状況の人、収監中3
「!」
動いた。
動いてしまった。
龍海の目が、眉毛が動いてしまったのだ。
動いた後に、龍海は自分の投げたブーメランが後頭部に刺さった気にならざるを得なかった。
王国府で計画された今回の召喚。
紆余曲折はあったが、召喚儀式は事実だが失敗したという偽情報を流して列国を煙に巻くという提案をしたのは他ならぬ龍海であった。
だから界隈では、召喚自体は行われたというのは事実らしい、との情報が流されている。
失敗という事で、重要度なんてのは無しに等しい情報であったはずだが、情報屋を名乗るイノミナが小耳に挿んでいても当たり前である。
そして目前で見せてしまった火器、車輌。
それで点と点を繋げるのは当然と言えば当然。
「当たり……なんだね?」
イノミナが改めて確認してくる。
「そうでなきゃ……絶対、辻褄……あわないもん……」
はあぁ~……
龍海は大きくため息をついた。
そして少し逡巡すると、キッと目線を強めてイノミナを見据える。
その目にイノミナは少し怯む。
「知られちゃ……いけない事、だよ、ね?」
「……」
「召喚失敗が偽情報なら……旦那のバックはアデリアの王国府……その先の目的は……魔導王国への侵攻……」
「……」
「あたし、知っちゃったけど……どうする? あたしの口、塞ぐ?」
「……」
「あたしのこと……消す?」
龍海、相変わらず無言。
「簡単だよね? 指先一つで……バン! だもんね……」
強めた目線を閉じながら龍海ため息。今度は小さく。
「バカを言うなよ……」
「旦那……」
「昼にも言ったように、お前の情報収集には満足している。何より洋子救出にはお前の情報と予測があったからこそってのは改めて言うまでもない。心の底から感謝しているってのも嘘じゃないさ」
「それじゃあ……」
「ただし!」
語気を強める龍海。
少しビクッと震えるイノミナ。
「知った以上、やはり今まで通りと言う訳には行かない。機密保護の手は打たせてもらう」
「な、何かな?」
「お前を俺の専属の情報屋として雇う」
「……え? ……え!?」
イノミナの頭上にハテナマーク乱舞。
「契約料は出来る限りお前の希望を尊重する。代わりに、俺以外の誰であろうと情報を売ることは禁ずる! そして俺のためだけに仕事してもらう!」
「だ、旦那のためだけ?」
「そうだ」
実際、情報漏洩を阻止するためなら彼女の口を塞ぐのが一番簡単だ。
国家的機関の組織であれば、その選択は普通であろうし良くても幽閉辺りだろう。
だが龍海にはそんな選択はできない。
アデリア国の戦勝のためであっても、洋子の日本への帰還のためであっても、恩人であるイノミナを殺害するなど、龍海はそこまで感情を殺せるほど人間は出来ていない。
そんな事をすれば一生、自らが作る彼女の亡霊に悩まされ続けるのは目に見えている。
ならば彼女ごと抱えるしかない。
短い時間であったが、龍海はそう結論を出した。
ボールは確かにイノミナに渡した。
「旦那……それってさ……」
「ん?」
「あたしを、旦那の……」
ボールが返ってきそうだ。
「そうだ、専属だ」
「つまりそれって……」
「ああ、俺たちと……」
龍海は、「俺たちと行動を共にするんだ」と続けたかった。
が、しかしイノミナは言った!
「それって、プロポーズだよね!?」
「え?」
「ね!?」
「………………はあぁ!?」
素っ頓狂。まさに素っ頓狂な声とは、この声の事を言うに違いない。
いや、今まで出てきた素っ頓狂を越えた素っ頓狂、キングオブ素っ頓狂である。この声を聞いた留置所内の誰もがそう思った事であろう。
「囚人! 大声出すのは禁止だ! 静かにせぇ!」
外から番兵の叱責の声が飛んできた。
「ちょ! ちょっと待てぃ!」
番兵が乗り込んできても困るので、小声で諫める龍海。
対してイノミナは、若干頬を赤らめながら上目遣いで龍海を見つめている。
「だって……俺のためだけに仕事しろって……それって旦那の身の回りの世話をしろってことじゃぁ……」
「な、なんでそうなるかな! そりゃ確かに……あ……」
今思った。
龍海は「俺のためだけに」と言ってしまった。
「俺たちのためだけに」と言うべきだったのだ。
「いやいやいや! そんな、うん、いあやぁ……」
かなりパニクって来た。
野球かテニス程度のボールを投げたつもりなのに、砲丸が投げ返されてきた気分だ。
「そ、そ、そ……そう。か、仮にプロポーズだとしたって、いきなり言われて受けるわけないよな!? 今ここで、こんなところでそんなこと言う訳ないって、おまえも思っただろ!? 思ったよな!?」
「そ、そりゃ、あたしもびっくりしたけど……いや、でも、あの……ちょっと、その……」
「その?」
「だからその……う、嬉しくて……」
――う、嬉しい?
