状況の人、二人目と出会う4
「だからよ、俺が自分に嘘ついたままでメルと一緒になっていいのかって事で……」
「よくわかりませんね~。そんなに拘る事でしょうか?」
「ロイの言う通りですわ。お二方の婚姻は王国と魔導国との戦争を避ける事が出来ますし、何より魔導王陛下がそれをお望みですし」
「戦争しちゃったら宝珠使わせてもらえないしね~」
「ったく~。他人事だと思ってよぉ」
そう言いながらも、しかし龍海は思う。
――メルは……どれほど俺の事を想ってくれているんだろう?
さっき話していた様に、現代日本とこの世界では結婚観がまるで違う。果たしてメルは、その辺どうなのだろう?
とは言っても彼女は取りも直さず魔導王国の元首である。彼女の思考はすべからく魔導王国の安寧第一でなければならない。そのためなら吐き気がするような相手であろうが、婚姻することも辞さない、そんな覚悟でいてもおかしくはない。
もし、自分との婚姻にしても、彼女がそんな思いであるとすれば龍海自身の事がどう思われているかより、そんな決意までしなければならないメルが気の毒……龍海はそんな風にも考えてしまう。
だがあの監獄での告白は彼女からのアプローチだった。
あれがハニー・トラップなら大した手練れだと思うが、システらの反応を見る限りそうとは考えにくい。
――でも、今日明日の話って訳じゃないから、もう少し彼女と話し合いたいな……
とりあえず、今のところはそこが龍海自身の落としどころであろうか。あまり考えすぎても頭が痛くなるだけだ。
「まあ、その辺はこれからも煮詰めていくと思うし、差し当たっ……」
コン コン
ノック音が小さく響く。
「はい、どちら様ですか?」
ロイが誰何した。同時に扉がガチャっと開く。
「え!?」
本来なら誰何された時点で自己の氏素性を名乗って用向きを伝え、許可を受けた後に入室となるのだが、それを待たずにいきなり扉は開かれた。
そこからピョコンと入り込んできた顔は……
「で、殿下!」
頭痛の種(?)の一つ、アマリア王女殿下であった。全員の目が、点を描いただけのピンポン玉をはめ込んだが如く見開かれた。
「王女殿下! なぜここに!?」
「来ちゃった!」
と笑顔満面の王女殿下。屈託のない笑顔とは正にこの顔の事を言うのだろう。そして如何にも定番的なセリフを吐きなさったアマリア姫、ニッコリニコニコ。
そんなアマリアを見てイーミュウ、
「殿下! こんな時分に一体……あ、あの、お付きの方は? まさかお一人で、なんてことは……」
通常の王侯貴族の行状としては些か外れていると察知、確認を取る。
「その、お一人でございますわ!」
と、答えながらアマリアは部屋に入ってきた。
「で、殿下! そのお召し物は!」
更にイーミュウが驚愕。アマリアはなんと宮中侍女のメイド服を着ていた。
「ええ、わたくしに仕えて下さっている侍女の方の服を拝借しまして。おかげで誰にも気付かれずにここまでやって来れましたわ!」
「え? 拝借って……そのメイドさんは?」
思わず龍海突っ込む。
「はい、わたくしの代わりに只今ベッドでお休み頂いておりますの」
「代わりにって……殿下のお住まいは王宮の更に奥の丸。ここまで少なくとも10分くらいは」
ロイも突っ込む。その辺りは彼らの方が知見が有るだろうからお任せである。
「ええ、しかも人目を忍びながらですから、もう少しかかりましたわ」
「また何でそんな!」
「当り前じゃないですか!?」
そう言うとアマリアはススス~っと龍海の前へ歩み寄った。
「お話を聞いてからわたくし、心待ちにしていたのです。お父上から、お国を守って頂ける勇者さまに輿入れはどうか? と問われました時は天にも昇る思いでしたわ! だって、幼少時から聞かされた英雄譚、心をときめかせながら聞き入っていた神々からの使者の雄姿! ずっと憧れでしたわ!」
「は、はぁ……」
しかしそれは子供向けに色々と誇張された只のお伽噺……まあ今でも年齢的にはお子様の範疇だが。
「ですがこの歳ともなりますと、それはやはり愚図る子供をあやすための夢物語、架空の出来事と認識せざるを得なくなっておりまして……」
――まあ、サンタクロースだわなぁ
「ですが!」
ビクッ!
いきなりの大声に龍海の心臓がちょいと捻られた。
「そうとあきらめる寸前! 目の前に! あれほど! 身を焦がすほどにあこがれた! そんな英雄さまがわたくしの前に現れて頂けたのです! これぞ天のお引合わせと言わず何と申しましょう!」
「や、そ、それほどのもんじゃ……」
「これは天命ですわ! この身! この思い! このわたくしの全ては勇者さまのために、あなたさまのために私は今日まで生きていたのだと!」
ガバッ!
アマリアは、些か電波ってる彼女を見て呆然とする龍海の胸に飛び込んだ。
両の手を龍海の背に回し、固く抱きしめて、その頬を胸元にスリスリと擦り付ける。
話だけなら、お花畑だな~レベルで済ませられてはいたが、いきなりの、プレイヤーにダイレクトアタック! と来ては、さすがにビビる龍海である。
「シノノメ……いえ、タツミ様ぁ~」
――うぐ!
甘~い声音で龍海の名を呼ぶ王女殿下。半ば閉じられた瞳は、ウットリを眼で表したらこうなるのか? と言いたくなるほど、とろ~んとした光を発していた。
メルとは違う髪の匂い。最近、宮中で流行しているらしい香水が、鼻につきすぎず、あくまでわき役に徹するがごとく絶妙な香量で龍海の鼻腔を擽る。
しかしながら、体躯こそ洋子やイーミュウを凌駕するほど恵まれてはいるものの、そこはやはり年相応の華奢な感じ、か弱さも感じる、いかにも保護欲を掻き立ててくる、メルとは別次元のオーラを龍海は感じ取っていた。いや、絡められていた、と言えるかもしれない。
しかし……
「シノ、さん?」
――はぅ!
後ろから洋子の声。
「わかってるよね?」
――ふ、ふお……
「今、あんたの胸に、張り付いてる、このコの素性……」
――あ、ああ……
「トチ狂ってんじゃないわよ? 発育がいいからって? あたしよりちょっと胸が大きくったって? 所詮は12歳なんだからね? わかってるわよね?」
「お、おう……」
「マジでロリノメになる気……無いよね?」
まるで地の底から湧き上がって来るような重苦しい語調である。
後ろを向けば恐らく洋子さんは、黒メッシュの背景にゴゴゴ~とか擬音を響かせて、闇夜に輝く黒猫の目のような眼光を発してこちらを睨みつけているに違いない。
「も、もちろんだよ、そんな人の道、外すよ、うな……」
と、その時!
ゾワッ!
「タツミィ!」
「みんな伏せろー!」