状況の人、収監中2
「なにか? タツミとはまだ、なんも無しかや?」
「あるように見えるの? あのキモオタと?」
「我にはお主の言う”きもおた”と言うのは良くわからんが、貶すための言葉だということは雰囲気で読めるな。かと言ってトカゲの如く嫌っておるわけでも無いようだしの。昼間も抱きついておったし」
「足がもつれただけよ!」
「そうか? その割には朗らかな笑顔じゃったと思うがの~」
「とにかく!」
カレンのからかう気満々の邪推を遮るように洋子、
「今のあたしの状況じゃ、あの人が一番信頼に足る奴だってだけよ。それ以上の関係にはならないわね」
とプンスカ気味にそっぽを向く。
「ふむ、そう言う事にしておこうかの」
「なに? あたしとシノさん、くっつけたいの?」
「うんにゃ? そう言う事ならば、我も遠慮する事は無いかと思ってな?」
「は? あんたシノさんに気があんの?」
「最近、番う相手としちゃ候補かの~? とか思い始めてのう」
「……ビール飲み放題狙い?」
「それは重要な要素よの~。それはさておいても、今日の情報屋の娘を質に取られた時のやり取り。奴め、なかなかの男気では無かったか?」
「あれは…………まあ、やる時はやるんだな、とは……思った、かな?」
「最初は、そうでは無かった?」
「そりゃ……知り合って間もなかったし?」
「つまり、そう言う事よ?」
「……意味わかんないんだけど?」
「お主がタツミを、ああいう風に育てとるわけよ」
「ますます、意味、わかんない」
くふふ……
カレンは思いっきり歯をむき出した笑顔を、ニンマリと浮かべた。
龍海は房内で、依頼していたティーグの件の報告をイノミナから受け続けていた。
報告の内容は、予想されたいくつかの可能性の中に有った所謂”内助”勢の存在についてであった。
「やっぱテロ主犯のティーグは反戦派に属してるわけか……」
「早合点しちゃいけないよ、旦那。あくまで、そう考えれば色々辻褄が合うってだけだからね?」
「とは言え、ハスクだとかビアンキとか言う、上級貴族の奥さん連中が暗躍してるってんだろ? 偽装や陰謀論含みな仮説だとしてもリアルすぎるぜ?」
「奥さま連だけでもないんだけどね。ハスク公爵夫妻は揃って反戦派……とは言わないまでも反主流派と言うか、非主流派と言うか? 領地経営が好調だから戦費や人員などを消耗させられるのは御免こうむりたいってのが本音のようでさ」
「先の戦役の記憶が残ってる人は多いだろうし、奥さま方としちゃ、旦那衆が戦死して哀しみに暮れる嫌な思い出もあるだろうし。反戦に回るってのも気持ちはわかるな」
「それが一番しっくりくるよね。んで、ここモノーポリのニッソー辺境伯、バシュート侯爵辺りがハスク公らと親密に交流しているみたいでね。そのうち、もともとハト派のハウゼン領やポリシック領が連携できれば……流れも変わるかも?」
「そんな中でティーグがその奥さん連中に呼応して、テロを起こすってのは、主戦派に対するけん制が目的、って事で確定かな? しかし随分なバクチ張ったもんだな。下手すりゃ開戦だぜ?」
「その辺、きっちり反戦派の思惑通りに修正しちゃったのが旦那たちだけどね」
「結果論だけどな~」
「でも、双方とも攻撃じゃなくて防備に注力する様になったじゃん。間違いなく開戦は伸びる事になったと言えるし」
「で、勢力としては? 主戦派との比率はどのくらい?」
「最近の情報を集めた分で言えば、主戦派5に反戦派2、くらい? 後は日和見で状況次第ってところかな?」
「陰で動いていて1:2近い勢いなら馬鹿には出来ないな。そいつらとうまく通じる事が出来れば……」
龍海は反主流派の工作を支持、若しくは支援する方法は無いものかと頭を巡らせた。
実際に交戦することになっても、それらの派閥に訴えかけて早期の停戦、和平を実現させなければ、もし王都府を守るための魔導障壁が展開されて、魔宝珠の魔力が弱まってしまったら洋子を日本に帰してやれなくなる。