あが!
龍海の顎がカクンと垂れ下がった。
いや、一体何がどうなった?
さっきまで、消すの殺すの言っていた殺伐シチュはどこ行った?
プロポーズと勘違いされて、しかもそれが少なからず脈が有りそうに「嬉しくて」なんて言われてしまって。
おまけに、頬を染めながら上目で見つめられて、こんな収監された状態だと言うのに、勘違いも甚だしいという思いもいっぱいなのに、「もしかして初めて女にモテた?」などと頭の片隅でほんのちょっと喜んでしまっている自分に情けなさやら期待感やら、しかもその裏では「でも、どうせダメだよ!」と「既にあきらめモード」も横切って、全く整理がつかなかった。
「やっぱ、あたしじゃダメ、かな?」
問われた。
龍海はとりあえず、イノミナの問いに集中した。
「で、でで、でもでも……なんでプロポーズにまで飛ぶ?」
必死に集中してこの程度の返しである。
まあ、ロクに……と言うか全く女性経験が無いのだから致し方なし。
「だ、だってさ……あ、あたし、もうこんな歳じゃん? 20代も、もう後半戦でさ、30までカウントダウンでさ! 周りの連中は、いくら遅くたって21~22くらいまでに結婚するしさ、農村部なんか14~15で嫁入りも珍しくないし! あたしはもう、そんな男、現れないよな……て諦めてたのに、なのに『俺について来い!』とか言われちゃってぇ……」
――そこまで言ってない! ついて来いとか言ってない! ああ、たしかに俺の専属になれとは言っちゃったけどぉ!
「だからその……ついにあたしにもって……」
――いやいやいや! だからって俺でいいのか? 自分で言うのもなんだけど、洋子がいつも貶すように俺の性根はキモオタだよ!? エロネタ大好きだよ!? そんな女好きなのに、女のお気持ちの理解なんて、ぜぇ~んぜん、これっぽちも経験ないんよ!?
「旦那ぁ……」
イノミナの両手が龍海の頬を捉えた。
鉄の手錠を架けられた上に、留置場の冷気に当てられている指先はとても冷たかったが、自分の頭部が紅潮しているので余計にそう感じるのだろうか?
などと考えている間にも、イノミナの顔が再接近してきた。
距離が近すぎて、彼女の目が一つ目に見えてしまう距離だ。
金縛り――今の龍海はそんな状況だ。
据え膳は確かに龍海の望むシチュではあった。向こうがその気なら、こっちも遠慮するこたあるめぇ! そんな風になると思い込んでいた。
しかし現実はこうだ。
「……んな……」
彼女の声も掠れていた。おそらく「旦那」と言ったんだろうが全ては聞こえてこなかった。
やがて、
「ん!」
イノミナの唇が龍海に触れた。
そしてそのまま包み合う様に重なり合った。
――んんん!
続いて彼女のゆっくり伸ばされて来た舌が唇に触れる。
舌先どうしが触れ合う。
そのままどちらからともなく絡み合っていく。
――ぬおおおお!
イノミナの手が首に回ってきた。龍海を思い切り引き寄せて、唇を押し付けてくる。
だが龍海は硬直したままだった。
年齢=彼女いない歴32年の初めてキスがいきなりの情熱的なディープキス。
どう反応すべきか分からず、脳味噌が大小合わせてどこか明後日の方向へ飛んで行ってる気分だ。
もう、されるがままの龍海であったが、しかし強烈な舌の絡みに股間だけはしっかり反応。今までにない勢いでのフルヘッヘンドな股間であった。