状況の人、二人目と出会う1
「あ~、ありゃマジで失敗だった。酒なんて文明が出来てから間もなく、ず~っと人間社会で嗜まれてっからすっかり油断しちまった」
「そこからアデリアの勇者召喚疑惑と結びつけるのは大して時間は掛からなかった。ただアデリア王都の動きがいつもと変わらなかったからハズレかも? とも考える者も多かったけどな。そんなところであの酒だ」
「う~」
「そんじょそこらでは見たことも聞いた事も無い酒。もしも召喚された異世界人がこちらには存在しない自分たちの世界の物品を調達できる能力が有るなら武力・軍事面でもそれが可能なわけで……そこに北方での盗賊団壊滅、俺たちのテロ計画の阻止、火竜の突然の消滅。これらにも俄然、信憑性が増して来る。そう言った情報をくっつけた時に、俺たちやビアンキ侯夫人らの派閥は全員が意見の一致をみて結束することになった」
「ビアンキ候? たしかハト派……反戦派と言っていいか? そっちの派閥だよな。結束したってなんぞ?」
「我らに対しても心安いあんたらと通じて、主戦派の頭を押さえようってな」
「俺たちを?」
「まあ、その途端に宰相から魔王モノーポリが主戦派から非戦派……というか慎重派に転向したって通達を受けて驚いちまったけどな。その原因があんたと陛下の結婚騒ぎ、しかも陛下の方から求婚したって言うじゃないか。いったい何者なんだ? 異世界人ってだけで済む事なのか? ってまた頭悩ましたわけでよ」
「しかしてその実態は?」
とイーミュウ。間髪入れず、
「ただのキモオタよ」
洋子がぶち込む。言葉はアレだが、ニヤ付いて軽口交じりに言っているところ、本人は冗談のつもりなのだろう。
口をへの字に曲げるも「好きに言えや」状態の龍海。
「きもおた……彼の称号か? 剣聖とか大剣豪とか……じゃあ無さそうだな、二人のイントネーションからすると」
「こういうのを有り難がってる連中の称号よ」
洋子は以前、龍海の背嚢から抜き出しておいた異世界ファンタジーコミックをティーグに放り投げた。それはもう、ポイっと。
「おい、また勝手にガメたのか!」
「暇つぶしにね~。18禁じゃないんでしょ?」
「んん? 絵草紙? ずいぶん艶のある紙だな? そうか、異世界の……」
とティーグくん、中身をペラペラ。
「な、なな何じゃ、こりゃぁ!?」
はい、お約束の異文化的衝撃。ティーグくんの目が血走り始めました。
「お、俺たちウルフ族の女に猫族! 狐種に兎娘まで! それが、こ、こんなけしからん体躯で、しかもこんなあられもない姿でぇ~! け、けしからん、けしからんぞ!」
「……目はしっかり釘付けね、ティーグ軍曹~?」
洋子さん、新たなキモオタ候補生を発見。全く男はどいつもこいつも、みたいな目線をくれてくる。
「はは、俺たちと違って、ファンタジーじゃなくてリアルだもんな~」
「シノノメ卿、そろそろ再開ですよぉ。ってどうしたんです? 随分盛り上がって?」
休憩中、レベッカに用があると言って外していたロイが、会議再開間近と言う事で龍海たちを呼びに来た。
「あれ? ティーグ軍曹、眼を皿のようにして何をご覧になってるんです?」
「え! いや違うんだ、これは、あの!」
「これは……シノノメ卿のご愛読書じゃないですか?」
「だ、だからこれは! サイガ殿が!」
「卿の前で言うのも僭越の極みですが、こういう公序良俗に反する書籍の閲覧は如何なものかと思いますがねぇ?」
――いや、普通に一般書だし? 見えちゃいけないところは描かれてないし? でもまあ慣れてない連中に取っちゃ春画みたいなもんかなぁ?
