状況の人、王女様に悩む2
「ほ、本音……そ、そんな」
「なるほど、あんたの言う事は一応筋が通ってるわよねぇ。でも、それが第一じゃないんでしょぉ?」
半眼でジトりながらアマリアを問い詰める洋子。
「あ、あ……」
「あたしはね、そっちの方が聞きたいの! 筋が通っていまいが、道理に合うまいが、あんたの本音! ほんとの理由! それを言いなさい、誤魔化しはナシ!」
う! と呻いたアマリアは閉じた膝の上で両の拳を固く握り俯いてしまった。
――あーりゃりゃ。洋子さん、ホント勇者つーか姐さん的に伸びて来ちゃったなぁ~
龍海より若い分、伸びしろは有るだろうけど、この成長ぶりは……うん、龍海くん立場が逆転しちゃったね! と、それはさておき。
「言っちゃいなさい。誰も怒ったりしないし、笑ったりもしないから。でも今言わなかったら、あとで必ず後悔するよ?」
硬軟交えての洋子の説教、と言うより指導に近いか? それもあってか、泳いでいたアマリアの眼も真ん中に収まりつつあった。
「私は……」
「わたくしは?」
「タツミさま……」
「ん?」
「タツミさま、と……」
「シノさんと?」
「タツミさまと、一緒にいたいです!」
アマリアは顔を上げて洋子の目を見据えて叫んだ。そして目線は龍海に。
「……」
見つめられた龍海は何も言わなかった。ただ、彼女の目線を受けとめるだけだった。
わかっていた答えだった。王国のため、と言う思いもそりゃ有るだろう。しかし、心の底から思っているのは、動かしているのは、龍海への恋心だ。
だが、しかし……
「あんたがシノさんと会ったのは、ついこないだなのよ? どうしてそこまで入れ込めるのよ?」
洋子のため息交じりの問い。
「でも、国王陛下から、お話があった時から私は……」
「お言葉ですが殿下? このまるでお伽噺のような出来事に……重ねて、無礼かと存じますが、殿下は酔っていらっしゃるのでは?」
イーミュウも入って来る。
彼女としても、まだ年端のいかないアマリアを、命のやり取りすら有りえる修羅場に連れて行くことは避けたいところ。ましてや敬愛する王室の王女である。イーミュウは洋子同様、王女の穏やかな退場を願った。
「私が子供だから……本当の男女の恋なんか分からないから、タツミさまへの想いも勘違いだと?」
「あんたくらいの歳ならよくあることよ。別に珍しい事でもおかしなことでもないわ」
「違います! 私は本気です! この想いに嘘偽りは有りません!」
「そりゃそう思うわよ。今この瞬間はね。だからこそ距離を置くべきなのよ」
「そうですわ。殿下はまだ12歳になられたばかり。まだまだ時間は有りますわ」
「身体こそあたしたち以上に女性かもしれないけど、やっぱりあなたは12歳の子供だっていう自覚も必要よ。将来のためにもね」
「将来を考えてこそ、今なんです!」
「意地になるんじゃないわよ! 自分を見つめるって、いくつになっても必要なんだから、それを学ぶいい機会だと思いなさいよ」
龍海の出る幕は無かった。
勇者としてだけでは無く、最初は不安に思っていたメンタリティの面においても洋子はしっかり成長しているのは昨今、富に感じてはいるが彼女の言葉の中身は、たとえば自分を見つめるという姿勢――野外演習場でのレベッカとのやり取り、そしてその後の彼女の体験のトレース、そのものにも感じる。
イーミュウにしても、アマリアほどでは無いにしろ、よい教育環境と貴族の、それも次期領主としても鍛えられているのだなと、しみじみ伝わって来る。
――殿下も、これからが淑女として本格的な成長期を迎えるんだろうなぁ
当事者ではあるが、頼もしい先輩(?)たる女性が二人も相手をしてくれているので、下手に口を出すより任せた方がいい、と龍海は思った。が。
「何度も言うけど、あなたはまだ12歳なんだからそんなに急いで……」
「気楽に言わないでください!」
「ん?」
「それが……それが私にとって大問題なんです!」
――え?
想定外の言葉が出た。思わず龍海は虚を突かれた感じに目線を歪めた。
彼女がまだ若い、と言うか幼い少女だという事はここにいる全員の共通認識だ。年齢で区切られることに、それで人格を決めつけられることに反感を持つのは龍海に限らず、洋子にだって経験はあるだろう。しかしアマリアの反応はそれとは似て非なるものだ。
12歳であることが問題? この妙なニュアンスに、龍海たちは思わず目を見合わせた。
その、あまり感じた事の無い違和感に、傍観を決め込んでいた龍海も微妙に態度を変えざるを得なかった。洋子とイーミュウとの掛け合いから出たこの一言。要の当事者である龍海が聞くが吉と判断。
「どういう事だい?」
龍海は彼女を刺激しないように、そっと尋ねる感じで探ってみた。
「皆さんも……」
アマリアもまた、噴き出しそうな感情を抑えるかのように言葉を絞り出した。
「皆さんも、ご覧になっておわかりでしょうが、私の身体はおよそ12歳らしくありません。恥を忍んでお話しますが……私の胸は8歳ごろから膨らみ始め、初めて月のモノがやって来たのは10歳手前だったんです」
「……絵に描いたような早熟ね……」
「でも稀にそういう人の話は聞かれますが?」
「そうです、過去にも見受けられる症状です」
「でもそれが?」
「私のような例は王室では記録に無かったんです。あまりに早い成長に父上は、私の目の届かないところで医者にも相談なされたのですが……偶然その話を、私はこっそり聞いてしまいまして……」
「……その時、お医者はなんと仰られましたの?」
「一概には言えないそうですが、今まで見分してきた症例や他所の記録を見ると、成長が早い分、寿命も、短い傾向に、あると……」
「寿命が?」
告白したアマリア。改めて目線を龍海に向ける。その目は自分の宿命に怯えて龍海に助けを求めるような、そんな……そう、12歳の目であった。
「それは……確定しているの? 病気って事なの?」
「あくまで傾向だと……決めつけないようにと父上に説いていらしたように思います……」
アマリアの目線が再び下に落ちた。全員が言葉を失った。
龍海は小説かコミックだかで、思春期早発という言葉を目にした事が有る。原因ははっきりとわかっていないとの事だが、本の話の内容は確か脳に腫瘍の疑いも有り得る云々な感じで緊迫感を演出していたように記憶している。で、その腫瘍を除去するのが主役の腕の見せ所とかそんな運びだったか?
龍海は医療に関する知識など自衛隊での救急訓練以外は、TV・映画等の医療ドラマや漫画程度のものしか持っていない。つまり眉唾だ。アマリアの症状がそれと同等なのか、もっと別の原因によるものか、この世界特有の何かなのかも判断はできない。
効果の高いポーションや治癒魔法があるこの世界であっても、それは「元に戻す」が趣意であって何でも治す万能薬と言うわけでも無く、もしもそうであれば医者と言う職業など存在しないであろう。
魔法・ポーションの類は試せるものなら既に試していると考えられるし期待できないと思って良さそうである。
更に言うと情報伝達が歪なこの世相では、大多数の問題のない症例は話題にならず、ほんの一部の悪い症例はやたらと拡散されてしまう。僅かな一例に過ぎない事例が全ての症例に当て嵌められ決めつけられてしまうのは往々にしてあるのだ。
それだけに、先ほどの彼女の怯えた眼は、成長が早い分、死も早く来るのではないか? そんな思い込みがあっても正に宜なるかな、である。
それも、まだ12歳の少女が抱えているのだ。