状況の人、奪還中1
情報によると裏街道は馬車一台がホントギリギリ通れる幅しか無い上に、魔獣の出没率も高いので人通りも少なく通常は避けられるルートであり、その代わり総合的な時間はやはりそちらの方が早く着くとの事。
最大の懸案は魔獣による妨害だが、マティらのテイム能力による排除や、大型種である大黒熊・魔狂牛を使役しているため、その気配に中型より小さい種は怯えて出て来ないそうな。
龍海は合流地点から200mほど進んだところで潜伏した。
前面にはバレットM82を据えた。
裏街道と本街道との交差角度は約70°くらい。
しかも、その近くが裏街道としては一番道幅が狭く、速度も極端に落ちるとの事。
まさに絶好の狙撃地点と言う訳だ。
連中は銃による狙撃、なんて攻撃は露ほども予想できまい。すっかり油断しているはず。
だが、こちらとしても油断することは出来ない。
交差点直前の射角なら、引いている魔獣を狙っても恐らく荷台に乗せられているであろう洋子たちに、流れ弾が当たる事も無い。
しかし初弾で脚を止められず、街道に出て来られたら魔獣と馬車は一直線になる。これでは12,7mm弾だと貫通して被弾する恐れも否定できない。
さりとて64式の7,62mm弾では、あの大物の足を一発で止められるかは微妙である。
ジープは収納に納めておいた。
以前の龍海の感覚なら、網を張らせて木枝等で偽装を施して敵の目から隠し、いつでも乗り込めるようにするものだが、この収納魔法と言う奴は……
念を送ればジープみたいな大物も、すっぽりと中に入ってしまうのであるから、マジで〇次元ポ〇ットである。
今ではすっかり元通りになった小指一本分の魂も、安い出費だったと言わざるを得ない。
「もう通過したってことはありませんかね?」
準備を終えて待機する中、ロイがイノミナに尋ねる。
「う~ん、いつ頃出発したかに依るけどね。旦那たちが襲われた時間からすると夜明け早々に、潜伏集落を出発するはずなんだけどな。そうすりゃ旦那たちがさっきみたいにミニモで行方を追っている間にすり抜けて、日没にはエームスに着くってところなんだけど……うぇっぷ!」
「ミニモとエームスって意外と近いんだな?」
「水だよ。水源がしっかりしてれば人が集まるからね。でも水は人の都合に合わせて流れちゃくれないし、ミニモより東ってそういうのに恵まれてないんだ。領主府のエームスとの間を守る城塞都市としてはもうちょっと国境に近い方が理想なんだけど、水魔法の使い手がよほど多くないと、町を維持するほどの水は賄えないしね」
――魔法はあっても自然を征服するって訳には行かんわな。科学が進歩していた地球だって……ん?
などと、自然と比べて人の小ささを感じ直している時、目標方向から音が聞こえてきた。
――来たか!?
「裏街道側、動きアリです!」
双眼鏡で前方を睨んでいたロイが小さく叫ぶ。
龍海はM82を伏撃ちで構えてスコープを覗き込んだ。
本来2km先でも狙えるM82ではあるが、この世界での戦闘距離は短めなので照準は400m程度に合わせてある。
故に今回は基準よりちょいと下げ気味に狙いを調整。この辺は最初の荒野での訓練時に何度も試していたのでそれほど狂わない……ハズ。
スコープ越しに見ても、裏街道の出口付近で鳥が騒ぎ始めているのが見えた。
イノミナの言によれば、わざわざ狭く魔獣の危険も多い裏街道を選ぶ連中に真っ当な奴はそうそういない。マティの馬車である可能性は高い。
深く息を吸い、呼吸を整える龍海。
M82の安全装置を解除。
「出ました!」
ロイの”出”の発音と同時に龍海は街道の交差点手前に照準した。
――方向良し! 高さ良し!
引鉄の遊びを殺す。あと、ほんのひと絞りで逆鈎が解放される位置。
ゴロゴロゴロ……
間違いない。大黒熊が引くマティの馬車だ。
息を止める龍海。
スコープのレティクル中央に大黒熊の鼻先が届く。
同時に人差し指に、ほんのちょっとの力を加える。
ドガァン!
街道に50BMG弾の撃発音が鳴り響く。
ガァーン、ガァ~ン、ァ~ン……
銃声がこだまする中、それが収まらぬうちに大黒熊はその場に突っ伏して崩れた。
「前へ!」
龍海の号令と共に、64式を抱えたロイも飛び出し、龍海に追走。
それにカレンとイノミナも後に続いた。
「どうしたんだよマティ!? いきなり止まっちゃってよ!」
「わからねぇ! でけぇ音がしたと思ったら、いきなり大黒熊が倒れてよぉ! おい、ベア! ベアー!」
「な! し、死んでんじゃん!」
マティとラリは思いっきりパニクっていた。
裏街道の悪路を抜けてホッとしたところに、まるで雷の如き轟音が響いた刹那、馬車を引いていた熊が突然転倒して死んでしまった。腹の傷口から噴き出す血で辺り一面に血だまりが広がっていく。
槍が刺さっているわけでも無い。矢が刺さっているわけでも無い。周りに石の礫が転がっているのも見られない。
しかしベアーは夥しい出血と共に即死している。
「い、一体全体、何が起こったんだ!」
辺りをキョロキョロ見回すマティ。
やがて本街道の先に4人の人影を見つけた。
駆け足で近寄ってくる4人は、やがて50mくらいで早足に速度を落とし、30m地点で足を止めた。
「て、てめ……あ、あんたは!」
龍海の顔を視認して、マティらは更に驚いた。
ラリを含めて4つの眼ン玉はしばらくの間、瞬きと無縁になってしまう。
「返してもらおうか、いろいろとな!」
龍海の姿に要求に、2人の背筋は一気に氷点下を突破する勢いで凍り付いた。
――な、なんでこいつらがここにいるんだ!? あ、有り得ねぇ! こいつらは徒歩のはずだ! 馬を調達したっても、今頃ミニモに辿り着いたばかりのはず! 素通りしたのか? 初めから俺たちがエームス狙いだと? ……いや、まさか!? もし、そうだとしても、うねった道の街道より俺たちのルートの方が早い! なのになんで! いつの間に俺たちを追い抜いたんだ! なんだ!? 何がどうなった!?
マティの頭の中は正に「今起こったことを有りのままに話すぜ」状態であった。
「耳がイカレてんのか!? さっさと2人を返せ!」
龍海の怒鳴り声に委縮するマティとラリ。
しかし連中も昨日今日、この商売に手を染めたわけでは無い。
カモと衝突し、小競り合いになった経験も一度や二度、と言う訳でも無かろう。