、実はな……」
かくがくしかじか……あれこれしかじか、あーだこーだ……
(なるほど、我が出向いた方が容易に話せるという訳か)
「やっぱ話すにしても、お前の立場とか心情とかを無視する訳にはいかないしさ」
(そっか、あいつがのう。よかろう、今行く)
快く応えてくれたカレン。彼女が到着するまで龍海はその場を雑談で繕った。
「か! かかかかかか! か! 火竜さまぁー!!」
クソから……もとい、お花摘みから戻ったオービィは火竜のカレン(人型Ver)を前に平身低頭……どころか、硬直して血流も止まったかと思うくらい蒼白な顔になってしまった。
「わ、わかるのか、オービィ? わしには普通の美魔女にしか見えんが?」
とポリシック。わかって言ったのか、熟女趣味なのかは不明だが、美魔女と言う言葉を口にしたことでカレンはちょいとご機嫌割り増し。これが熟女ならギリセフセフ。BBAかそれに類する言い方だったらどうなるかは言葉にする必要もあるまい。と、それはさておき。
「気で分かる! 我ら龍族と同様の、いや、はるかに強大で高位で神聖なる波動!」
「何なら元の姿に戻って見せようかや?」
「いえいえいえ! そのようなお手間は! あああ、敬愛してやまない火竜さまが今、目の前に! この思い、なんと、なんと形容すれば……!」
「オーバハイムんとこの娘じゃったな? 大きくなったのう~。すっかり一人前の竜女よの?」
「え!? あ、あたい、いえ、私の事をご存じで!?」
「お主、生まれは西方の山荘では無かったか? 泣き声が随分元気良うてな。思わず近くまで降りて覗いてしもうてのぅ、母君をびっくりさせてしもうたわ」
「は、母上が『おまえは火竜さまのご加護を受けたことがあるのだよ』と申していたことは真だったのですね! か、感激でございますわ!」
そう言うとオービィはいきなり跪き、カレンの手を取るとその甲に思いっきり強烈な口付けを。なるほど、そんな過去があればあの崇拝具合も納得モノ、と何気に頷く龍海。
「じゃあ、なんでお前の方から会いに行かなかったんだ? 俺のところで目撃されたって話は届いて無かったのか?」
「そういう問題じゃないんだよ、おやっさん! こっちから出向くなんてのは古龍さまの自由に影を落とす事になるんだ。古龍さま方のご自由でこちらに出向いて来られればそのご尊顔を拝ませて頂くけど、こっちから望むなど不敬に当たるんだ! ハ! あたいったら血が昇って思わず口付けなんて! あああ、何と言う不始末を!」
自分の愚行に思いっきり顔を赤らめ……いや、ほぼ全身が赤く紅潮してしまっているオービィ。水をかけたら一気に湯気と化してしまいそうな勢いだ。
「よいよい、そう畏まるなオービィ。これも何かの縁、お主が思うならば、いつでも会いに来るがよいぞ?」
「いつでも!? な、なんという勿体なきお言葉! 恐縮至極にございます~!」
――うっはぁ~、こりゃ宗教以上かも? カレンとメルがケンカしたら、どっちに付くんだろ?
「とまあ、そういう訳でな。我はこのようにピンピンしてはおるが、タツミとヨウコに倒されたこと自体は事実と言えるな」
「なるほど得心が行った。まあ、あの時食わせてもらった肉や酒の味を考えれば餌場として、は言い得て妙だな」
「しかし火竜どのは、我らの問題には加勢はされぬと?」
「そこは先ほども申したであろう? 我は餌場としてタツミ個人を守る事はあっても国家の企てには加担せん。タツミの行動が国家の意思によるものであればそれも同じ。古龍の姿で古龍の能力で介入することはあり得ん。そう思われよ」
「噂通り、それが古龍の矜持と言う訳ですか。我らとしては抗う事は出来んな……」
カレンの加勢については龍海も以前から釘を刺されていたのでこの案件はこれで終了であろう。
と言う訳で、評定再会。
「とにかく、陛下を蜂起軍の包囲からお連れすることを目的に立案しようではないか。異議がある者は?」
システが決を採ろうとしたが、唯一反論が有りそうなオービィが委縮してしまったので当然、異議を唱える者はいなかった。
オービィの心持としては結構微妙なもので、顛末はどうあれ龍海はカレンに刃を向けたわけで(まあ実際は銃口だが)良い感情は持てないが、カレン自体が認めている男と言う事で、そこは信じない訳には行かないという、軽いジレンマを抱えていそうではある。その辺は作戦遂行に支障が無ければ、とりあえず棚上げではあるが。
「となると、やはり少数精鋭による潜入。陛下を説得の後、執務室の脱出路から城下外へ、と言う流れとなるが……とにかくどうやって陛下の下までたどり着くかだな」
「真っ当なやり方では潜入できん。壁門、市内、城門を突破して城内を見つからずに最上階に……こんなのは不可能だ」
「各所、警備や検査は徹底しておるだろうしな。業者や営繕の職人に化けたり紛れる事も無理だな。ここはやはり……」
「空からの夜襲……しか無いな」
龍海が市内の見取り図を見ながら結論を出した。
「ティーグ。空の哨戒はどうなってる?」
「シーエス軍はウルフ族が中心だから有翼種は少ないが、それなりにはいる。前線ならともかく、市内全域程度なら十分だろう」
「編成は?」
「飛行可能な1/3から1/4を滞空哨戒。侵入者が見つかれば残りがすぐに迎撃に上がるって寸法だ」
「具体的な数字……滞空哨戒は何人くらいを想定すればいい?」
「おそらく、6ないしは7人前後」
「強襲班の兵員数にもよるが、掻い潜って居室に取り付くにはしんどい数字であるな。シノノメ公、何人で攻める気か?」
「二人だ。俺と洋子、それだけでいい」
「二人!? タツ兄、そりゃ無茶すぎねぇか!?」
――タ、タツ兄って……仲間と認めてくれたんなら有り難いけど、コロッと変わりよるなぁ……まあ敵視されるよりはるかにマシか