「う、そ、それは! う、うむ! トライデント軍曹の意見には俺も賛成だな! 全くけしからん書籍だ!」
「わっかりやすいわねぇ~。思いっきり琴線かなんかに触れてんじゃん。ねぇイーミュウ?」
「え? ま、まあ、そうですわね、ほほほ」
「……」
考えてみれば、イーミュウにとってはその手の本に関心を示さないロイが、真面目だから、と言うワケでは無く女はそういう対象ではない、という部分に悩み所が有りそうではある。
どこぞのキモオタの様に、女性を見るのはまずお胸から! てな手合いと違って、他の女に目を奪われない点では申し分は無いのだが、自分も女として見て貰えないのは頭痛のタネだ。
それでいて、ロイにとって今一番大事にしたい女性は紛れもなくイーミュウであることは、マティらに拉致された時に見せた彼の眼の色からも推察は容易。困ったもんである。
「どうやらこちらの方々には目の毒のようだから、その本は回収するわね?」
そう言うと洋子は、名残惜しさを隠しきれないティーグからコミックを取り上げた。そしてそのまま自分の雑嚢に仕舞おうとした。
「おい、何でお前が持つんだよ。俺のじゃん?」
「いいでしょ? まだ半分しか読んでないもん」
「あんだけ悪し様に貶しておきながら、自分も楽しんでるのかよ!?」
「オタとは目線が違うの! これに出てくる潜在的魔法力に翻弄される兎っ子が他人とは思えないのよね~。どうせあんたらは女の子の気持ちの描写よりも、お尻やお胸ばっか見てんでしょ!?」
「悪いか!」
「ったく! これまではともかく、今はメルさんて彼女がいるんだから! こんな画に過ぎない女体にハァハァしてんじゃないわよ!」
「うるせー! 絵に描いた餅じゃ腹は膨れねぇが、絵に描いたおっぱいはオカズになるんだよ!」
「何開き直ってんのよ! メルさんに気の毒だからこれは没収!」
「くそ! ならこっちにも考えがあるぞ! 兎っ子の顛末、ネタバレしてやる!」
「な! 最っ低! だからあんたは今以って童貞なのよ!」
「うっせー、返せ!」
などと、『再現でまた作り直せばよいのでは?』と呆れるイーミュウらを尻目にコミックを取り合う二人。しかしついと、
「あ……」
洋子の手から滑り落ちるコミック。そのまま下の庭先へ。
そして、
コーン!
「痛ぁい!」
人に当たったらしい音と悲鳴。
「「やば!」」
慌てて下を見る龍海と洋子。するとドレスを纏った女性らしき人物が頭を抱えて蹲っている。
コミック本如きの重量など大した事は無いが、もしも背側の角に当たったらそれはそれで結構な破壊力()だ。しかも相手は女性。
「だ、大丈夫ですか!?」
龍海は身体強化魔法をかけてバルコニーから飛び降りた。洋子ほどでは無いにしろ、今では6~7m程度の、この落差くらいは耐えられる程度に強化することが可能だ。因みに生粋の空挺隊員は魔法が無くてもこの程度は無傷で飛び降りることが出来るバケモノだらけである。
「あ、あの! お怪我は!?」
龍海が、変わらず頭を押さえている女性に声を掛ける。
女性は、「う、う~」と小さく唸りながら、右目だけを開けて龍海を見上げてきた。
歳の頃は洋子やイーミュウと同じくらいだろうか? しかしお胸は彼女たちより一周り上な印象。
腰まで届きそうな栗色の髪の両サイドを編み込んで、後ろでコサージュの様に纏められたヘアスタイルに、淡いピンクに近い白っぽいドレスを着たその女性は一見して貴族か、またはそれに類する上流階級の女性だとすぐに分かった。大体が王宮敷地内に庶民がこのような華美なドレスを纏って、おいそれと歩き回っているわけは無いのだからまあ、そっち方面の人種だろう。
「申し訳ありません! 俺……私の不手際でご迷惑を!」
とにもかくにも謝罪する龍海。そんな龍海を彼女はボーっと見つめ、閉じていた左目も開けて、更にボーっと見つめた。