状況の人、収監中1
「タツミ!」
カレンが叫んだ。
言われた龍海はラリから目を離さずに、ただ頷いただけであった。
カレン同様、彼の索敵+も反応を感じ取っていたのだ。
「ロイ、周りを警戒しろ! 何か近づいてくるぞ!」
「は、はい!」
ロイは64式を構えて肉眼での索敵に入った。
龍海とカレンのただならぬ顔つきに、洋子もロイが腰に吊っていたG17を抜き出してスライドを僅かに引き、弾薬が薬室内に既に装てんされていることを確認、まだ重い頭を抱えながらも警戒に入る。
イーミュウも転がされている龍海のM500を手に取った。
ドドドドドド!
地と腹が震える、重く低い音が周りの空気を揺るがしている。
「騎馬隊じゃな? かなりの速度を出しておるな」
ラリはすでに身動き出来ていないと判断した龍海も、目を凝らしてみた。
前方の街道はこの先まで少し上りになっており、500mほど先で下りになっている。
そこから恐らくは騎馬隊の速度ゆえであろう、立ち込める砂煙が見え始めた。
――到着まではもう一息有るかな? しかしこの反応は……
別方向……と思った瞬間、
ダダダダ!
4本の矢が一番前に出ていたロイの足元に打ち込まれてきた。
龍海はラリの動向を注視しつつ、視界の端でその矢の射手を視認した。
――有翼種?
矢は空から飛んできた。
「空戦機動遊撃隊!」
ロイが叫んだ。
「空戦機動……? 初めて聞くな? 名前からして飛行種族の兵が空から襲撃してくるのか?」
「御明察です。速度も速く、機動性に優れており、偵察、後方撹乱等、遊撃戦を得意とする魔族の精鋭部隊です!」
――特戦群みたいなもんかな?
「全員、そこを動くな!」
兵の一人が弓を構えながら前進し、叫んだ。
見たところ滞空している兵は4人。距離にして約30~40mの間で展開。ロイや洋子らにも散弾銃を持たせれば撃墜出来ない数ではない。
しかし、見立て通りの特戦群的な部隊であれば、森の中や地面のくぼみに伏兵が潜んでいる可能性もある。
いきなり全戦力を晒け出してしまう、なんて部隊ならロイが言うほどの精鋭とは思えない。
「ロイ、洋子。ゆっくりこっちへ来い、円陣を組むように見せかけろ。その間に銃はすべて収納に回収する」
「投降するのかや?」
「正面切って正規軍とやり合うのは得策じゃない。それに俺たちを殺る気なら初弾で当てていたはず。生かしたまま捕らえる気だろう。なら銃は見せたくない」
全員は頷くと龍海に寄って、銃をそっと差し出した。
龍海はそれらを素早く収納し、代わりに剣や小刀を渡す。
「いつまで捕まってんだよイノミナ。そいつはもうデクだぞ?」
「へ?」
言われてイノミナは、掛けられていたラリの腕をそうっと押し返してみた。
すると腕は何の抵抗も無く垂れ下がっていった。
ゆっくり振り向いてみると、ラリは絵に描いたような茫然自失であった。
龍海による未知の武器の威力を見せつけられ、今度は魔族軍の最精鋭部隊に捕捉されてしまったのだ。完全に自我が崩壊してしまっていた。
イノミナが離れると、ラリはそのままペタンと座り込んでしまい、涙と涎を垂らしまくっていた。
「ふう……」
イノミナは龍海のところまで歩むと、緊張が解けたのか、まだ薬が残っているのか、龍海の胸に崩れ込んできた。
「イノミナ!」
反射的にイノミナを抱きかかえる龍海。
「大丈夫か?」
コクコクと頷くイノミナ。
「旦那……ごめんよぉ……」
「謝るこたぁないよ。無事でよかった」
「ごめんよぉ、脚引っ張っちゃって、ごめんよぉ……うぐ、えぐっ」
緊張の糸が一気に切れたのか、イノミナは龍海の胸にしがみついてすすり泣きを始めた。
――怖かったか? なんのかんのでやっぱ女の子だよな……
龍海は遊撃隊に睨まれながら、騎馬隊がここまで到着する間もイノミナを胸の中で泣かせてあげていた。
♦
「ハト?」
「まあ、俗称なんだけどね。飛行種の中でも飛ぶのが早い奴がその任に着くんだけど、ほら、空って障害が無いじゃん? 曲がりくねった道も無いし目標まで一直線なんだよ。だから旦那のじいぷより早く伝達できるってわけ」
「なるほど、それでミニモからハトが飛んで、エームスの遊撃隊が出張ってきたわけか。空戦機動遊撃隊……隊名に劣らない機動力だな。でも騎馬隊も早かったな。このエームスからあの速度じゃ馬、潰れるんじゃね?」
「山岳演習中の騎馬隊でも居たんだろうね。そこに声を掛けてから旦那たちを捕捉しに来たんだと思うよ。野外演習って領内の監視や見回りも兼ねてるから」
エームス市内の警衛隊本部留置場に放り込まれた龍海は、同じ房に入れられたイノミナの報告とエームスの防衛部隊についての説明を受けていた。
あの交差点で遊撃隊に捕捉され、到着したエームス軍騎馬隊にミニモ市で起きた奴隷商襲撃事件と正門検閲兵に対する暴行傷害の犯人として逮捕・拘束された龍海たちはエームス市まで連行、そのまま収監されてしまったのだ。
ただ、留置所の房数は少ないため一房に2人とされ、イノミナの調査報告を聞きたかった事もあり、イノミナとの同室となるように相関関係を設定したのだ。
で、こちらはその設定によって同じ房に収監された洋子とカレン。
「何か不満かや? ヨウコ?」
「別にぃ?」
カレンと同室となった洋子は、不満は無いが機嫌も良くないという調子で答えた。
「そうじゃろうのう。不満があるとすれば、お主と母娘設定にされた我の方だからの!」
ここのところ熟女呼ばわりはともかく、母親呼ばわりやらババァ呼ばわりやら、カレンは三隣亡であった。
因みにロイとイーミュウは兄妹、龍海とイノミナは恋仲設定である。
「そりゃまあ、さすがにあたしくらいの娘がいるほどの年齢に見られたら……うん、一言言いたくもなるのかしらねぇ?」
「全く~。大体が我はこれでも処女ぞ?」
「は? その歳で?」
と思わず口にしてしまった洋子であったが、すぐに自分の疑問が現実にそぐわない事に気付いた。
人型のカレンは、見た目こそ30代中盤~終盤ていどの美魔女ではある。
だが古龍である彼女の実年齢は少なくとも3桁、事によっては4桁である可能性も否定できないのだ。
「我ら古龍はオスが居らんから、古龍同士で番うことはあり得んし」
「出会いが無い、どころじゃないわね? で、他種族の男とスルんだっけ?」
「おうよ。以前にも話したが、古龍にとってオスの子種は受胎の起爆剤に過ぎんからの。故に番ったら百発百中で孕むでな」
「マジ!?」
「うむ。だから子を産んだことの無い我は紛うこと無き処女! と言う訳よ。ところでお主は?」
「聞くな!」