状況の人、暗殺に遭う3
「わたくしは幼少時より治癒回復魔法の才に恵まれまして、そちらは順当にレベルが上がって行ったのですが、武の方には……そちらのイーミュウさんの槍術と言ったスキルが全く無かったのが悩みどころだったのです」
「いや、それだけでもすごいと思うけどなぁ。銃創もあっと言う間に止血できてたし」
「恐れ入ります。でも王室周辺にはもっと高位レベルの回復士もいらっしゃますし、自分ならではのスキルは磨けないものかと悩んでおりまして」
「ふんふん」
「ある時、汚職で捕まった官僚が頑として白状しないという事案で、その取り調べで担当衛士が殴る蹴るの尋問をしていたのですが、それを見ていて不快になりまして……」
「不快……見るに堪えなかった、ってことかしら?」
「はい、相手は国と臣民を裏切った不逞の輩。しかもシラを切り続けるその太々しさは見るに堪えませんでした」
――そっちかい!
「それを見て考えたんです。何度も殴ったりしていては衛士の方の負担も馬鹿にならないと。もっと効率のいいやり方があるのではないかと」
「もっと、効率の、いい……?」
「そうです。わたくしは回復士として人を治療する方法を学びましたが、そこでふと思ったんです。治す行為を逆の方から手繰って行けば、殴るより楽に自白させられるのでは? と」
「……」
「こうすれば痛みが治まる……これを逆に行えば? そんな発想で色々と考え、防犯のための勉強と称して取り調べに参加致しまして。で、例えば関節を本来曲がることの無い方向へ力を入れてみるとか、労力に対して一番効率よく痛みを伴わせ、悪しき心をくじく方法は無いものかと研究を重ねましたわ」
「研、究……」
「そして頑なに口を閉じていた下手人を非力なわたくしの力でも自白させられた時、ものすごい達成感が胸の中で踊りまして」
――うわあぁ……
「ああ、わたくしが街の平和を守る一助になれた……それがとにもかくにも嬉しくて! それ以降、手強い犯罪者がいれば、わたくしの研究や実験も兼ねて取り調べに協力する様になりまして、今に至っておりますわ」
「……そうやって犯罪者どもを苦痛のるつぼに落とし込んできたのかや? その歳で?」
「歳はあまり関係が無いと思いますが? 押さえるところを押さえれば子供程度の力でも大の男を跪かせるくらいは……あ、やはり一般の方はこういう時は苦痛系を一番に連想なされますよね? でも、意外とこれって訓練次第で耐性が付いちゃうんですよね、多分この下手人もそうだと思いますが。実はですね、かゆみとか、擽りとか、そう言った一見なんでも無さそうな方法が予想外に効果があったりするんですよ! あの時は意外でしたわ~。それらの手段を使って、悪党どもを屈服させた時の爽快感たるや!」
そう笑みを浮かべて悦に入ったかのようにお話になられる王女殿下。過去の事例を思い返しているのか、なんだか目がウルウルしてきたような?
「王女様じゃなくて女王様?」
――洋子、誰が上手い事を言えと!
「ですからわたくしの伴侶となられる方は、そんなわたくしよりも強く、わたくしを守って頂ける方でないと! でも過去の候補者の方々にはそのような方はおらず……半ば諦めていたところに、こんなステキなご縁が!」
「だ、だからまだ決まったわけじゃ!」
「そうよ、シノさんは魔導王のメルさんと結婚する可能性が一番高いのよ?」
「そんなことくらい、どうと言う事は有りません! 魔導王陛下はタツミさまに理解を示す方であれば対等に付き合いたいと仰られておられる由、トライデント軍曹から伺いましたわ!」
――ハァ!? いつの間に!
龍海はロイに目を向けた。
ロイは顔を背けていた。
「タツミさまなら、数々の犯罪者、悪党を落としてきたわたくしさえも屈服させる程のお力をお持ちでございます! ぜひわたくしを心身ともに跪かせ、守って頂きたい、可愛がっていただきたい、と切に思う次第でございますわ!」
――SかMかどっちだよ!? つか12歳でこんなのに目覚めたって王室の教育姿勢はどうなっとんだ!?
「シノノメ卿!」
姫に余計な事を吹き込んだ原因が声を上げた。何か気付いたらしく、下手人の首元の布を剥ぎ始めた。
「これ、シーエスの奴隷紋ですよ!」
「なに? シーエスの? 確かか!?」
「見覚えがあります! 間違いないかと!」
現時点の情報では、確かにシーエスは過去の戦役の遺恨が一番強く、今回の同盟案でも反対に回る可能性が一番高い勢力だ。それが直接、龍海に仕掛けてきた?
「一大事です! ヒューイット隊長か、いえ、王都府の宰相閣下に!」
「待て、ここは慎重に行くべきだ。まず、こいつが本当にシーエスの手先なのか、奴隷なのになぜこんな暗殺なんてことをするのか? そも、この技術をどこで身に着けたのか? この辺りも洗った方がいい」
「しかし、そんな時間がありますでしょうか!? 事は一刻を争うと思われますが!?」
「タツミ、お主には鑑定眼が有るのであろう? 奴隷紋を鑑定してみよ」
「お? おう」
言われて龍海は膝をついて、下手人の首に彫り込まれた奴隷紋を鑑定してみた。
「……こいつはシーエス生まれの戦後育ちだな。親も奴隷のようだ。え~、契約者は……シーエス領主府。個人じゃなくて領主府そのものが……」
「地位はともかく、軍人たちと立ち位置は同じよの。だが恐らく、シーエスにとっては捨て駒にし易い奴隷部隊の一人と言ったところかの」
「でもこんなことをしたら、それこそ我が国にとっては宣戦布告に等しいですわよ! シーエスはもう後戻り出来ない事に!」
部屋の全員の目が険しくなった。イーミュウの言う通り、こんな暗殺などと言う手段に及んではもう開戦を覚悟している、と見なければならなくなる。
幸いな事に龍海はもちろん、洋子たちや職員も含めてアデリア側に人的被害は一切無い。無かった事にする、という手段もまだ利用できる状態ではある。
――どう思案したものか……ん?
ここで廊下からけたたましい足音と共に龍海を呼ぶ声が響いた。
「シノノメー! シノノメー! いるかぁ!?」
ティーグの声だ。
「ティーグ軍曹! こちらですわ!」
イーミュウが扉を開けてティーグを招いた。
「いま、本国から伝令が来た! シーエス領北方で大演習を行っていた我が軍が急遽王都モーグ市に侵攻、王都府はシーエス軍によって制圧されたと!」
「な、なんだと!」
「今、モーグ市は戒厳令が発令されて蜂起軍が実権を掌握している!」
――クーデター!




