状況の人、「話は聞かせてもらったぞ!」6
「どうやらサイガ殿らの世相とは、婚姻に関して我らの世界と齟齬があるようだな? それにしても、そこまで悪し様に……ん?」
訝し気な顔になるレベッカ。
「え? なによ?」
「よもやサイガ殿は……嫉妬を?」
「ない!」
即答!
まあ、龍海としても洋子には頼られることは有っても、男として好かれると言うのはよもやよもやと有るまいと。
逆にそれだからこそ、洋子とは良好な関係を築いていけているとも言える。
「そりゃないよ、隊長。確かに今の状況には俺も戸惑っちゃいるけど、洋子は故郷に帰ることで頭はいっぱいさ」
「……」
洋子は口をへの字に曲げ、無言のまま天幕の出口に歩き始めた。
「ヨウコさま、どちらへ?」
「外の空気吸って来る。ここ臭い!」
吐き捨てながら天幕外へ出る洋子。
「ヨウコさま……」
「……まずったかな?」
レベッカが肩を竦めながら零した。
「いや、隊長が気にすること無いっすよ」
「しかしこの微妙な状況下、サイガ殿のメンタルが乱れるのはな?」
「その辺は俺の方で何とかしますよ。それより先ほどの話しっすけどね?」
「それについてだが……なあ、シノノメ殿」
「はい?」
「一度、王都に戻って来てくれんか? 陛下や宰相方の前で現状の説明と、今の貴公の提案を話してほしい。貴公の口から直接の方が良さそうだ」
「う~ん、その方がいいかなぁ。こっちも縁談、あっちも縁談。針の筵になりそうだけどなぁ~」
「目的は同じでも、計画も手順もコロッと変わってしまうのだぞ? 一筋縄では行かないのは決まっているだろう。いいな?」
「りょーかい。出来る限りのことはするっすよ」
龍海、後頭部をボリボリ掻きながら。
その後、レベッカと調整して野外演習は明日で引き上げて、部隊の帰営と共に龍海たちも王都に向かうことに取り決めた。
♦
演習部隊は王都近くに流れていく川の左岸に展開していた。
今、河原で訓練している兵たちは連隊の一般歩兵であり、レベッカ直下の治安部隊ではない。レベッカは龍海たちの現状報告と協議のために、視察名目で同行しているだけである。
「いやー!」
カアァン!
敵兵を模した甲冑だけの人形に、訓練用の槍を手に全力で突きを放つ歩兵。
踏み込みが甘い!
もっと腰を入れろ!
教官の指導・叱責が飛び交う。
――シノさんも同じこと言ってたなぁ……
土手に座って膝を抱えながら訓練を眺める洋子は、龍海から受けた着剣しての戦闘訓練を思い出した。人間の固さに近い人形を相手に、思いっきり突いたつもりが半分も刺さらなかった最初の頃。
大の男でも、ちょっと気を緩めれば根元まで刺さらないらしいが、筋力強化をモノにした今の洋子は片手でも出来るようになった。
――……
「隣、いいかぁ?」
龍海の声。
一瞬声の方を向く洋子だったが、無言のまますぐに戻した。
そんな洋子の反応を見て、小さく嘆息しながら龍海は彼女の左にゆっくり座った。足を投げ出し、手を後ろについて歩兵連隊の練習風景を眺める。
「得物は違っても、基本は変わらねぇなぁ」
龍海がボソッと。
洋子からの反応は……まだ無い。また一つ、小さくため息。
「なあ、洋子……」
うまい前置きが思いつかず、龍海はいきなり本題に入ろうとした。
だが、
「ごめんなさい!」
「え?」
洋子いきなりの謝罪である。
顔こそこちらには向けず、俯いたままであったが、これには龍海にとってもちょっと意外な反応である。てっきり嫌みの一つ二つ飛んで来るかも? と。
「よ、洋……」
「ごめん、どうかしてた! ひどいこと言ってごめんなさい!」
「……オタとかロリとか言った事?」
「うん、ホントごめん……」
