状況の人、再び西へ3
「殿下ぁ! あんた一体何でこんなとこに!」
「来ちゃっ……うおぇぇ……」
王女は顔面蒼白であった。まあ、無理もないだろう。
未舗装路の疾走に加えて、カーゴのサスペンションというものは所謂、乗り心地なぞ全く考えられてはいない。その上、雨対策と荷の固定のために耐水の幌を被せていた(故に隠れられてしまったわけだが)ので、窮屈な体勢のまま路面に合わせて跳ねるに任せの状態で腸内や脳内、事に三半規管も纏めて思いっきりシェイクされてしまったのだから。
「気ぼぢ悪い~」
「そりゃそうでしょうよ。ジープの方だって上下動厳しいのにカーゴなんて! ほら、降りて。着替えなきゃ!」
アマリアは耐え切れずに嘔吐していた。吐瀉物がブリオーの胸元まで汚してしまっていたので着替えさせ、上半身だけでも洗浄しなければならない。
と言う訳でその間、男子全員回れ右! そしてカーゴの荷物を降ろして荷台内の清掃。
「申し訳ありません、とんだご迷惑を……」
深々と頭を下げる王女殿下。ようやく落ち着いたようだ。
必要な物は出先で調達すればいいと考え、路銀はたんまり持って来てはいるものの着替えは持ってきていないとの事。で、とりあえず以前イーナやカレンに着せていたジャージを着させることに。洋子やイーミュウの着替えではサイズがぱつんぱつん(怒by洋&イ)で、いろいろと浮き上がって来てしまうからである。
洗浄・着替えを済ませた後、胃にやさしいハーブ茶を入れて貰い、ホッと一息の王女殿下。聞いても仕方ないかもだが、とりあえず経緯の説明をしてもらう。
「……つまるところ、殿下はシノさまを追いかけて来られたわけですね?」
「はい! ぜひともタツミ様のお力になりたく!」
「で、早速足手まといになったと?」
洋子の無慈悲な事実陳列罪。アマリアちゃん、一気にショボーン。
ついで、助けを求めるように龍海をチラッと。
――いや、そんな目で見られても!
困り眉毛の上目遣い。ほんのちょっと尖らす唇がいろんな意味でタチが悪い。
「しかし連れて行くしかないだろうシノノメ? ここまでアウロア市から随分離れてるし、引き返すってのはナンセンスだしな。近場だと……ミニモの市政官に預けるか、人数をもらって王都へ運んでもらうか?」
アマリアの唇が更に尖るが、注視していた龍海以外に気付いただろうか?
「アデリアの領事館・大使館は? 一応国交は有るんだったよな?」
「小さいが領事館は有る。しかしここいらでは目的地のエームス市だけだ」
「とりあえずミニモ市へ行こうよシノさん。王女様を野宿させる訳にも行かないしさ」
「か、構いません! それくらいは覚悟の上で!」
「そっちがどうでもこっちは構うの! 服もお洗濯しなくちゃいけないし!」
プンスカモードの洋子さん。王族を相手にしても、ほぼほぼ通常運転。経験値積んで、心身ともにどんどん強くなって来なさる印象。
「一刻も早くエームスに行くつもりで野営前提で来たんだけどなぁ」
「シノさんの気持ちも分かるよ? すぐにでもメルさん助けに行きたいよね? でも殿下もあなたの奥さん候補なんだから、責任もって守らないとね!」
状況が状況だし仕方ないでしょ? そんな目線をくれてくる洋子。なんだかどんどん姉御肌になってきた?
龍海くん、口元を歪めるも洋子に同意することにした。
「そうだな、洋子の案で行こう。車は近くで収納するとして……ティーグ、骨折り頼まれてくれるか?」
「ああ、もちろんだ。とりあえず駐屯軍か市の役場に話を通して泊まるところを準備してもらおう。宰相からの書簡があれば誰も文句は言わんだろうし」
「すまんな。俺たち、あそこの奴隷商にカチ込んじまったから顔合わせたくねぇし」
「聞いてる。ハデにやらかしたらしいな?」
などと揶揄い気味に笑みを浮かべるティーグ。
と言う訳で、予定は急遽変更しミニモ市で一泊と相成った。カーゴの整備も終わり、全員がジープに乗り込んで早速出発……と思ったが、
「こいつの定員は4人なんだけどな~」
そこに7人である。定員オーバー、速度違反等々取り締まるところが無いとは言え、安全性にはかなり問題がある。
今までも前席に龍海・洋子。折り畳み式の後部座席の左右にカレンとイーミュウ。クッションを引いた荷台にティーグ。前方確認を兼ねてロイが立ってロールバーに掴まりベルトで繋げていたのだ。スペース的にも限界だった。
――背に腹は代えられんな……
龍海はジープを収納し、街道に手の平を向けて念を込め始めた。次に記憶を辿り、新しい道具をイメージする。
MP264万Pを消費して新たに再現したそれは……
「……大きい」
和製ハンヴィーとも言われた汎用小型トラックである”高機動車”であった。これなら10人乗りで、荷物を載せる余裕も十分ある。
これまではパーティ全員で5人と言う事、道が整備されておらず狭い道、場所も考慮して車幅や全長の小さいジープを選んでいた。同じ小型トラックと呼ばれるがJ53に比べて高機動車は全長で1.5m、車幅で50cmも大きいからだ。平原の街道ならばともかく、山道や林道、崖道などでは2,6tの重量も相まって不安があったのだ。
「……」
「……」
初めて再現を目の前で見たアマリアはもちろん、ジープを収納から出されたところを見ていたティーグも目を丸くした。
「さ、さすがですわ、タツミ様……」
「シノノメ……あんた間違いなく、世界最高の錬金術師だわ……」
――錬金術とはちょ~っと違うような……
とにもかくにも全員乗車。荷物もこちらに積載したのでカーゴも収納へ。
「よし、出発!」
一行は一路ミニモ市へ向かって前進を開始した。
どえらい荷物を背負うことになり頭が痛い龍海だが今はそれは後回し。とにかく最善の選択を以てメル救出に向かわねばならない。
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戒厳令下のモーグ市にも日暮れが迫ってきた。
通常ならば夜になっても盛り場等は、日付が変わる頃合いまでは一日の疲れを癒そうと労働者たちが集まり、それなりに賑やかなモノなのだが今は夜間外出禁止令が出され、至る所にシーエス軍の兵が配置されて目を光らせていた。おかげで小売店・飲食業も露天商と同じく日没と同時にそそくさと戸を閉めてしまう。
そんな活気の薄れた市内の中心部、魔導王メル・ロッソ・フェアーライトの居城であるエンソニック城は当然の如く蜂起軍に制圧され、ロイヤルガードもすべて幽閉されてしまっている。
蜂起軍の侵入を止められず抑えられてしまったロイヤルガードたちは、己が責務を全う出来ぬ屈辱と恥辱で自決を要求してきたが、メルの命令にも等しい説得でその任から一時解かれることを了承させた。今現在、彼女の居室の前で立哨に立っているのはシーエス配下の憲兵である。
夕食前ではあるが、メルは先ほど茶請に備えてあったクッキーをつまんで小腹を満たしておいたので空腹感は無い。空腹――脳に血糖が足りない状態では思案を巡らせるにも枷になってしまう、それは為政者としても避けておきたい。決してぜいたくで口にしているのではない、と思いたいが今現在、龍海が出してくれたあのケーキが無性に食べたくなるメルであった。それはもうヤケ食いしたくなるくらいに。
何故ならこの不快な状況の大元であるシーエスを今、目の前にしているからだ。