状況の人、連行される4
「魔導軍を蹴散らす、正に一騎当千の勇者を抱える我が軍にそう簡単に手を出すかな?」
――皮算用に過ぎるんじゃねぇかな~
龍海はレベッカの思惑にちょいと眉を顰めざるを得なかった。
とは言え彼女らは彼女らなりに検討してきたはずだし……とりあえず話は進めようと思う。
「折しも二大国の反対側の国境では属国との小競り合い、紛争が拡大傾向にあり、兵力がそちらに割かれております。今が好機なのです」
「……なるほど。概ね得心が行きました。しかし、だとすると今日の捕り物はあまり感心できませんなぁ。たった二人を押さえるのに、見たところ完全武装の装甲兵一個小隊、50人レベルで騒いだのは……」
「一個小隊! そんなに?」
アリータは思わずレベッカの顔を見た。
「私は『サイガ様を説得せよ』と言ったはず! 一個分隊でも多いと思っていたのに!」
「あ、いや、もし勇者様が噂に聞くその力を発揮なされた場合を考えますと、やはり少数では……」
「あれほどの騒動。他国の間諜に嗅ぎ付けられたと見た方が良いでしょうなぁ」
龍海の推測にレベッカをギロッと睨むアリータ。レベッカは思わず肩を竦めた。
「何のために限られた幕僚だけで事を進めたと思っているのですか、全く! ああ、間諜を煙に巻く何らかの策を講じなければ……」
「……ふむ、でしたらここはひとつディスインフォメーションで行きませんか?」
「ん? 偽情報か?」
「それはどう言った?」
「召喚は失敗だったという情報を流すんですよ」
「失敗!?」
「召喚したはいいがその異世界人、勇者でも何でもなく最低ランクの冒険者ほどの魔力もスキルもなかったハズレ異世界人だったと。脱走されて連れ帰ったものの、勇者様ほどの方がなぜ脱走などと? と再鑑定したら、伝承の無敵の異世界召喚者とは程遠い人材だったことが発覚して追放された、と言う体で」
「我らの思いが天界に拒否された……そういう情報を流布するわけですか?」
「な、なるほど。それなら今日の件は欺けるな!」
「城内は不自然なく、通常業務を行っていれば間諜の目が有ったとしても誤魔化せるんじゃないかと。計画に携わった方々は少々消沈した雰囲気を装えば効果的でしょうか? まあその辺はおまかせで」
「しかし、それではお二方は……」
「我々は王都を離れます。魔導国との国境沿いを渡って、そこで洋子様の教練を実戦で行います」
「えー! ちょっと東雲さん!」
「事をなすなら出来るだけ早い方がよろしいかと。どんな訓練より、実戦での経験値に勝るものはありますまい」
「それは確かに。だがしかし……」
「我ら二人だけで野に放つのは抵抗がありますかなヒューイット隊長? もしや他国へ亡命して王国に仇を成す存在となる可能性も……とか?」
「……貴公はそう言うところはズケズケと言ってくれるもんだな。いや、ここは飾るべきでは無いな。実際そんな思いは脳裏を過ってはいた」
「まあ、当然ですよね」
龍海はレベッカの意を汲む様に相槌を打ちながら続けた。
「でも、その辺は我々を信じていただくしか。それに、王国に背を向けて他国へ与したりすれば、どう繕っても裏切り者の誹りは免れません。例え、どちらを選んでも異世界人としての我らの未来に影が落ちると言うのであれば、最初に縁を持った相手との繋がりをこそ貴ぶべきかと?」
「そう……です、か……」
龍海の言に軽く安堵の表情を見せるアリータ。
全ての言い分を鵜呑みにするほど彼女も迂闊では無いだろうが、
「そこまで義を重んじていただけるなら、こちらからはもう何も言うことはございませんね。わかりました、シノノメさんの案を採用しましょう」
突然の異世界召喚で手元不如意の状況下では、国家レベルの後ろ盾は十分魅力があるはず。ならば軽々に他国に走る、寝返る、などと言う事も可能性としては低いだろう。アリータはそう判断した。
と、アリータらはそれでも良かろうが、
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたし除け者にして勝手に決めないでよ!」
話題についていけず、完全に置いてきぼりだった洋子が思わず意見。
洋子にとっては、まあ当然の抗議であろう。勇者として祀り上げられるのもいきなり実戦に放り込まれるのも自分なのだから。
「ああ、そういえば、ひとつ確認しておきたいのですが?」
「はい?」
龍海が割り込んだ。
「事が成功裏に終わり、我ら二人を当てにしなくてもアンドロウム・ポータリア両国と比肩する国力を手に入れて宰相がたの思惑通りになった暁には……我々は元の世界に帰れますか?」
龍海の問いに洋子も声が止まった。
そうだ、それは真っ先に確認しなければ!
自分はいつか日本に帰れるのか? それとも家族とはもう二度と会えずに、この地でこのまま生きていかなければならないのか?
洋子もアリータの返事を待った
「可能かと存じます」
「ホント!?」
「召喚に関わった魔導士と神官が、展開した魔方陣のスペルを記憶しております。これを逆に発動させれば帰還が叶うはずです。ただ……」
「ただ?」
「召喚魔方陣の起動には多大な魔力が必要です。今回も王家に伝わる特大の魔宝珠の魔力をすべて出し切って行いました。ですから今、国内で魔方陣を稼働させるだけの魔力源が無く……」
「じ、じゃあ帰れないじゃない!」
「魔導国の首都にある魔王城。そこには敵襲から守るための城下全体に防護障壁を展開させる魔宝珠があるはずです。それを手に入れて使えばおそらく……」
「防護障壁?」
「はい、魔宝珠を魔力源とした魔導障壁です。どの国でも採用されている、国家の中枢部防衛の最後の手段。召喚魔法陣の稼働はそれ程の魔力が必要だったのです」
――ん? と言う事は今のアデリア王国には……
「……つまり我々が故郷に帰るためにはどうあっても魔王城を、魔導国を落とさねばならない、そう言うわけですな?」
アリータは頷いた。
「それも、魔導国軍の態勢が整う前に……」
「なるほど……王国はすでに我らの首を縛る枷をお持ちであるとも言えますね?」
「意地の悪い言い方であるな。それらは意図していたわけではなく、あくまで結果論だぞ?」
「正直に言いますとそれもあって、お二人に自由に動いていただくことを了承できたものと捉えていただければ……」
「わかりました。これまでの私の言動、無礼な物言いに聞こえましたならお詫びいたします。さて、我々は明日の朝にでも城を発ちましょう。失敗したハズレ召喚者がいつまでも城内にいるのは不自然ですしね。とは言え我々も風来坊のままと言う訳には行きませんから、冒険者ギルドで登録して冒険者を装い、実戦経験を積んでいきたく思います。各地で何かあった時のために各地方領主等に口添えをして頂けるとありがたいのですが」
「承知いたしました。ギルドに連絡してそれ用の登録証を発行するよう伝えておきます」
「では、お話する要件がこれ以上無ければ、我々は部屋に引き上げたいと思います。明日からの計画その他、洋子様とご相談したく思いますので。食事等は部屋に運んでいただけると嬉しいですね」
「侍女を数人常駐させます。御用の向きはその者たちに何なりと申し付けて下さいな」