「まあ、オタ呼ばわりは慣れちゃいるけど、何回も連発されりゃ、そりゃ堪えるけど……オタに親でも殺されたんか? とか思ったり?」
「キズ……付いた?」
「だから慣れてはいるよ。言われ過ぎりゃ凹むけどさ……前にオタにイヤな事でもされたか?」
「う、うん……中学の時だけど。シノさんみたいにミリタリー系じゃなくてSFとかのアニメ好きだったと思うけど……」
「ふむ?」
「何が面白いの? って言っただけなのに、なんか小難しい理論とか設定とか言いだして『こんなことも知らないで偉そうに』とか『低能は安い恋愛ドラマでも見てろよ』だとか……」
「ああ、いるなぁ、中学生当たりだと。知識を持ってるってだけで人より優秀だと勘違いして他人を見下したがる奴」
とは言え、どっちもどっちだしなぁとも思う龍海。それはさておき。
「確かにさ、あたしは理系の知識とか全然だったけど……」
「大抵は二十歳も過ぎりゃ、知識は持ってるだけじゃダメって気が付くんだけどな。まあ知識がどんどん蓄積されるって、ある種、快感だしな」
「シノさんは……オタに限らずいろんな知識や経験あるから、そう言うのは無いけど……でもやっぱり、自分を見下した連中と同じ趣味のシノさんに敵わないって、なんだか引っ掛かりもあるし……それに、女の人見る時、胸から見るとかさぁ」
「あ~、クセになってて……面目ねぇ。でも、せっかく得られた知識なのに、人を見下す道具にしか使えない奴らって、俺も付き合いたくはないけどな」
「レベッカさんが、さ……」
「ん?」
「嫉妬か? って言ってたじゃない?」
「見事に即否定だったな、ははは」
「でも……少しは当たりかもって……」
「ほい?」
「勘違いしないでよ? 恋愛感情とかじゃないから!」
「それって、ツ……」
「ツンデレでもない!」
ようやく顔を上げて、ギロッと睨む洋子。斜め45°辺りから半目で睨まれると結構怖い。
「あ、あはは、そうだよねぇ。いや、初めてリアルで見られるかもって期待しちまった。ははは……」
龍海、後頭部ボリボリ。
「シノさんてさ、今回のトラブル……あたしとイーミュウが攫われて、モノーポリ公に捕まって、魔導王であるメルさんとも知り合って、求婚されて。アデリアでは王女様にまで好意を持たれて……」
「ま、まあ、成り行きだけど……」
「でもシノさんはそれらをみんな的確にこなしてさ。それに引き換えあたしは……」
「……」
「結局流されてるだけ。こちらに来て何か月も経つのに。シノさんは新しい事象に会ってもちゃんと切り抜けてるのに」
「俺だって別に、自信満々でやって来たワケじゃねえよ?」
「だって、どうしよう、どうすればいいんだろう、とか悩んでないじゃない?」
「そう見えるのかぁ? いやぁ、これでも結構……。ん? てか、お前の言う嫉妬って……そっち?」
「うん……」
こちらの世界に飛ばされた時、洋子の頭の中は正にパニックだった。
とにかく逃げ出し、人通りのない裏路地の物陰に潜んで、敷布を被って目に映ってくるものすら遮断して震えていた。
時折り、夢であってくれと目を開けるが景色は変わらない。そのたび、混乱と心細さで涙が止まらない。身体の震えも止まらない。
そんな中で見つけた街中を歩く龍海。それを見た洋子は、頭の中のゴチャゴチャが一点に纏められ(横に押しのけて?)龍海の前に飛び出した。
思いつくまま彼を詰り、罵り、責めまくった。
ただそれさえも……洋子のSOSだったのは言うまでもない。彼女自身も、その後それは自覚した。
その後の顛末も、自分の無事はすべて龍海ありきだった。自分一人ではあのまま餓死か野垂れ死にか、ロクな結果にはなっていなかったろう。