状況の人、再び西へ2
アデリアの宰相アリータも、今までの計画が根底からひっくり返る事も含めて決断を下し、各地の領主も含めて説得に当たった。
水面下でポータリアから武器支援を受けているシーエスが実権を握れば、皇国と組んでアデリアに侵攻する可能性はかなり高くなる。
敵軍が魔導障壁が機能しない今の王都アウロア市を落とすのは、かなり容易であると言わざるを得ない。ティーマ公爵らが治める東部南部はアンドロウム帝国に備えなければならないし、北部シーケン候、イオス伯はポータリアと対峙することになるが、中央で分断されてしまうと増援・物資の補給など、全くの不可能な状態に陥る。アデリアは一気に瓦解してしまうだろう。
それを阻止するには、反乱を起こしたシーエス勢から王都モーグ市を速やかに奪還せねばならない。
「しかしティーグ? シーエスは、仮にアデリアが落ちた後でも魔導国の独立が保てると本気で思っているのか? 帝国や皇国は必ず侵攻してくるぞ?」
「二国がアデリアに侵攻した段階で、アウロア占領軍は直ちに撤退。まずは南部を帝国が、北部をポータリアが占領する段取りだろう」
「それで収まるとは思えんが? 帝国はオデの港まで接収できれば旨みも有るだろうが、皇国は今までと同じ冬季は使えないシーケン候の港しか手に入らない。皇国として納得できるのはアデリアを帝国が、魔導国を皇国が取る、最低でもその辺じゃないのか?」
「シーエス閣下はアデリア内で皇国と帝国を戦わせるつもりかもな」
「……皮算用どころじゃねぇだろ、それ」
「皇国は冬季でも使える不凍港が喉から手が出るほど欲しいんだ。二国が侵攻している間にオデの港をシーエス勢が占領、それの利権をポータリア皇国に渡すと密約してアンドロウム帝国を激昂させて皇国へ攻めさせる腹積もりもアリだろう。そうなればおそらく皇国はオデを死守するし、二国はオデの東の穀倉地帯前で膠着状態になる。ポータリアは魔導国とアンドロウムに挟まれる形になって三竦みな状態に……」
「オデの港利権と穀倉地帯とで痛み分けさせようってか? 無茶な」
「シーエス閣下の思惑通り三竦みになったとしても、要はアデリアが無くなっただけで後は常に一触即発の状態になる。結局は魔導王国の背水の陣は変わらない。二国は魔獣や不逞な魔族からの被害を受けないためにアデリアを緩衝地帯としていたが、それが無くなるわけだからな」
「……ツセー市とオデ市の利権を等分に分配させて、アデリアとの衝突と政変で揺らいだ魔導国は二国でフルボッコ、てのが関の山じゃねぇかなぁ」
「宰相からの書簡によると、陛下も恐らくそう考えていたみたいだ。アデリアが二国のための緩衝地帯であったように、我が国にとってもアデリアは二国を隔てる盾であった側面は認めざるを得ないし」
「あんたらの大将は何考えてんだ? そりゃ前の戦役で一番被害を被ったってのは聞いてて分かるけど、アデリアに対する恨み辛みだけで国家百年の計を図ろうなんておよそ為政者としては失格だろうよ?」
「その辺は……俺としてもシーエス閣下は口では言ってても裏側もちゃんと考えていて下さるものと思っていたんだが……。シーエス領の復興時の支えはアデリアに対する対抗意識だったからな、いつか見ていろ! この借りは必ず返してやる! それが領民の根底に根付いているのは否定しようがない」
「……ま、部外者の俺がそれにとやかく言うのは僭越だけどねぇ、いつまでもそれじゃあ……」
「シノさ~ん! 予備のタオルって無限収納だっけ? カーゴだっけ?」
龍海とティーグの評議に水が入った。洗顔を所望する洋子である。
オープンで走るジープは風がダイレクトに当たり、レジャーとしては爽快ではあるのだが、埃・砂塵その他もまともに食らう。
街中の石畳とかならともかく、未舗装の街道を数時間も走り続ければ、顔や体への砂塵の付着は半端ない。洋子たちはこの休憩中にそれらを洗い流したがっていた。
「カーゴだよ。洗面具や服を俺たちと一緒にしたくないって言うから、わざわざカーゴ出したんだろが?」
そう、龍海は女神との取引で無限収納魔法を得ているので、本来は貨物車輌のカーゴなど再現する必要はないのだが着替えとなると……かてても下着・肌着の類が男と一緒と言うのは精神衛生上、受け入れがたいと言うワケだ。歳頃の女子の反応としてはまあ、標準的と言えるだろう。しかも相手は連れ立っているとは言え、他人の男であるからして。
「あ~、タオルもだっけ? ん、わかった~」
後ろ手で手を振りながらカーゴに向かう洋子。それを見て肩を竦めるティーグ。
周りに敵がいないと言う事で軽装ではあるが、背中に散弾銃を担ぎ、腰には龍海らとともに迎賓館の窓を粉砕したG19が吊られている状態。
「ガキの頃聞かされたお伽噺で、異世界の勇者ってのは超人的だってのは相場だったけど……今まで見せられた武器や道具とか、ホント人知を超えてるなぁ」
「ここに送られる時、女神さまから授かったスキルなんだ。これが無けりゃ俺なんて只の一臣民に過ぎないさ」
などと控えめに話す龍海。しかしティーグはそんな龍海に嘆息し、
「謙遜も過ぎると嫌みだぞシノノメ? どんな能力も使う人次第じゃないか」
と。
高く評価されるのは悪い気はしないわけではあるが、そうは言われても、龍海としてはやはり擽ったい。桁違いの再現ほか、索敵+とかは置いとくにしても、身体強化や炎、雷撃魔法等は、カレンに鍛えられなければここまで伸ばせたか怪しいところである。洋子のような元から勇者の素質を持つ者とは所詮、毛並みが違うのだ。
「シノさぁ~ン! ちょっとぉ!」
件の勇者さまからの呼び出しである。なにやら、若干眉を歪ませてこちらに手招きしている。何かトラブルか? クレームか?
「なんだぁ? タオル見つからないのかぁ?」
ちゃんと入れたはずだがなぁ~、と思いながら腰を上げる龍海。カーゴに寄ると、傍に立つ洋子の眉がやっぱりひん曲がっており、おまけにジト目。
――マジで積み忘れたかぁ? すぐ再現して……
などとタオルの新調を考えていた龍海に、洋子はカーゴに向かって指を差した。
指の先を追う龍海。それと同時に、
「んが!」
と言う呻きに近い驚嘆の声。かてて加えて洋子は言った。
「……奥さん」
龍海の顎がこれ以上は無いって位の勢いで落っこちた。まるで例の顎を外されたテロ犯のヤマネコ男並みに。
んで、カーゴにはそのヤマネコの顎を外した張本人である、アマリア・チェイスター王女殿下が寝そべっていた。




