状況の人、王都へ帰還する2
「恐れ入ります。で、まあ、先の大戦から20年が過ぎ、奴隷も二世の時代になって来ました。その中でも素質の有りそうな者、向上心のある者は準臣民として我が方に取り込む事を魔王閣下が承認なされましたので、これは、という逸材は城内においても先ほどのヤマネコ族の様に登用しております」
「そうですか。では彼らはいずれ正規の臣民に?」
「彼ら自身がそれを望むのであれば」
「でしたらモノーポリ閣下同様、陛下の御意に沿って頂いていると?」
「結果としてはそうなりますかな?」
「あの子たちの親の世代も、いつか故郷に帰れる日が来ると言う訳ですね?」
「果たして……それはどうでしょうなぁ」
官房長は鼻で軽く嘆息しながら零した。
「違うのですか?」
「彼らは……」
「はい?」
「彼らは、自分たちはアデリアに見捨てられた、と故郷を深く恨む傾向にあります」
「……」
「捕獲した捕虜も、連行した一般人も、こちらの方が数は多かったですから、戦後捕虜交換の後は身代金での交換になるのはご存じでしょうが、アデリアにはそれに回す資金は有りませんでした」
「たしかアデリア側から、しばらく留保してほしいとの要請があったと聞いておりますが……」
「その通りです。留保と言うと『将来的に引き取る』とも受け取れますが実質は……」
「事実上の放棄……」
「そう捉えて構わないかと。当方と致しましても、労働力の確保と言う点からこれ幸いと彼らを捕虜扱いから奴隷として徴用し、復興労働の人力と致しました。先述の通り、遺族感情を考えれば臣民や準臣民では無く、奴隷制を活用するしか無かったのです」
「その感情がアデリアに?」
コンコン
「失礼いたします」
先ほどの給仕が官房長用のティーカップを携えて戻ってきた。すぐさま官房長の前に並べて、茶の用意をする。
――話題、変えた方がいいかな? いえ……
一介の雑用にそれほど気を使うことは無いかも? とも思ったリバァだったが、テキパキと給仕する少年を見ていると何か気が引けた。
官房長への茶の用意を終えた少年は、一言「ご苦労」と労われた後、会談の邪魔にならぬよう二人の視界の外に出た。
「そう言ったところです。ですから……」
「はい? ハッ!」
リバァは突然、強烈な殺気を感じて身体を硬直させた。
いつの間にかリバァの横に忍び寄ったヤマネコ少年は、右の首元にナイフを突きつけて彼女の動きを封じたのだ。
文官であり、武道は在り来たりの護身術程度しか心得の無いリバァでは全く反応が出来ず、いきなり発せられた殺気を感じ取るのが今の彼女では精いっぱいであった。
「ですから……いくらポータリア・アンドロウムに対抗するするためとは言え、アデリアと組むなどと言う愚行は到底請け入れられるものではなく……それは我々だけでなく、彼らの意思でもある、と言う事ですよ」
読み違えたか? リバァはそう悔恨を含めて奥歯を軋ませた。
リバァはもちろんの事、宰相システも、魔導王フェアーライトも彼が反対の意思を見せるであろう事は想定内でもある。しかし……
「特使さま、どうか自分たちの指示通りに」
――タイミングが早すぎる……! しかもこの強硬手段!
リバァはヤマネコ少年の警告を聞きながら、懸命に情報整理に努める。
「魔導王陛下の、我ら臣民を戦渦に巻き込まないため、との御心は大変尊き事ながら我らシーエス臣民には得心のいくところではありません。魔導王陛下には是非ご再考をお願いしたく、一両日内に直接魔王閣下自ら、陳情に上がる次第でございます」
「それならば、なぜ今、特使の私に刃を向けますか!? その旨を私に持ち帰らせ、来たる6魔王のサミットで……!」
リバァがそう考えるのは当然であろう。
その上でこの所業は……リバァの脳内でいくつかの点が線として結び合った。それも最悪の様相で。
「ま、まさか、あなた方は王都を!」
「此度の演習は我が方の稼働全部隊が参加しております。我らが思いを魔王陛下にお届けするには絶好の機会です」
――クーデター!
条件があまりにも揃いすぎており、その結論に達するのにさして時は掛からなかった。
――彼らは、モーグを武力制圧する気だ!
「し、しかし王都までの間にはハスク公爵領が! ハスク公はこんな横紙破りを容認するとは思えません!」
シーエス領内で穏健派のトップといわれるハスク公爵は、東北部のビアンキ侯爵夫人らと反主流派のまとめ役であったはず。蜂起軍の領内通過を認めるとは思えないが。
「此度の大演習は我が領の北方のほとんどが状況地域に指定されております。故にハスク領の軍兵も参加しておりますれば、訓練目標の変更も有り得るわけでして。まあ、ビアンキ侯爵辺りはご不満に感じるやもしれませんが」
――反戦派の連携が切り崩されている!
「ご安心を。こちらの指示に従って頂ける限り、特使殿には危害を加える事は有り得ません。どうか不用意な行動は慎んで頂きますよう、切にお願い申し上げます」
そう言うと官房長はテーブルをコンコンと叩いた。
それを合図に扉が開き、二人の衛兵と一人のメイドが入ってきた。
「お連れしろ」
官房長の指示に従い、まず衛兵がリバァの両手に枷を掛けた。
「こちらへ……」
その後メイドがリバァの左腕を絡めて誘導する。
その伸び切った狼の耳、獲物を狙うかの如き鋭い眼光や卒の無い所作は、彼女が単なる侍女では無く武に秀でた荒事にも対応できる者であることが即座に分かった。
リバァではとても敵わないと。
「わ、私と同行した部下たちは!?」
「事の次第が成功裏に収まれば、特使殿とご一行の身柄は即座に解放させて頂きます。それまで、どうかご理解の上ご堪忍を」
そう言い終ると官房長は小さく顎を杓った。
それを受け、三人はリバァを連れて応接室から出て行った。