状況の人、城内の夜1
さて、場所は変わって領主モノーポリの居城内。そこの、いわゆる謁見の間で玉座に座る魔導王フェアーライト。
本来はモノーポリの席であるが、今は当然フェアーライトが座り、その御前に跪く領主モノーポリ一党。
モノーポリ本人はもちろんの事、領主府の幕閣連、留置場の関係者にそれを管轄する警衛隊部隊長に、「イノミナ」を拘束した機動遊撃隊と騎馬隊に、その所属部隊の総司令官と幕僚たちが一般的4LDK分譲住宅が敷地ごと1~2軒まるまる入りそうな広さの室内一杯に殺到し、膝をつき……てかもう土下座であった。
「申し訳ございません、魔導王陛下!」
魔王モノーポリが両手を付き、床を砕かん勢いで頭を下げる。
「知らぬ事とは言え、陛下に剣を向けて力づくで拘束して捕縛し連行! あろうことか不潔極まりない牢獄に犯罪者として手枷足枷などを架して収監してしまうなどという、前代未聞の不敬を働きました全責任は愚輩モノーポリにございます!」
部屋内でモノーポリの謝罪が二重三重に反響しながら鳴り響く。
「この不始末、ここに連なる全て一族郎党全員万死に値するとは存じますが、なにとぞ、なにとぞ、是が非でも、理が非でも、この愚輩の首一つでご容赦頂きたく、部下や領民に責めの及ばぬよう、どうかお慈悲を! お慈悲を~!」
ベキ!
マジで床にひびが入った。これ以上の謝罪となると、あとは焼き土下座くらいしか残っていないかもだ。つか、なんつー石頭か。
――オークのヘッドバッドは要注意かな~
玉座の右側方で客賓待遇として並んでいた龍海は、モノーポリの鑑定をしながら嘯いた。
頑丈さは今まで鑑定した一般的なオーガやウルフらより、かなり飛び抜けている。
ポリシックも数値は高かったが、モノーポリほどでは無い。MPは少ないが、HPはシステとほぼ同格だ。
「よいよい、モノーポリ。そう恐縮せずに面を上げよ」
「はは~!」
とか返事しながらも、やはりフェアーライトの顔をまともに見られないモノーポリである。
「此度の件は其方らに何の落ち度もない。其方をはじめ、領府も軍も極めて当然のことを粛々と行ったに過ぎぬではないか。誰も責めなど追う事は無かろう?」
「しかし陛下?」
玉座左に控えるシステが意見具申。
「悪意無く、過失であるとは言え、陛下のご自由を奪い、あのような場に収容した事を不問とするのは些か行き過ぎかと?」
「フフ、宰相の席に居ればそう言わざるを得んのは余も分かるがな。だが余は拘束もされておらんし、収監もされてはおらんぞ? 余は其方と共にあの場を視察していただけだからな?」
「陛下~」
「捕らわれていたのは『イノミナ』であって余ではない。そうだな、タツミ・シノノメ?」
「は?」
急にこちらに指名され、困惑しながらフェアーライトを見る龍海。
そのフェアーライトはニッコリと、それはそれはもうニッコリとした笑顔で龍海を見つめていた。だが笑顔満面と言うよりも、如何にも”同意せよ”という圧力的笑顔と言っても良かった。少なくとも龍海には。
「はは! はい、陛下の仰せの通りかと……」
龍海は懸命にアドリブで合わせた。
――いきなり振るなよ!
冷汗いっぱいの龍海である。
「ふ!」
そんなガチガチの龍海を見て吹き出しそうになるフェアーライト。
気を取り直しモノーポリらに向かって通達する。
「と言う訳だ、皆の者。今回の件は、ここに集うもの、その他関係者には一切の責めを負う事は無い。今回死傷者の出た奴隷商には余が直接保障を行い、アデリアの冒険者5人による所業についても一切を不問とする。以上、余の名において宣言する」
「はは~! 陛下の慈悲深き御裁定、このモノーポリ、生涯の忠誠を以て拝し賜わる所存でございます~!」
ベキ!
