状況の人、二人目と出会う2
「……あ、あのう……」
もう一度、声を掛けようとする龍海。しかし女性は変わらず龍海に視線を固定したままだ。
「お、お怪我は……?」
「そら……」
女性はやっと口を開いた。
「はい?」
「空から……人が……」
「え? あ、いや、二階のバルコニーから……」
彼女は二階を見上げた。
二階と言っても、ここいらの建物は王都府の管轄のモノで天井も高く、並の人間が飛び降りて平気な顔をして声を掛けてくるというのはそうそうあるものではない。
「そ、そちらこそ大丈夫ですか? あんな高いところから飛び降りて……」
ケガの有無を答えられる前に質問が来た。
「は? ああ、私は多少ですが身体強化魔法が使えますのでこの程度は……いや私より貴女の方は……」
「はあ。いきなりでビックリしてしまいましたが、今はそれ程でも……」
女性は頭を擦りながら答えてくれた。そのまま立ち上がろうとする。
龍海はすかさず手を伸ばして支えになる。
「あ、ありがとうございます」
龍海の手を取って立ち上がった女性は洋子らより背が高く、メルといい勝負と言えそう。
「でも一体、どうして……」
もう一度頭を手で押さえ、先ほど受けた衝撃の原因を探った。周りをキョロキョロと見回す。
「こ、これを落としてしまったんです。ホントに失礼いたしました」
龍海は落としたコミックを拾い上げた。
「これ、ですか? 本……絵本かしら?」
マジマジと見つめる女性。
「シノさん! その人、大丈夫!? ケガは!?」
洋子も降りてきた。龍海と同じ強化魔法を使って。
「こ、今度は、空から女の子が!」
親方ー! と一瞬、脳内再生される龍海。まあ、それは置いといて。
「あ、大丈夫です。彼女は私以上の魔法の使い手で……」
「こちらの方も!? え、あ、もしかして……」
戸惑う女性。龍海と洋子を交互に眺めると、一瞬逡巡したかのような間の後、龍海の手からコミックを取り上げた。
「へ?」
「なんてきれいな紙……」
ティーグと同様の反応の女性。続いて彼女は中身も見始めた。
「ムラの無い素晴らしい製本。今まで見た事も無い画風……こんな書籍は書庫のどこを探しても……それに人並外れたスキルをお持ちの殿方と女性……やはり!」
女性は大きな眼を更に大きくして龍海を見つめた。
「あなた方は異世界からいらっしゃった……!」
――知ってる?
「殿下ー!」
自分らの素性を当てられそうになった刹那、建物の中から声が。
女性を含めて龍海ら三人はそちらの方に目を向けた。
「殿下! こんなところにお一人で!」
声の主が小走りでやってきた。
お付きの人だろうか? カレンよりかは年配に見える、歳の頃40前後の女性だ。
「只今こちらでは重要閣僚会議が開催されております。あまり出歩かれては!」
「庭に出るくらい、いいじゃない」
「そういう問題ではございません! その会議には魔導国の使節も来訪されております。彼の方々に良い感情を持たぬ輩がテロを画策している可能性も否定できない由! 殿下の御身に何かありましたら!」
――殿下って事は王族か? 長女か次女か? てか、そんな高貴な方に本ぶつけちまった!?
若干、血の気が引いていく龍海。ざっと見たところ、目立った外傷は認められないが、例え小さなたん瘤であったにせよ打ち首もんの不敬行為である。
「大丈夫よ。その時はきっと、こちらの方が守って下さるわ」
――ほえ?
「……不躾ながら、お二方はもしや異世界の勇者様?」
鋭い目線は緩めずこちらに質問してくる侍女らしき女性。仕える主に仇成すものは何人たりとも、例え、国の命運を担う勇者であろうとも立ちはだかる、そんな気を撒き散らしている。
「はあ、まあ、そう言う事なんですが……」
「やっぱり!」
対して殿下の表情は真逆にパアッと明るくなった。思わず胸の前で手を合わせて高揚なされている。
しかし侍女。
「例えそうでありましても、曲がりなりにも王家の血を引く殿下との謁見を許可無く行うなど不敬と言う以外に言を持ちませんよ!? まずは段取と言うものに従って!」
「そんな固い言い方、する事ないじゃないの。ただの偶然なのよ?」
「そういう訳にはいきませんよ、アマリア殿下!」
――ああ、アマリアって言うんだ、このお姫さま。え? アマリア?
龍海の脳内では、アマリアと言う名を記憶の中に見つけるのには、さほど時間はかからなかった。
故に龍海の身体は瞬時に硬直した。
トントントントン! トントントントン!
横で同じく硬直していた洋子が、人差し指を何とか動かして龍海の肩を高速で突いて来る。89式のフルオート並みの回転速度でだ。
話が違う! これで12歳とかインチキ! 洋子の人差し指はそう言っていたに違いない。
龍海もまた、それに答えるように首をカクカク、カクカクと頷きまくった。64式のフルオート並みの回転速度でだ。
「いいのよ、サラ。だってこの方は……」
侍女の名前はサラと言うのか。まあ、それはとりあえず心の上棚にでも上げておいて。
アマリアは一歩下がると、ドレスの裾をちょいと持ち上げながら龍海と洋子に対し、深くお辞儀をした。いわゆる膝折礼スタイルだ。
「お初にお目にかかります、勇者シノノメ卿、サイガ卿。わたくしはアデリア国王ピエト・スミス・チェイスター三世が三女、アマリア・チェイスターと申します。以後お見知りおきを……わたくしの勇者さま!」
優雅に、優雅な上にも優雅に自己紹介なされたアマリア王女。
そんな彼女の大きな眼から発せられたオメメキラキラビームに、龍海は血糖値が30以下になったんじゃないかと言うほどの目まいを感じていた。
「ちょっと離れていた隙に、何かややこしい事になっとるの~」
古龍同士の女子会()から帰って来ていたカレンが、呆れ半分で龍海の現状を憂いた。
その後は侍女のサラの諌言と龍海らの会議再開に伴い、とりあえずアマリアとはその場で別れる事になったのだが、別れ際の彼女の”これでもか!”という熱い視線には龍海も洋子も不安と懸念しか無かった。




