状況の人、「話は聞かせてもらったぞ!」1
「うむ、アデリアが異世界から勇者を召喚したと言うヤツだな? もしも本当ならば捨て置くわけにもいかんだろうが……本当ならば、な?」
「儀式自体が行われたのは確か……との事ですが」
「だが、不発だった……今のところ、それが各方面の一致した見解だな」
「そのようですな」
「話に聞く、天下無双と言うべき勇者の召喚に成功しておるなら、すでに魔導国に侵攻していてもおかしくないからのう。ポータリアも同様に見立てておるようだし」
「神の加護を以て異世界から超人的な勇者・英雄を召喚し、国や民の窮地を救う。こんな話は、どこの国でもお伽噺宜しく語られてはいますが私にはどうも……」
「ずいぶん昔……わしが候補生を卒業して尉官に昇進したころだったが、魔法兵養成機関である魔法高等学校を見学した際、老齢の魔導の知識に深い賢者に話を聞く機会があってな。面白半分に質問したら、召喚魔法自体は今現在でも可能だ、と真剣な顔で答えられたんだ。一笑に付されるもんと思い込んでいたから意外でな……正直、そう答えられたにも拘らず、なお半信半疑だったんだが」
「消費される魔力は、中枢部の最後の防壁とされる魔導障壁を展開できるほどだと耳にした事が有ります」
「つまり今のアデリアは、最後の防衛手段を失った可能性すらある」
「徴用基準の見直しなど、軍の再編等には動きがあるそうですが、何と言うか、王都防衛に対して、それほど焦った動きは無いと言うのが、こちらの物見・斥候からの情報です」
「王都に潜伏する間諜からの報告も同様だな。しかし、妙な情報も流れてきておる」
「妙?」
「ここのところ、アデリアの各地で魔獣や魔族相手に少人数で大きな戦果を挙げている集団が散見されるそうなんだ。集団と言っても4~5人程度らしいが」
「それは……初耳ですね。情報元は帝府の諜報部ですか? それとも外務部?」
「外務部だ。ポータリア経由の情報だからな」
「魔導国への遊撃活動が、既に始まっている?」
「そうとも言えん。その戦果と言うのが魔導国北部ポリシック領内の盗賊団の壊滅でな。領主も称賛していたくらいだそうだ」
「敵が称賛? なるほど、閣下が妙と仰るわけで……」
「それから程無く、南の港町のオデ市で画策された魔導国のシーエス勢による放火テロを未然に防いだという話も出た」
「同一グループの仕業ですか?」
「それがな、北部の盗賊団を屠ったグループは、皇国と隣接するシーケン領プロフィット市を根城にしておる冒険者パーティとの情報もあるのだ」
「そうですか。ん?」
リールは眉をゆがませ、ちょいと首を傾げた。
「失礼ながら、もしや閣下は、例の召喚儀式が実は成功していて、その勇者がそれらの功績を上げたかもしれないと、そうお思いで?」
「さすがにそれは早計だとわしも思うよ。だが、2~3人で盗賊団40人を皆殺しにしたとか、シーエス軍の国境警備隊にも知らされてなかった極秘のテロ計画を阻止したとか」
「しかしながら、それが同一であれ別の集団であれ、軍のより抜きの精鋭部隊であれば可能な事では? それにそう言った武勇伝は尾鰭足鰭が付いてくるってのは、よくある話ですし、盗賊40人を2人やそこらで皆殺し、なんてのはやはりその類では?」
「全く同意だ、わしもそう考えていたのだが……」
「まだ何か?」
「……火竜を撃退した……となれば、話は変わって来んか?」
リールは目を見開いた。寄っていた眉間のしわが伸び切る。
「か、火竜ですか? あの古代龍の!? いや、しばらく前から王国と魔導国の境当たりに塒を作り、頻繁に目撃されていた話は確かに聞こえてましたが……同じ国境でも、こちらでなくて良かったと、兵たちも安堵して噂してましたし」
「その件は王国やその出先機関が手を拱いていて半ば放置していたのに、いつの間にか火竜が消えてしまったので、その詳細が見えてきたのがつい最近だったそうでな。近くの村へ行商に行った商人が、街に戻った時に話しておるのをポータリアの潜入員が拾ったらしい」
「……もちろん、その潜入員は裏を取ったんでしょうね?」
「うむ、火竜が消えたのは事実だそうだ。ただ、なぜ消えたか? 去ったのか、退治されたのか? と言うハッキリした言質は周辺の村、集落でも取れていないそうだが」
「……仮に噂のパーティがそれをやってのけたとしたら……」
「召喚成功……考慮する必要性もあるだろう。何せ相手は、あの古龍の一角だ。火竜の火弾は強大な破壊力がある上に5キロも6キロも彼方に飛んでいくと言う。一個大隊、いや連隊を投入しても、近寄る前に灰にされてしまうのがオチだ」
「悟られぬよう密かに接近する……各軍の中でも1,2を争う戦士や、魔導士ら精鋭たちを選りすぐって当たるにしても、それこそ数人、精々十数人ていどで編成するしか……」
「かつてその方法で戦いを挑んだ冒険者パーティがいたそうだが、当然誰一人帰ってこなかった……百年以上に渡って伝わる、ギルドの語り草だ。もしも件のパーティが、それをやってのけたとしたら?」
「た、確かに召喚された勇者が伝説に伝わる超人種であるなら、あるいは……いや、しかし、どうでしょう、それは!? 単に火竜が根城を変えただけかも!?」
「もちろんそれもある。古龍たちは実に気まぐれな生態を見せるからな」
「それに、それほどの能力持ちなのが居るのなら、先ほど閣下が仰られたように、魔導国を攻めない理由が分かりません!」
「そのとおりだ。どの仮説をもってしても、モヤモヤが濃すぎるのだ」
「……」
しばしの沈黙。
パタパタパタ……パタ、パタ
雨音が小さくなってきた。小降りになってきたらしい。
激しい雨音のため、周辺にもし間諜・内通者はもちろん、自軍の兵卒らが聞き耳を立てていても今までの会話が聞きとられる事は無かっただろう。
間諜は論外だし、自軍の兵でもそんな話が広まって、軍の中に疑心暗鬼な空気が発生しては士気にかかわる。
戦いの趨勢は数が基本だが、やはり士気の高さはそれと同等に重要なファクターだ。
それ故、軍の指導部は兵たちに対する言動には常に気を配らなければならない。
雨が上がってしまい、配慮しなくていい時間は終わってしまった。




