状況の人、追撃中3
ビキ!
カレンの目は、全く、どいつもこいつもクソオスどもがぁ! と叫んでいるようだった。
「ババァ? どれくらいだ?」
兄ぃと呼ばれた男が最初の男を押しのけて覗き窓からこちらを睨んだ。
「おい、鍵開けろ。入れてやれ」
兄ぃは、戸が開けられると龍海たちを招き入れ、いやらしい笑みを口元に浮かべて話しかけてきた。
中には5~6人ほどの男が寄って来ていた。こいつも含めて種族は四人がオーク、あとはウルフか犬っぽい種族である。
領主のモノーポリもオークだそうだし、やはりこの種が多いのか?
「おう、おめぇ運がいいぜェ。昨晩、中年一歩手前くらいのヒト種の熟女が欲しいって年配のお客が来ててよぉ。いやいや、これならあのお客も喜ぶだろうて……だが、その前に……」
カレンをジロジロ、と言うより正に舐めるような目つきで品定めした兄ぃは龍海に問いかけた。
「おめぇさん、誰の紹介でうちへ?」
――一見さんお断り? その割に商品には興味津々のようだが?
当然、龍海にはそんな伝手は無い。故にここはハッタリの一手であろう。
「魔獣狩りのマティさんですよ。ご存じで?」
「マティ?」
「あの置き引き野郎かよ? 何を今さらよぉ?」
――置き引き野郎? コソ泥っぽいって評価なんか?
兄ぃも他の者も、あまりいい反応はしなかった。仕入れ先としては上客では無さそうなのが一篇でわかったが、まあ今のところそれはどうでもいい。
「あいつ最近はエームス連中に浮気してるって専らだぜ?」
とにかく奴らの素性を何か知っているのは確かだ。エームスのおそらくは同業辺りと連んでいそうなのが早速分かった。
「フッ。まあ品がババァだからこっち押し付けようって、そんな魂胆だろうな。でも奴も運がないぜ、まさかウチに、こんなババァに大金突っ込む物好きな上客が付いてるってな思いもしなかったろうしなぁ」
そうほざきつつ、下品極まりないニヤけ笑いを浮かべてながら兄ぃはカレンの顎を掴んでグイっと持ち上げた。
しかして無慈悲なババァ連呼にカレンのてっぺんは爆発寸前だ。
「タぁ~ツぅ~ミぃ~!」
「OK! やったれ、カレン!」
カレンの要望に応え、龍海は彼女を嗾けた。
は?
商会の連中は一瞬あっけにとられた。
思わぬ儲け話に気が緩んでいたのか、全くの無防備状態で。
「うりゃ!」
グワァーン!
カレンは兄ぃの額目掛けて、渾身のヘッドバッドを食らわせた。
「ごが!」
人型をしてはいるが、彼女の皮膚の特性は古龍の時のそれと同等である。
そんな、この世界では最強級の強度を持つ頭突きを喰らった兄ぃの額は見事に弾けて夥しい血が割れた傷口から噴き出し始める。
おそらくは頭蓋骨も粉砕されてしまい、脳挫傷を起こした可能性も決して低くはあるまい。兄ぃの身体はその場に崩れ、己の血で身体を朱に染めて行った。
一撃で兄貴分が倒され、商会の連中は一様に言葉を失った。
と言うか、目の前で一体何が起きたのか全く理解出来ないでいるのだ。
「次はおどれじゃ!」
カレンは最初に覗き窓からババァ呼ばわりしたオークの頭を両手で抱えた。
「ひ! ひ、……」
いきなり万力で頭蓋を締め付けられるような圧力がオークの頭を襲った。
恐怖のあまり悲鳴すら上げる事が出来ない。
「殺しはせん。だが二度とババァ呼ばわりが出来ん口になるがよい!」
そういうとカレンはオークの頭を振り落とし、同時に右ひざを全力で奴の顎に叩きこんだ。
「ブビ!」
そんな声が漏れた気がするが、うん、気のせいかもしれない。
何せカレンに砕かれた下顎は原形をとどめず変形し、上顎を包み込むように食い込んでいるのだ。下顎が嵌り込んだせいで顔の長さが半分ほどになっている。
なるほど、ババァ呼ばわりどころか、呻き声さえも出せないだろう。
「う、うわー!」
ウルフの一人が金縛りから解けたみたいに走り出し、裏口から逃亡した。
「卿、仲間を呼ばれるかも?」
「かまわねぇ。とにかくこいつらから情報を取るぞ」
「はい。おい貴様ら! 彼女の実力は見ての通りだ。マティと言うテイマーの事、知っていることはすべて話せ! でないと、この狂龍熟女けしかけるぞ!」
「小僧、あとで話し、しような?」
「知らんとは言わせんぞ。さっきエームスに浮気がどうとか言ってたよなぁ!」
龍海も凄んで威嚇した。先ほど漏れた言葉からも、マティらの素性の何らかは知っているはずなのだ。
――一発二発喰らわすか?
龍海はP-09に手をかけた。
と、ここで、
ブオッ!
「む!」
建屋の奥、ウルフが逃げて行った辺りから火球がこちらに向かって放たれた。
ボンッ!
火球は即座に後退がった龍海たちの手前に着弾し、弾けた火の粉が三人に降り掛かった。
思わず両腕で顔をガードする龍海。
「そこを動くな、チンピラぁ!」
次いで今度は怒声が飛んできた。
「どこの半グレか知らねぇが、俺のいるシマでいい度胸してんじゃねぇか、おう?」
叫んだ男が近づいてきた。
よく見ると頭には見事な獣耳が生えている。
「狐耳? 狐の獣人か?」
龍海はそんな狐耳を見て、イーナやエミを思い出した。
「違うな。あの青い炎は狐火ではあるがエミのような獣人の気配ではない。魔族……妖狐の類じゃな」
――同じ狐種でも魔族と人族がいるのか……
などと、この世界の種族の広さに感慨にふけるのは後にして、今は目先のこいつの対処だ。
彼奴は10mちょいのところで足を止めて、右手に狐火を浮かび上がらせた。
「てめぇら、どこのもんだ。何を目論んでの殴り込みだ?」
龍海は一歩前へ出た。
「お前らのやってることなんぞ知らねぇよ。俺たちはハンターのマティ一味の事を聞きたいだけだ」
「マティ、の?」
「奴の動向、攫った獲物をどこでどう捌いているか? 本拠は? 潜伏先は? 知っている事が有れば洗いざらい喋れ。知りたいことを聞いたら俺たちはさっさとここから出ていくから邪魔すんな」
ビキ!
こんどはカレンでは無く、狐野郎からそんな音が聞こえた。
見たところ丸腰の男。似たような装備の小童。熟女一人。
これで炎を自在に操る狐火の使い手である自分に引っ込めと? 身の程知らずにもほどがある。
「お・れ・は、て・め・ぇ・ら・が、ど・こ・の・誰・で、な・ん・で・カ・チ・込・ん・で・き・た・か! それを聞いてるんだ!」
一層ビキりながら再度詰問する狐男。手に浮かんだ狐火が数倍に膨らむ。
「だ・か・ら! マティのやり口を聞きに来たって言っとろうが!」
ビキビキ!
「礼儀も身の程ってモンも知らねぇようだなぁ、三下がぁ! てめぇごとき瞬きしてる間に消し炭に出来るんだぞ!」
続いて恫喝する狐男。だが龍海。
「知らねぇならすっこんでろ! 知ってる奴を出せ、これは命令だ!」
と、上から目線どころか「命令」と来たもんだ。
それを聞いた狐男のオツムは当然の如く沸点を超えた。