状況の人、収監中4
「どうしたい? 宰相閣下よぉ。こちとら抜き打ちの視察されるなんてこたぁ、やってねぇつもりなんだがなぁ?」
宰相システの訪問を受けたオークの魔王モノーポリは、不機嫌では無いものの皮肉めいた挨拶を投げかけた。
魔王と言うより猛攻将軍とか突撃大将とか付けた方が良さげなガチムチオークで、ポリシックのような如何にも貴族風の装いでは無く、ミスリルやアダマンタイトに見られる薄くても装甲性の高い高級素材をふんだんに混ぜ込んだプロテクターを普段から着込む、即戦的ファッションを好んでいた。
「別に視察と言う訳ではない。二、三確認したい事が有ってな?」
「それを視察、つーんじゃねぇのか?」
「お言葉ですが魔王モノーポリ閣下、宰相はこちらの行政に疑義があって来訪されたわけではありませんよ?」
システの後ろに控えるリバァが一言注進。
「おう、リバァとか言ったか、おめぇ? 宰相閣下の筆頭秘書官ともなれば地方の領主にもお説教ってかぁ?」
「いえ、決してそんな!」
「モノーポリ公、そういじめてくれるな。それに宰相職など各魔王の持ち回りなのは承知のはずであろうが」
「ああ、俺は再来年だ。うっとおしいよなぁ、全くめんどくせぇ」
「陛下の前でもそれが言えるか?」
「ボヤく位いいだろうがよ。前回の在職中も陛下にはお叱りは受けなかったぜ?」
「うむ、今日はその陛下の事もあってお邪魔したわけでな」
「陛下の? 何かウチのモンが陛下に粗相でも仕出かしたのか!?」
身を乗り出すモノーポリ。表情も一気に堅くなる。
「いや、そう言う事じゃない。陛下自身の御行状について、だ」
「なんだ、そうか……びっくりさせんなや。ウチのモンが陛下のご機嫌を損なうなんてことをやらかしたら、先代にも申し訳が立たねぇよ」
一瞬表情が険しくなったモノーポリだが、システの返答に肩の力を抜いた。
その態度には、魔導王フェアーライトに対する忠誠心の深さが見て取れる。
「そこは安心してくれていい。貴公の方から出向している官吏は、ガラは悪いが真面目な奉公ぶりは評判だし、陛下も感心しておられる」
「そりゃあ領主としちゃぁ鼻が高ぇな。ガラが悪い、は余分だけどよぉ。ところでさっきの、陛下の御行状ってな、なんだ?」
「ん、実は最近の陛下は、股候お忍びでお出かけになる事が多くなってきてなぁ」
「はははぁ、陛下は御幼少のころから遊び好きであらせられたからなぁ。堅苦しい宰相と筆頭秘書がキリキリうろついてる王城内じゃあ、息が詰まるんじゃねぇかぁ?」
げはははは~と、とても上品とは思えない笑い声を上げるモノーポリ。
やたらとシステやリバァをイジるが、自分ではユーモアだと思っているのだろうか?
「こちらにもいつ何時、陛下が来られるやもしれん。見かけたら、それとなく気を配ってほしくてな」
「言われるまでもねぇ。俺の領内で陛下に仇成す奴が居たら即刻、首を刎ねてやるわい。 しかし陛下も素のままでお出かけは無かろう? 庶民に変化なされると、とても特定できるもんじゃねぇだろ。陛下の変化スキルは完璧だからなぁ」
「臭いでわかろうが。貴公らオーク族のデカい鼻の嗅覚はウルフどもにも負けてはおるまい?」
「褒めてんのかそれ? つか、嗅覚ならおめぇら吸血鬼の方がとんでもねぇだろ。血や唾液の臭いで個人特定できるってどんなだよ?」
「まあ陛下の行状に関しては、そんなところだ。次にだが……」
システはリバァから資料を受けとりながら続けた。
「ここ、エームスをはじめ、貴公の領内の臣民はアデリアに対する感情の変化は見受けられるか? この前回の資料では、アデリアに良い感情を持たない者が6割強といったところだが?」
「ふん、その辺はあまり変化は無ぇんじゃねぇかぁ? まあ、ここんところは商取引が僅かながら増えているのは確かだけどな」
「変化なしか? 厭戦気分と言うか、戦争はもう過去だと思う手合いはどうか?」
システは淡々と質問した。それはもう無感情に。
しかし、モノーポリはそんなシステに小賢しさを感じてちょいと眉毛を顰めた。
「……お前さんの言いてぇところはわかるぜ。アングラで妙な動きが始まってるんじゃないかって、そっち系の話じゃねぇのか?」
資料を見つめていたシステの目がモノーポリにチラッと向けられた。
下手な冗談で砕けて見せていても、そこはやはり一族の頭を張っている領主。
ちゃんと目は行き届かせている様だ。
「先だってツセーと睨み合ってるアデリアのオデ市で、妙なテロ未遂が有ったそうだな? 最初下手人はウルフの手の者か、と思われてたが、アデリアの自作自演説も流れ始めて真偽は不明だそうだが……」
「何か思う所は有るかな?」
「俺はこちら側が仕掛けたもんだ、とは踏んでるんだがな。だがシーエスの主流派じゃねぇ、とも思っている」
「ほう……その根拠は何か、聞いてもいいか?」
「そう難しい話じゃねぇだろ? 単純明快、ウルフ共らしからぬ顛末だから、じゃねぇか」
「……」
「そうよな。血の気の多いウルフたちが大量の食糧を焼くようなテロを起こそうとするんならもう、完全に開戦の口実にするつもりだったんじゃねぇか? ならば倉庫の見張りは殺した方がアデリアの暴走の引鉄に出来るから躊躇なく皆殺しにしたはずだ。しかし、俺の知る情報が正しければ見張りは全員倒されたそうだが、ほぼ無傷に近い軽傷だとの事」
「それ故、アデリアの自作自演では無いかと、主張される方々も多いのですが……」
「そう、秘書官の言う通り、俺もそれは疑った。だがそれなら少しくらい、せめて倉庫内の3割くらいは焼いてしまって被害を出さんと。自作自演を疑われんためには、それなりの痛みも必要だろう」
「だから、我が方の仕業だと?」
「今のところカンでしかないんだがな……ただ最近、地方の一部の貴族の奥さま共が茶会やら展示会やら景気のいい動きが目だってな」
「わが国とアデリアとの緊張に水を差す勢力が?」
「それに肩入れするために、確かめに来たんじゃねぇのか、宰相閣下?」
「直球だなモノーポリ公」
「おめぇといい、ポリシックといい、前の戦じゃあそれほど血を流さなかったところは金目の話ばかり優先しよるからな。戦友の死体を乗り越えて戦った俺たちを煙たがっておるとさえ!」
「おそれながら閣下! それは言いすぎであると考えます! 我ら西方の部族は無償無条件で物資を拠出、兵站を維持するため前線までの補給線の確保に全力を! 兵員の増援だって!」
「よい、リバァ!」
「しかし宰相!」
「よいのだ。何をどう見ても、モノーポリとシーエスの戦死者の数は群を抜いておる。それは動かしがたい事実だ」
「痛み入るぜ宰相。そりゃあ、おめぇらの兵站が機能しなけりゃ俺たちだって戦えなかった。武器が無きゃ突っ込めねぇし、腹がへりゃ動く事も出来ねぇ。そのへんは俺たちにもわかっちゃいるさ。でも、それで納得できるほど失ったものは少なくねぇ」
「アデリアも同じことを言うだろうがな」
「ちょっとアツくなった。言葉が過ぎたとすりゃ勘弁してくれ」