状況の人、暗殺に遭う1
とてつもない悪寒が背中を走った。背中に手をまわしていたアマリアにすら気付かれるくらいに。
洋子は龍海とカレンのただならぬ声に反応し、龍海の「ろー!」の時点で既に床にへばりついていた。ロイもイーミュウを引き摺り倒すように引っ張り共に伏せる。
龍海は縋りついていたアマリアを抱きかかえると、瞬時に窓に背を向けた。
パシッ!
窓ガラスが割れる、いや、穴が開く音が聞こえた。
カン!
「ぐ!」
――被弾した!?
龍海の顔が衝撃に歪む。
「タツミさ、ま!」
スバ!
アマリアが声を掛け終わる前に龍海はそのまま目前のソファの背を越えるべく、アマリアを抱えたまま頭から背もたれの後ろへ飛び込んだ。
「きゃ!」
着地と同時に悲鳴を上げる彼女を床に押し付け、覆いかぶさるように伏せる龍海。
バシュッ!
第2弾が放たれた。
バリケードにしたソファを楽に貫通した矢が顔を横に伏せる龍海の上、数cmを飛び越えて行った。風圧が龍海の頬に刺さる。
「バルコニーじゃ!」
カレンの声と共に龍海はP-09を抜き、ソファの背もたれから肩より上を乗り出してバルコニーに続く扉の窓に向かって速射を開始した。
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ!
「装填!」
龍海は文字通り、ありったけの銃弾を扉に向かって叩き込むと、空になった弾倉を銃から吐き出させながら顔を引っ込めて、次弾倉をベストから引き抜く。
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ!
伏せていたロイが龍海の装填を援護する形でG17を連射する。更に、
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ!
洋子もG19で応射。
弾倉を装着し、スライドストップを解除して装填の終わったP-09を再度構える龍海、
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ!
秒間3発を越える連射速度で9mm弾を重ねて叩き込み続ける。高さが2.5mくらいある扉の窓には格子は有るが、下から1.2m程度を中心に60発近い9パラ弾に被弾した窓ガラスはその衝撃で上部まで破砕していた。
――倒れた!
索敵で賊が床に崩れたのを察知した龍海はソファを乗り越えバルコニーに突撃。洋子とロイも前進、窓左右の壁に張り付きバルコニーに銃口を向ける。
バキャッ!
銃を前に構えながら扉を蹴飛ばして開け放つ龍海。仰向けに倒れている賊の右腕を踏みつけて銃口を向ける。
そいつは全身、上下とも黒ずくめの成りで、顔も目の周り以外はすべて黒色の布で隠されていた。まるで忍びである。
「ぐ! あっ!」
息がある。
「生きてたか! てめぇ、何者だ! どこのモンだ!」
龍海が怒鳴る。
賊は何も答えなかった。しかし、口周りの黒のほっかむりの奥で何やら動きが。
――舌か!?
「ちぃ!」
龍海に続いて飛び込んできたロイが、G17の銃口をほっかむりの布越しに口に突っ込む。
「ぐいふぁ! ぐは!」
ロイの機転により賊の自決は防がれた。しかし状況は至ってマズい。情報を聞き出そうにも、口を自由にした途端に舌を噛み切られかねない。
「顎を外しなさい!」
後ろから圧しの強い声で指示が飛んだ。思わず振り返る龍海。
「顎を外すんです! まずは舌を噛ませない様に!」
――え? あ、顎? 顎って?
いきなりの指示。その上、顎を外せ、などという過激な対処法を要求され龍海もロイも今の状況を忘れて戸惑ってしまった。
なぜなら、その指示を出したのはあの、アマリア王女殿下だったのだから。
「何をしていますの! 早く!」
「え、いやしかし……」
「もう!」
眉間にしわを寄せてアマリアは小走りにこちらへやってきた。そして、
「こうするんです!」
ロイの突っ込むG17をスルッと躱すように手を賊の顎に這わした殿下はそのままグイっと力を込めた。
ゴギャ!
「ほご!」
まるで骨が折れたかのような鈍い音が賊の顎から聞こえてきた。
「これで舌は噛めません。こやつの負傷の具合はどうですか? 致命傷になりそうな傷は!?」
こんな銃弾と血に濡れた修羅場に冷静にテキパキと対処なさる姫殿下。
龍海はあっけにとられる寸前であったが我を取り戻し、P-09に装着されたライトを点灯させた。
「……被弾個所は大腿部に2発。腹部にも2発。肩と左わき腹、右側頭部に掠めた跡があります」
被弾と、外された顎の痛みに呻く賊の状況をロイが見聞。
カーテン越しであったとは言え、60発も撃ち込まれて被弾が一割程度とはまずまず幸運であったかも。いや、生き残ってしまった事が、果たして幸運だっただろうか?
「脚の出血は大したことは無さそうですね。お腹の方を手当てしておきましょう」
「が、ごぐぁ……」
「眠ってなさい!」
ガシ!
アマリアは頸椎辺りを狙って手刀を加えた。ガクッっと動きを止める賊。
「治癒……」
賊を失神させたアマリアは奴の腹部銃創に治癒魔法を掛け始めた。
――治癒回復士? しかし……
「見事だけど今の手刀、下手すりゃ死んじまうんじゃ……」
映画やドラマでは都合よく気絶してくれるけど、実際はかなり危険な行為であることはよく知られている事である。龍海もそれはすぐ連想した。したが、返ってきた言葉は……
「そんなヘマ致しませんわ~」
姫殿下、ケロっと。
ゾッとした。一瞬目まいを感じるほどゾッとした。
「ふう……これで大丈夫ですわ。今日明日にも死んでしまう、なんて事は無いでしょう」
――いや、どこが大丈夫!?
龍海はもちろん、洋子もロイも冷汗&目が点にならざるを得なかった。
「中に入れましょう、尋問の準備をしなければ。わたくしの将来のご主人様に仇成した理由と背景、必ずや聞き出さねば!」
「は、はぁ……」
心ここにあらず。龍海らはそんな心持で、まるでからくり人形のような動きで賊を部屋の中に引き入れた。
「何か適当なものを口に噛まさないと。舌を噛まれないようにしながら声は出せそうな……。上か下の歯を抜いてしまえばいいのですが、ここには道具がありませんし」
次から次へと出てくる、血の気が引くセリフの数々。しかも顔にほとんど感情を見せずに平常運転そのままで、である。
トントン……
龍海の肩をつつく音。
「よ、洋子……?」
洋子は突いた指をゆっくり動かしてアマリアを指した。その後、今度は龍海に指先を戻して、そして言ったもんだ。
「奥さん……」
龍海は全身の血が一気に抜けていく感覚に襲われた。