状況の人、王女様に悩む3
カタ……
洋子が立ち上がった。ゆっくりアマリアに近づく。
目の前に来た洋子をアマリアは見上げる。
ス……
洋子はアマリアを抱きしめた。自分より大きい身体をふんわりと。
「怖いんです……」
洋子の胸で小さくささめくアマリア。
「お稽古事、習い事。熱中している時は忘れる事も出来ました。回復魔法の鍛錬や取り調べの研究などでも夢中になったのは……でも、ちょっとしたはずみに、夜に床に着いて目を閉じた瞬間にそれが湧き上がってきたり……」
「そう……。ん……ごめんね? 知らずに言いたいこと言っちゃって」
「……いいえ……いいえ」
洋子は更に、ほんの少し強く彼女を包み込んだ。
――洋子さん、マジかっけぇっす!
メルの求愛やアマリアとの縁談で混乱することしきりの龍海に比べて、お飾りだったパーティ序列一位が名実ともに真となったと言っても過言ではない今の洋子。年長とは言え――いや、だからこそ、自分は補佐役に徹するべき時が来た、そんな感じさえする。老いては子に従え……てかまだ32歳ですけどぉ。
「なら、着ていく服、準備しなくちゃね」
「連れて行くのかや?」
「こんな状態でこのコを慣れない、しかもこの間まで仮想敵国だった街に、一人にさせる訳には行かないでしょぉ? 少なくともエームス市なら穏健派が集まるし」
「魔導国との擦り合わせのため、外務大臣やヒューイット隊長らの使節団も現在エームスに向かっているはずですわ。保護して頂くにしても、そちらの方に?」
方向性は決まってきたようだ。パーティ入りはともかく、とりあえずエームス市には殿下を連れて行くことになる空気だ。
行くも引くもリスクはそれぞれにあるが、天秤はほんの少しエームス市行きに傾いていると言えよう。龍海としても納得の結論である。何よりアタマから彼女の事をおませでハッちゃけた箱入り王女と決めつけていた自分の不徳。
「OKよね、シノさん?」
「勇者命令かな、それは?」
「命令なんかしたくないわァ、単なるあたしの感想~」
口元を緩めながらも半眼でジトる洋子さん。
その視線を苦笑で受ける龍海。
洋子の胸から顔を起こし、龍海を見つめるアマリア。
「タツミさま……」
「ああ……」
アマリアは洋子から離れると龍海と向き合い、拳を胸の前で重ねて見つめてきた。
そして、願う。
「守って……頂けますか?」
「……」
妙な縁が出来てしまった。いや、この世界に来てからこっち、前世では考えられないほど、考えられるなら映画やアニメの中ぐらいであろう複雑怪奇な縁の巡り合わせに絡め取られている。しかし、
「……ああ」
龍海は頷いた。
「私も、出来得る限り皆様のお力になれるよう努力いたします! ですから、ですから……」
うんうん……再び龍海は無言で頷いた。
「タツミさま……」
アマリアは龍海に身を寄せた。
しがみ付くわけでは無い。両の手を龍海の胸に添えて文字通り、縋るように。
あの夜の襲撃前に抱き着かれた感触とはまるで違う――いや、大人の雰囲気と子供の面影が同居しているのは同じなのだが、その絡み合いが微妙に逆転している。
――守ってあげたい……
メルの時とは違う、初めて感じる保護欲。彼女を守る一助になってみたい、あの泣き顔を笑顔に変える事が出来ればそれは……
ギャップ萌えなどと言う言葉で片付けたくはないが、この一気に深まった縁を断ち切る術を龍海は持たない。
「メルさんに知れたらどう言い訳するのかしらね?」
そんな龍海らを見ていた洋子。などと、面白がって。しかし龍海。
「包み隠さず全てを話すさ。一から十まで全部ね。それで怒られるんなら……気のすむまで怒られるよ。怖いけどな」
「何といっても魔導王陛下ですもんね~」
「でも、意外と『何だ其方もか?』とか言ったりして? ロイですらあんな風に受け止めてるし?」
「そうですよ! 大体シノノメ卿と出合ったのは自分が一番最初なんですからね! 結ばれるのは自分がいの一番ですからね! 怖れながら魔導王陛下も含めて後から現れた女性など、モガゴガグガ!」
カレンがロイの背後から迫り、口を塞いで引き寄せる。カレンの豊満なお胸がロイの後頭部を包み込むが、残念ながらロイには誰得事案であった。
「まあ、お主とタツミの絡みも興味は尽きんが、今夜のところは王女に華を持たせい。しかるべき時が来れば我もちゃ~んと応援してやるからの!」
――何をどう応援する気だ!?
やっぱり龍海の頭は痛かった。
♦
暑さもすっかり和らぎ、透き通った青い空の下、ポータリア皇国情報調査部外事一課の課長パラムは、会談のためにシーケン候領プロフィット市政庁舎へ向かう特使の補佐役としてルガール外務局副局長と共に馬車に揺られていた。
市内に入ってからしばらく走り、小高い丘の上にある庁舎を目指して上りに入る。
「間も無く到着だな、パラム。ここに来るのは何年ぶりだったかなぁ」
「ご一緒したのは対魔導王国戦勝15周年行事に招待された時だったかと?」
ここから見える庁舎はあの時とあまり変わっていない、とルガールは感じた。
「帝の代理として参加されるシキフ第1内親王殿下の随行としての参加だったな。あの頃の儂はまだ西部方面担当支局長だったが」
「今回は特使として、ですけどね。まあ、特使と言うより、事実上の全権大使ではありますが」
「来たる本会談前の擦り合わせ、ではあるが……首相からの通達を見た時の連中の顔が今から楽しみじゃて」
不敵に笑うルガール。
「アデリアからは外務副大臣が来るんだったな?」
「エイル副大臣です。外事課の評価としては、次期外務大臣候補筆頭と目されておりますね」
「まあ事前協議としては妥当か? 通常ならな」
ルガールの口元がイヤらしく歪んだ。
「アンドロウムもそろそろ腰を上げる頃合いだと聞いてるが、その辺りは何か聞いているかね?」
「戦略会議が招集されているとの情報ですが……外務局は水面下で帝国との歩調を探っていると聞いてますしご存じなのでは?」
「そうか。調査部も同じか」
「お互い同時に動くのが理想ですが、こちらとしてはシーエス勢の方の動き次第でしたからね」
「こちらの予想より早く動きよったの」
「と言うより事後連絡と言うのがふざけています、あの犬コロども!」
「まァ良い、時期の問題だけでやる事は変わらんしな。む、到着だな」
馬車の動きが止まり、窓を覘くと既に庁舎前であった。歓迎の衛兵隊が並び、襟を正して特使を歓迎する。
「ようこそおいで下されました、ルガール外務局副局長殿」
下車したルガールとパラムは、待っていたアデリア王国外務副大臣エイルの口上を受けた。
「副局長をお迎え出来ます事、無上の喜びとするところでございます」
抑揚はあるが、中身としては棒読みに近かった。社交辞令なのだから当然と言えば当然であろうか。
「こちらからの急な申し出にも拘らずこの場を設けて頂けた事、帝に成り代わり厚く礼を申し述べます、エイル副大臣」
とまあ、こちらの同様の挨拶。そのままルガールらはエイルに招かれて庁舎内に入って行った。