理想としては、どちらが上位に立つにせよ武力による併合よりも穏やかな合併や同盟を実現させ、列強と対峙する事である。
しかし龍海の思惑はそれとは若干ズレる。
ぶっちゃけて言えば、洋子さえ無事に日本に帰還させる事が出来れば、後はどこがどことやり合おうが潰れようがどうでもいいのである。自分一人なら、今関係している4か国以外でも生きていく事くらいは可能なのだから。しかし……
――いろいろ縁が出来ちまったよなぁ……
頭ではわかっていても、ロイやイーミュウ、カレンにイーナやエミ。宰相アリータにレベッカ。こちらに来て初めて手を差し伸べてくれたアックス、トレドにフォールス。セレナや教会の子たち。イオス伯や魔王ポリシック。そして目の前のイノミナもすでにその中の一人だ。
彼らを簡単に吹っ切れるくらいに達観できるほど、龍海の人生経験は深くはない。
「……」
「ん? どうした?」
ついとイノミナが怪訝そうな目で龍海を見つめているのに気付いた。
いつから見られていたのだろう? 少々、自分の中の思案に夢中になりすぎたようだ。
「……旦那って……何者なんだい?」
「え?」
イノミナが不意を突くような質問をくれてきた。
他に手段が無かったとはいえ、彼女にはいろんな火器や、ジープまで見せてしまっている。そんな疑いの眼で見られるのも宜なるかな。
「庶民ぶってても無駄だよ? そりゃ、あたしの眼力が完璧って訳じゃないだろうけどさ、旦那は確かに庶民だけど、アデリア国にも魔導国にも……ううん、ポータリアにもアンドロウムにも感じない凄く変わった、この界隈じゃ見られない人色なんだよ!」
「い、色?」
「それにあの魔道具の数々! いったい何者なのさ! 最初はアデリア軍秘蔵の隠密かと思ったんだけどやっぱり違う!」
「ああ、いやあ、その……」
「アレの使いようによっちゃあ、この世界の勢力図が一変しかねない状況にだって!」
「そりゃ、買いかぶりすぎだよ? ほら冒険者ギルドの身分証見せただろ? 普通にアデリアの冒険者だって……」
「じゃあ、あの魔道具は!?」
「あ、ああ、あれはその……そう! ダンジョンだよ、ダンジョン!」
「は?」
「アデリアの人知れぬ辺境に有ったダンジョンを探索してさ、そこで予想外に発掘しちゃってぇ……」
龍海はファンタジーで有りがちなダンジョン設定を持ち出した。SFでもよく見られる、滅亡した超古代文明の遺物や超兵器群……なんてね。
しかし、それは苦し紛れ以外の何物でもない。
更に言うと、いま目の前にいるイノミナは、曲がりなりにも情報屋なのだ。
「旦那ぁ……あたしのこと、そこまで馬鹿にするぅ?」
「う……」
「古代の遺跡や、それに纏わる迷宮なんてそんな情報、あたしらには初歩の初歩じゃん!」
「あ~、やっぱダメ?」
「さっさと吐け!」
「じょ、情報屋なら自分で調べろ……とか?」
イノミナは口をへの字に曲げた。
そして、ちょっとの間、睨みつけていたが、突然、自分の顔を龍海の顔前に思いっきり近づけてきた。
「ちょ! 近ぇよ!」
童貞の龍海は童貞である事のみならず、年齢=彼女いない歴である。ヌキなども含めた風俗のお世話になった事も無い。
今まで女性と一番顔を近づけたのは以前にも述べた、青年部会合の二次会のキャバクラで横に座ったおねえちゃんくらいなものだが、それでもこんな吐息が掛かるほどの距離までの接近を許した(来てもらえた)事は無い。セレナたちの場合はあくまでお礼のキスだったし1秒も無かったし?
龍海一番の経験不足、苦手分野の状況に心拍数が一気に高まる。
「……旦那。あたしの目、見てて……」
「へ?」
「いいから!」
「は、はい」
龍海は言われた通りに彼女の目を見つめた。
そしてイノミナは言った。
「……………………異世界召喚!」