状況の人、作戦立案中1
旅の疲れもあって一時間ほど休憩を取り、茶と軽食が振舞われた後に第一回目の会談は始まった。
「我国の帝府の中では、皆一様に首を傾げております。と言いますのも、我ら人間族国家共通の敵である魔導王国の現在の動向の事であります。これに関しては貴国もご承知かと思いますが」
「ゼローワ市を領府とする魔王シーエスの武装蜂起、王都モーグ市の武力制圧の事ですな? あれは我々としても寝耳に水でございました」
会談はルガールからの魔導国における現況の話題から入った。エイルもそれに卒なく受け答えた。
「まだ、蜂起軍の目的、要求、意向等が表に出て来ておらず、こちらとしてはどう捉えたものかと……とまあ、恥ずかしながら我が方は手を拱いているところでございまして。そこでまずは唯一、魔導国と国境を抱えておられる貴国の所見を参考にさせて頂こうと思いましてな?」
「ふむ……来たる大臣級会談にそれを主題にしたいと?」
「そうです。貴国は我ら人間国家の総代として長年、連中の進出を食い止めて来て頂いております。我が方では今回の魔導国の政変は魔族を一気に殲滅する好機なのではないかと、そう考える向きも多いのですが、貴国はどう見てなさるか? 先の戦役では、我が国やアンドロウム帝国も支援を惜しみませんでしたが、今回、もし貴国がこの気に乗じて魔導国を一気に侵攻し、以て大陸の安寧を目指す、と決意なされるのであれば、我らもそれを前提とした方策を考える次第でして」
――支援は惜しまなかった、か。単に盾にしただけ……いや、首尾よく両国を疲弊させる事が出来ればそのまま侵攻する気であったくせに……
交渉において本音と建て前を使い分けるのは当たり前、と言うか重要。本音を出さず、相手を慮ってと思わせる建前を駆使して本音に誘導する。まさに狐と狸の化かし合いが基本中の基本。
一戦を交えるというのであれば支援は任せろとルガールは言う気であろうが、ポータリアが武器や防具をシーエス軍に密輸・供給している事はエイルも当然周知の事実である。更に言えばルガールも補佐のパラムも、そのことをアデリアが知っていない筈は無いと認識していることは誰でもわかるのだが……そこが化かし合いであろう。
「ご存じでしょうが、我国はあの時に魔導国首脳との不可侵条約締結を以て終戦としております。お互いに常駐大使を派遣し合い、不測の事態からお互いの臣民を守るために連絡は欠かせてはおりませんでした。ですから今回も外交使節を派遣し、地方遊説で難を逃れた魔導国宰相に説明を求める方向で動いております。まずはその報告を受けてから……その後の対応はそれからとなりましょう」
などと現況を語るエイル。思惑はともかく今、外交団がエームス市へ向かっているのは事実である。
「存じております。それもその使節、外務大臣が派遣されているとか?」
若干険しくなったルガールの目がエイル外務副大臣を見据える。
王国は各省庁の最高位は大臣とされるが皇国は局長と呼ばれ、王国大臣=皇国局長となる。
龍海や王国の感覚で行けば「局」は省庁の一部門と言う感じなのだが皇国では省=局なんだそうな。まあ、ところ変わればと言うヤツで「そんなもん」として通用されている。
「先ほども述べさせていただいた通りでございます」
「敵国に大臣。そしてこちらには副大臣、でございますか?」
パラムがルガールを補佐する様に突っ込んできた。
「それはまあ……まずは本会談前の調整と言う事で」
「先の戦役で、あれほど我らの支援を受けていて、まさか同じ立ち位置と言うのは如何なものでしょうな? 我らやアンドロウムの支援が無ければここは魔族の領土になっていた、そうはお考えにはならないか?」
「は、はあ……」
パラムがマウントを取ってきた。
いずれその立場等を利用して優位に進めようとするのはルガールも考えていた事ではあったが正直彼は、少し早すぎるのでは? とも思う。もう少し手足を絡めておきたかったところではあったが、まあいい。結果は同じだ。
「もちろん、当時の両国の支援には国民一同、多大な感謝の念を忘れたことは有りません」
エイルは真っ向から受けた。いや、
「重ねて申しますが魔導国の一件には我々も大変に驚いておりまして、ようやく戦役の傷も癒えて復興を感じ取れるようになった昨今、些細な行き違いでまた臣民に戦を強いる事態になる事には、我が国王陛下も大変憂慮なさっておられまして、早急に事の真意を測るべく外務大臣が全権大使として向かったわけでございます。貴国からの会談要請はその直後。かと言って魔導国との交渉が終了するまでお待ちいただくのも非礼と考え、このような場を設けさせて頂いた次第でして」
受け流したと言った方が良いかもしれない。
だがこれはマウントを取ろうとしたパラムの浅さを露呈する形になった。調査・諜報、分析に関しては有能でも、交渉事にはまだ経験値を必要とするところらしい。
「申し訳ない副大臣。貴国の事情など、こちらも承知であるに私の補佐が出過ぎたようだ。ご容赦願いたい」
ルガールは折れるフリをした。
「いえ、情報課長殿のお言葉、全く以て道理でございますので、恐縮の至りにございます」
低頭するエイル。ルガールの目はそこを契機とした。
「今副大臣が仰ったように、今は迅速性が何より大事であると言う事はこちらも同意するところ。故に我が国の見解と立場をハッキリと明示することが吉、のようですな?」
エイルも目の奥に緊張を走らせた。「これは来るな」と。
「実際のところ、貴国はこの成り行きをどう捉えておりますかな? 当方としましては、魔導国内一の武闘派であるシーエスが政権を掌握すると言う事は、紛れもなく我ら人間族国家への武力侵攻の恐れが高まったと思われますが」
――ふむ、まだ絡めてくるか?
「その可能性は我が方でも。しかしながら今現在、主要領主である他の5人の魔王が蜂起軍に同調していないというのがなんとも。シーエスと並ぶ武闘派で鳴らした魔王モノーポリが同調しないのみならず、むしろ穏健派のハウゼン宰相や魔王ポリシックらと足並みを揃え、我が国使節との会談場所を提供するという……いやはや、連中の真意が皆目不透明で、探るのが難航しておりまして」
「しかし、迅速性を以て事に当たるというのであれば……全権大使派遣と言うのは大きな意味を持ちますなぁ」
「はぁ、それ故、外務大臣に全権をゆだねまして……」
「そこだ!」
ルガールの語気が強まった。
「真意を探るが目的であらば、まずは特使を派遣するのが常道でありましょう。それがいきなり全権大使とは!?」
「ですから再三お話しておりますように、迅速性を……」
「それは何のための迅速性ですかな? 真意を我らに気付かれる前にケリを付けねばならない、そうお考えでは?」
エイルは思わず顎を引いた。目線がルガールを窺うような表情になる。
「な、何のお話で?」
「貴国は……古の魔導奥義を発動し、異世界より卓越した能力を持つ勇者を召喚した……そうですな?」
直球が来た。