もっかい土下座。ひびが広がった。
臨時の謁見も終わり、場はフェアーライトの提案もあって晩餐の儀に移った。
とは言え出席者は龍海ら一行に、フェアーライトにシステ、リバァ。そしてモノーポリと侍従だけである。
フェアーライトは龍海らが異世界からの召喚者であることを知っている。
現時点で、そのことはまだ公表しないと言う彼女の方針に従い、その情報を共有する者の数は最小限に抑えようとするものだ。
「まさかとは思いましたが……陛下? 放浪癖もそこそこにして頂きませんと!」
「そう言うなシステ。やはり官僚や草からの報告だけでは無く、直に見分したくてな」
「くさ?」
思わず龍海が呟いた。
「うむ、余の耳目となって情報を集めてくれている連中でな」
――直属の諜報部か?
「なのに陛下も直接市井に出向かれますので?」
相変わらず高貴な場は慣れない龍海であるが、懸命に合わせようと試みた。
「タツミ? 其方まで堅苦しくする必要はない。今まで通りで構わん。いや、むしろ其方はそのままで接してほしい」
「いや、そういう訳には……」
「陛下、この者らとの間に何があったかは存じませんが、やはり守るべき事にあまり例外を設けるのは……」
「もちろん、公式の場においては其方の言う通りにすべきであると考える。だが、この場のような、情報を共有する者同士の間であれば、それほど畏まる事も無かろう。の、タツミ?」
「いや、しかし……」
「やはりこの姿では慣れんか? なんなら、またイノミナに変化した方が良いかな?」
「え? そ、そう言う事では無く……」
「違うのか? イノミナの姿であれば二人、監獄の中の様に……」
「はいはいはい! 陛下の御意のままに! 御意のままに!」
知らぬ事とは言え、彼女から迫ってきたとは言え、牢獄内でイチャラブしてたなんて知れてはマジで生きて帰れる気がしない。
「タツミ? 『はい』は一回な?」
屈託なくお笑いになられる魔導王陛下でありました。
「んで、アデリアが魔導国を攻めようってのは確定なワケだな、シノノメ?」
モノーポリが凄みを利かせて聞いてくる。
自分……とりわけ洋子が異世界から召喚された、いわゆる勇者であることはもう隠しようがない。
真の思惑は分からないものの、フェアーライトは今この部屋に集う者以外に、この情報を拡散する気は無さそうである。
で、あるならば、下手に小細工するのは後々ブーメランに成りそうなのは容易に想像できる。
「……実際に、フィデラル宰相らが何を考えているのかは自分らには分からんがね。少なくとも俺たちはそういう説明を受けてるのは確かだよ、閣下」
フン!
モノーポリはそのデカい鼻を鳴らした。
「そんな重要な母国の機密事項を、ベラベラ喋られると却って怪しくもありますねぇ?」
リバァが訝しがる。
龍海の、あまりの飄々ぶりにそんな印象を持ってしまうのは、ある意味もっともであろう。裏切りかねない味方より、己の矜持に殉ずる敵の方が信用できるなんてのはよく聞く話。
「俺の母国は地球って世界の日本という国だ。ケツ持って貰っちゃいるが、アデリアが祖国だの母国だの言われてもな」
「異世界召喚か……話には聞いた事あるが、俺ァてっきりお伽噺の英雄譚だと思ってたぜ。そんなもん、マジでお目にかかるたぁな」
「シノノメとやら? つまり貴殿は今はアデリアに与してはいるが、事と次第によっては後ろ脚で砂をかける、と言う事も有り得ると?」
ガタン!
「宰相閣下、怖れながら言葉を選んで頂きたい! シノノメ卿は口ではこのような軽い口調も多用致しますが、受けた恩を踏みにじるような方ではありません!」
ロイが席を立ち、敬愛する龍海を侮辱されたとばかりに思わず抗議。
「ふふふ、可愛い茶坊主がついておるでは無いか。のうシノノメ? 貴殿は熟女や小娘のみならず、少年も手懐けよるか?」
「無礼を承知で言わせていただきます! 自分とシノノメ卿の身も心も繋げる絆の強さ、高尚さを嘲るのは下衆の勘繰りに等しい行為だと!」
「よぉーし、ロイよ! 少し黙ろうか!」
額汗ガンガンで抑えようとする龍海。
それを見て、眉間にしわを寄せながら頭を抱えて頭痛に耐えるイーミュウ。隣の洋子とカレンに肩をポンポンされながら慰められている。