状況の人、王都へ帰還する3
この王都を発ってから4カ月だろうか? 5カ月だろうか?
王都に入る付近の農地では麦などの作物が、そろそろ収穫かな? と思えるほど実っていたので、日本で言えば秋に相当する季節になって来ている様だ。だとすると、
――収穫が終わった辺りで動く気なのかな~
などと、宰相アリータをはじめとしたアデリア王国の王都府閣僚や地方領主たちが一堂に会した広間で、龍海はそんな事を考えていた。
「シーケン候もシノノメ卿の後見に、名乗りを上げなさるか?」
「我がプロフィット市はシノノメ殿らのパーティの根城でございますぞ? それは私が陛下の落とし胤たる卿の実質的養父であったから……なかなか筋が通っていると考えますが?」
半ば不敵ともいえる笑みを浮かべながらシーケン侯爵は答えた。
集った閣僚は、フェアーライトが告げた龍海を地方貴族の庇護下に居た王の隠し子、と言う設定で王族の一人であると名乗らせた上で魔導王と婚姻、二国は同盟を結ぶと言う提案を採用した場合の方策を模擬的に検討していた。
「しかしそれは、サイガ卿らの活動から敵国の目を背けるためのダミーでしょう? それを以て真とするのは如何なものでしょうな?」
「まあ、臣民や他国の間諜からすれば得心も得られやすいのは一理あるところでございますな」
「それならば、食糧倉庫焼討ちテロを未然に防止した実績のある、当方のオデ市の5人組……と言う事で私が後見であっても納得する臣民は多かろう?」
オデ市を中心とする南部の領主、ティーマ公爵も手を上げる。
「いやいや、手前の管轄する村近くで行われた火竜退治の件が知れ渡れば、手前が養父となってもおかしくは有りますまい?」
同じく立候補する中部、イーナの村を擁するミケレ辺境伯。
「イーナさんの村、ほとんど見捨ててたくせにさぁ……」
身を挺して火竜退治を懇願していたイーナの事を思うと、ミケレの調子の良さには、いい感情は持てない洋子。オブザーバーとして閣僚たちの卓からは少し下がった席に並んだ龍海たちにのみ聞こえる程度の小声で零す。
「やっぱ王室とのパイプを太くしたいのかねぇ?」
龍海も概ねに於いて洋子と同意見であった。
「勝手のいい事! 釈然としないわ!」
などと洋子がボヤく中、議事は次の段階に移った。
「陛下のご意向もありますが、養父として名乗る方がいらっしゃると言う事で、この案は重要候補として引き続き検討する事と致しましょう」
宰相のアリータが、一旦、区切りを入れた。
「現状、ポータリアが秘密裏にシーエス勢に対する武器供与が行われていると言う魔導王国側の情報。加えて我が方、オデ市を中心にアンドロウムによる市民勢力の分断工作疑惑とを重ねて分析いたしますと、一番考えられる方策は二国は南部の士気を低めた上で、増強したシーエス勢を一気に攻め込ませ、双方の弱体化を狙うと言ったところですが」
――オデの酒場でケンカしてたな~。あれも帝国が茶々入れてんのかな?
龍海は初めてイノミナ――メルと出会った酒場の喧騒を思い出していた。
あれだけで判断するのは早計ではあるが、市民の世代を超えた結束を阻害していたとしても何ら不思議な事では無いだろう。
ツセー市とオデ市がぶつかって両方が疲弊すれば、その後にアンドロウムが東部から南部に侵攻、北部からの増援はポータリア牽制のために困難……いや、ポータリアがアンドロウムと歩調を合わせて侵攻すれば、中央部はアデリアも魔導国も王都防衛が最優先であろうし身動きが取れなくなる。それが最悪のシナリオとなるのは龍海ならずとも容易に想像できよう。
アリータが続ける。
「カニンガム防衛相、動きがあるとすればいつごろでしょう?」
「我が王都の魔導障壁の魔力源である宝珠の魔力は、勇者召喚によって枯渇してしまっていることは周辺国すべてに周知されておりますでしょう。やるなら今秋……二国がそう考えるは必定と言うもの……我が軍の諜報部が集めた情報からして、その辺りが正念場であると考えます」
「勇者殿が召喚後即、魔導国に侵攻できる能力を発揮して頂けておればのぅ」
嫌味、当てつけ、嫌がらせ満面で皮肉る内務相。
当然、洋子の口元がさらに歪む。
「こちらの都合で召喚した上で、それが期待外れだったとは言え、それをサイガ殿に被けるのは如何なものでしょうか? それに能力向上著しいサイガ殿に加えて、予定外であったシノノメ殿との総合戦力は当初の期待に違わぬレベル、いやそれ以上にまで達しつつあります」
洋子の表情を読んだか、レベッカが擁護してくれた。洋子ちゃん、少し血圧鎮静化。
「本来なら召喚後、時を経ずして魔導国に侵攻、秋を待たずに首都を制圧するのが当初の段取でしたが、それが叶わぬ今は降って湧いた感は否めぬものの、魔導国との同盟は戦力・国力の損耗を避ける手段としては大きな選択肢になった事は僥倖と言えましょう。それが実現するだけで二国は我らに対する侵攻を躊躇するでしょうし」
「これまでの中で何かご意見はございますか、パナッソ公爵殿?」
本会議のために、魔導国はモノーポリ領の中でもハト派と目される在アデリア大使パナッソ公爵を招いていた。
「我が地方の趨勢は今までは主戦派が多かったのですが、魔導王陛下とシノノメ卿との一件以来、領主がすっかり陛下の方針に恭順する方向で纏まり始めましたので……王都アウロア市侵攻の際は我が軍が主力となるはずでしたが、それは避けられそうです」
「長年の敵対関係が改善されるのは、こちらとしても好ましいのですが、先の戦役の状況からすれば反対勢力もいるのでは?」
「はい、宰相閣下。全ての民が心底納得しておると言う訳には行きませんが……それらの者はシーエス領の主戦派と足並みを揃えそうではあります。引き続き説得はしておりますが」
「やはり、懸念するところはシーエス勢ですな。彼らが軟化してくれれば、激戦の記憶も生々しい我らオデの市民も抑える事が出来ましょう」
「恐れ入ります、ティーマ公爵閣下。しかし彼ら主戦派は矛を収めてくれますかな?」
「アンドロウムの分断工作を逆に利用すべきでしょう。主戦派、反戦派の争いの中に、真の標的をアンドロウムに持って行く方向で」
「首尾よく、シーエスへの恨みをアンドロウムに向かせる事が出来れば一番なのですが……それにしても王都府、魔導王府の足並みをきっちり揃えてから、が第一条件ですな」
一区切りがつき、2時間を超えた本会議は、いったん休憩に入った。
休憩時間は30分。龍海たちは控室のバルコニーへ出て、お偉方の目を気にせずに羽を伸ばすことにした。茶や茶請は用意されており、勝手に頂くことにする。
「どうやら冗談抜きでシノさまが魔導王陛下とご結婚されることになりそうですわね~」
茶請の焼き菓子――マドレーヌのようなバターケーキを頬張りつつ、イーミュウが半ば呆れながら言った。
「実感湧かねぇ~。てか、マジで俺って結婚すんのかな?」
「思いっきり他人事ね。マリッジブルー?」
やっぱり洋子さんも呆れ気味です。