状況の人、暗殺に遭う4
「メルは! フェアーライト陛下は無事か!?」
「わからん! ただ一報では、あまりに迅速な侵攻であったため王都防衛軍は、ほぼ抵抗する余裕さえなかったという話だ。避難なされる時間は無かったと思う」
――ヤバい! このまま王都の反乱軍による制圧・混乱が長引けば……その上、アデリア王都府の魔導障壁が事実上無効化している現状と、まだ水面下とは言えアデリアと魔導国の連合計画が知られれば、アンドロウム・ポータリアに軍事介入の口実を与える事にも! 全てが終る!
「シノノメ卿! 自分らは一体どうすれば」
「シノさま!」
戦端が開かれればロイやイーミュウの故郷イオス領はポリシックとポータリアの二正面を相手にする事にもなりかねない。シーケン侯爵領も踏みとどまるとは思われるが、中央からの増援が期待できない状況では、それほど長くは持ちこたえられまい。
「シノさん……」
洋子も戸惑い気味の顔色で見つめてくる。彼女が日本に帰るには、魔導国の宝珠がどうあっても必要だ。だがそれを擁する王都は反乱軍に制圧されてしまっている。
反乱軍と皇国・帝国とが密約のようなものを結んでいれば、二国はシーエス勢にアデリアと開戦させ、勢力の疲弊化、弱体化を狙って来るだろう。そこを東と北から攻め込まれたらアデリアだけでは無く、魔導国も占領される可能性は高い。
――シーエスもそれくらいは予測できるはずだが……
そんな中で自分の取るべき道は、やれる事とは何か……いや、自分は……
「ティーグ、モノーポリ公の動きは?」
自分は、何を……
「今、他の魔王の動向も含めて確認中だ。奴らも血の気は多いが、フェアーライト陛下への忠誠心は相当なものだ。こんな陛下の御意を無視する形で蜂起したシーエスに、そう簡単には与するとは思えんが……しかし、反アデリア派はまだ根強くいるだろうし、ある程度はシーエスに呼応すると見た方がいいな」
「そうか……」
自分は、何を……
――メル……
どうしたいのか?
反乱軍が、言われるほどに迅速な王都制圧を実現出来ているのならば、メルが落ち延びた可能性は極めて低い。
更にモーグには各魔王領から大勢の者が出仕している。他の魔王から見れば彼らは人質にされてしまったに等しい。同じ臣民同士でもあり、各魔王が彼らを奪還すべく、武力によって蜂起軍と戦う、そんな選択肢は選びにくい。おそらくは時間をかけた説得・交渉となるだろうがそのスキをついて皇国や帝国が侵攻してくるのは目に見えている。そうなるとアデリアや魔導国の救国、いや、メルの救出すらおぼつかなくなるだろう。
――メル!
メル・ロッソ・フェアーライト。龍海にとって初めて告白を受けた女性。
それが、自分の気持ちを隠し、国を守るための一手段だった可能性も龍海は否定はしない。彼女が第一に考えなければならないのは魔導王国の未来であるのは脳内で何度も反芻している。
だがそれでも、彼女が龍海に見せたあの顔。
『そ、其方と余が、け、結婚することだ!』
そう言葉を詰まらせながらも言い放った彼女は頬を赤らめて、はにかみながら上目線で自分を見つめてきた。
『いい加減腹が立ってきたぞ!』『立場を越えてもタツミは我が夫にするにやぶさかではないと判断したのだ!』
洋子たちの批判に真剣になって怒ってくれた彼女。自分を認めてくれた最初の女性。
これらの言葉が国のための方便であっただけとは思いたくはない。それは齢32になってようやく訪れた春を手放したくない、嘘だと思いたくはないという、ある意味自分の勘違いや我儘ではないか? と言う思いも巡る。
――でも、それでも俺は!
無くして分かる有難味、では無いが、龍海はこのクーデターの一報でどこかはぐらかしていた自分。何かを被せてぼやかしていた本音の部分。伴侶として一生を左右されるなど未知の恐怖にも似たものへの自己防衛。どこかそう言った、自分が変えられてしまう事態への忌避感を持っていた事が一気に晒された気分になった。
だが、そう言った自分の本性に落ち込んで終わるほど今の龍海は幼くはなかった。
――メルは、俺を変えてくれる! いや!
『メルと呼んでくれ。それが余の実名だ』
――俺が、変わる方を選ぶんだ!
国を想うが故の方便? それがどうした? それでいいじゃないか! 俺はそんなメルを救いたい! そんなメルの手助けがしたい! メルの、彼女の喜ぶ顔が見たい! そんな自分になる事を選びたい。
――こんなことが、あるんだな……
龍海は、ほぼ一瞬で頭の中に巣食っていた霧のような網のような何かが吹き飛んでいく感覚を自覚した。
「シノさん……」
「洋子……」
洋子が声を掛けてきた。
「メルさん、助けようよ」
「……」
「あたしたちの力なら、シノさんが出す装備があれば、例えアデリアも魔導国も手が出せなかったとしたって、きっとやれる……ううん、あたしたちだから出来るんじゃない?」
「洋子……いいのか?」
「いいもなにも。宝珠をくれるって約束してくれたのはメルさんだよ? メルさんに何かあったら、あたし日本に帰れないじゃない。でしょ?」
ニッコリ笑う洋子。
「……」
――洋子のこんな笑顔……もしかして初めてかな?
勇者として覚醒し、さらに龍海の出す近代兵器にも慣れ、一介のJKとは次元の違う戦士となった今の洋子。このような暖かくも優しい笑顔が出来るようになっていたのか? と龍海は改めて思い知らされた。
彼女はもう、先が見えずに怯えていた彼女ではない。自分がいなければ危なっかしくて見てられない、そんなヒヨッコでは無くなっている。
というよりも、洋子の存在が、洋子との時間が自分の脳内の霧を晴らす一助になって来ているのだ。成長したのは洋子だけではない、彼女が自分の事を成長させてくれているのだと。彼女もまた支えるだけでは無く、自分を支えてくれるかけがえのない仲間になっているのだと。
そして彼女の悲願のためにも、メルを救出し、アデリアと魔導国を救うという目的も共有出来ているのだ。文字通りの一蓮托生だ。
「洋子」
龍海は洋子に聞いてみる。
「ん?」
洋子が聞き返してくる。最近お得意の、ポメラ似の首傾げショットだ。
「手ェ、貸してくれるか?」
「そこ、聞くとこ? 宝珠分捕りに行くぞ、ついて来い! じゃないのかな?」
歯を見せてニカッと笑う。
「いやぁ、勘違いされても困るし?」
「今さらあたしが何を勘違いするってのよ? メルさんだけでも手一杯な上に、殿下にも言い寄られて振り回されてんじゃん? あたしをどうこうする余裕なんてないでしょお?」
「へ、違ぇねぇ。ロイ?」
「はいシノノメ卿! 自分はいつでも付いて行きますよ!」
「そうか? お前は士官学校に戻るって手もあるんだぞ?」
「あの命令はまだ継続中です! 卿から離れるなんてありえませんよ!」
「ロイが行くなら当然私も行きますわよ! ええ、行くな来るなと言われても絶対付いて行きますからね!」
「タツミ、お主は我の大事な餌場じゃ、わかっとろうな? 戦には参加せんが索敵や状況掌握くらいは手伝ってやる。報酬は……言うまでもあるまいな?」
「へへ、ありがとうよ、みんな……よおし! 作戦を立てるぞ!」
「「「はい!」」」
龍海たちは、ティーグやアマリアの助言と協力の下、フェアーライト救出作戦の立案に入った。




