状況の人、追撃中1
アデリア王国西方のロンドの町から王都アウロア市に続く街道は、魔導王国の魔王モノーポリの領地に最接近する地域が有る。
そこからモノーポリ領の中枢である領主府のエームス市へ続く道が繋がれており、その中間の城塞都市ミニモにも通じている。
北方のイオス伯爵領とポリシック領との国境近辺と同じく、この街道にも途中にモノーポリ兵による国境監視隊が組織されており、詰所が数か所に設けられて関所の様に禁制品の入出や無届の密輸品、犯罪者の逃亡などに目を光らせている。
この、国境からミニモ市のちょうど中間に置かれた掘っ立て小屋に近い詰所には、今宵も夜間歩哨が通行人の安全と、犯罪者に対する警戒の任に当たっていた。
「おい、どうした?」
次に立哨に上番する控えの兵が、今現在、立哨勤務についている兵に詰所の入り口から声を掛けた。その立哨は、アデリア方面の街道をじっと見つめて釘付けになったように動かないからだ。
本来立哨は一方面ばかり見ていてはいけない。
関所破りをしそうな脛に傷を持つ連中は、付近の山間や森の中を監視の目を盗んで突破しようとするものである。それらに対する警戒も怠ってはならない。
しかし件の立哨は、かがり火の揺らぐ明かりでもハッキリ分かるほど、ずっと一点を見続けているのだ。
「何か見えるのか?」
控えの兵は、そろそろ上番する時間でもあるので詰所から出て立哨の横に並んだ。
「……妙な声……いや音……何かが近づいて来るみたいなんだが……」
相変わらず目線は一点集中、掌を耳の後ろに当てて聴覚も集中。しかしてその口調は正に棒読みであった。
「音? 馬車か?」
徒歩の通行人や、野獣とかの類ならば足音が聞こえるほど接近していれば、夜中と言えどシルエットくらいは確認できそうなものだ。
距離があると言うなら、よほど大人数か馬車の類と考えるのが相場だが。
「いや、なんか初めて聞く音でさ……」
言われて控えの兵も耳を澄ませてみた。
オオォォォォォォォ……
控えの兵の眉間にもシワが寄った。確かに何か聞こえる。
聞こえるのだが、立哨の言う通りで自分も今までに聞いたことの無い音であった。立哨と同じく、掌を耳の後ろに当てて集音を試みる。
「……」
馬車の音でもない。騎馬でもない。軍が隊列を組んで行軍する音でもない。
かと言って、野獣や魔獣の叫び声でもなければ、当然人の声でもない。
しかしその音はだんだん大きく、つまりドンドン近づいて来ているのは確かのようだ。
「……仮眠中の連中、起こすか?」
控えが訊ねた。その間にも音量は大きくなっていく。
ゴオオオオオォォォ!
「やはり近寄って来る! 気をつけろ!」
「な、なんだ!? やっぱり馬車でも魔獣の声でもないぞ!」
ガアアアァァァ!
「中の連中を呼べ! 只事じゃ……うわ!」
ピカー!
突然目もくらむような眩しい光が二人に浴びせかけられた。
まるで真昼のような眩しさに思わず目を閉じ、足を竦めてしまう二人。
そんな二人の横を、
ブオオオオォォォン!
と腹に響く爆音を撒き散らせ、真っ黒な、そして馬車よりは幾分小さな何かがものすごい勢いで通り過ぎて行った。
「な、何だありゃあ!」
ゴオオオオオォォォ
件の物体は接近してきた時とよく似た音と砂塵を撒き散らしながら、あっと言う間に夜陰に紛れて去って行った。
「ば、馬車か?」
「バカ言え! あんな早い速度の馬車なんかあるか! ありゃ鳥魔獣より早いぞ!」
その物体が出しているであろう音は、やってきた時と反対に次第に小さくなって、やがて二人にも聞こえなくなった。
「追えねぇよ……な?」
「領主さまの一番の早馬でも……無理じゃ、ね?」
「報告……どうしよう?」
考えれば考えるほど、錯乱しそうな二人であった。
「うまくいったぞ! 連中追っては来ん!」
龍海の後ろからカレンの声。
「出来ればこいつの正体も見られてなきゃいいんだけどな!」
「大丈夫でしょう! 視認されそうな距離での前照灯点灯で、奴ら目は開けていられなかったはずです! 照明火球並みですよこれ!」
「よし、ちょっと速度を落とす! 前照灯を切って暗視眼鏡で進むぞ!」
龍海は前照灯を消灯して、暗視眼鏡による操縦に切り替えた。
「ホント凄いですねシノノメ卿、このじーぷと言う乗り物は! 馬も牛も使わず、しかもこんな高速で、うわっと!」
舗装されていない街道の路面に合わせて跳ねるたび、滑るたび、乗り慣れないロイの驚く声が上がる。
洋子とイーミュウを攫ったテイマーたちの追跡に、龍海は奥の手を使った。
再現によって、かつて龍海が愛用していたジープJ53を作り出したのだ。これなら多少の悪路であっても大抵は走破出来る。
四駆やそれに準じた軍用車両はどんな悪路や河川でも走破出来るイメージを持たれることもあるが基本、車輌と言うものは人が歩けないところは進めない、と言う目線で見た方がいい。
しかし馬車が行き来する街道なら、よほど無茶をしなければそれなりに速度も出せよう。
ドアも幌も外し、フロントガラスも倒してフルオープンにし、魔獣や野獣のような障害に出くわしたら助手席のロイが小銃で掃射していくスタイルだ。
夜通し走っている馬車などに正体を見られないように普段は無灯火で、相対した場合は先ほどの詰所と同様、ハイビームで目を晦ませて高速で離脱、と言う塩梅だ。
日本では見知らぬ土地でもナビが有るから道には迷いにくいが、ここではそんなものは無い。街道の先を確認しながらの走行なので普段は40から精々50キロほどの速度しか出せないが、それでも馬車よりは当然早い。悪路面や急なカーブで減速しても、2700ccディーゼルターボの強力なトルクは、すぐに元の速度に復帰させようと大地を蹴り飛ばしてくれる。
とは言え未舗装の道路と言うものは中々やっかいなもので、泥濘地もさることながら乾燥した路面と言うのもタチが悪く、細かい砂利等にすぐ足を取られて滑ってしまうのが常である。その辺、龍海は演習場でしっかり経験済みではあった。
「この調子なら夜明け前までにはミニモ市に着く! それまでに奴らに追いつけられれば!」
「通常の馬車ならそろそろ追いつくはずですが、魔獣が引いた場合は見たことも聞いた事も無いので速度も時間も皆目わかりませんし」
「詰所破りで迂回しているにしても、小娘どもを売るなら都市のような大きな町へ赴くしかあるまい」
「捕捉できなきゃ……あのテイマー共の情報を町で集めるしかないか」
「で、有るとすれば、やはり目指すはミニモ市……タツミ、速度落とせ! 前方二〇〇m、メガロボアがおるぞ!」
「ロイ、蹴散らせ!」
「はい!」
ドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドン!
六四式小銃のフルオート射撃がボアに浴びせられた。
当てる必要はない。進路上から排除出来ればそれでいいのだ。
「逃げたぞ!」
「射撃中止! よくやったロイ!」
「光栄です!」
こうして龍海たちは一路、ミニモ市を目指した。